第226話お試し薬剤師さん
「はい。ではお試し感覚で、作ってみてね」
「……」
部室にて改めて服部さんと向かい合う。
僕が今回提供するレシピのリストを差し出すと、服部さんは目を血走らせて確認していた。
それは約束通りのはずだった。
基本的なポーションレシピに間違いはない。何なら素材は売店に卸してあるから是非お買い求めいただきたい。
「……なるほど」
しかしレシピを眺め終わった服部さんは―――めっちゃくちゃ不満そうだった。
別にどうということのない顔のように見えて、表情筋の端々から不満が漏れ出ているという感じだ。
「えーっと……何か不満でも?」
心情が掴めず、気まずさのあまり僕は尋ねてみると服部さんは慌てたように目を伏せ前髪を弄っていた。
「い、いえ……そういったことは特には。見たこともないレシピで……こんなの本当に貰っていいんですか?」
「そのための契約でしょ。お試しでこんな大げさな事させて申し訳なさもあるし一旦体験してもらって、話の続きはそれからかなって思うんだけど?」
「なるほど……確かにそうですね。ちなみに、体験が終わったらどうなります?」
「とりあえず僕を毒殺しないで欲しいんですけど」
「ああ。それはもちろん保留にしていますよ? ハバキリぼっちゃんに危害を加えるようなら……その限りではありませんが」
「もちろん。最初からそんなつもりもないし」
お互い頷いて、固く握手。
ハバキリ君の事さえ押さえておけば、僕らに対立の理由はなかった。
いや、それどころか服部さんはすでに、僕と交流を持つことに利点を見出している……はずだ。
それが証拠に、次に提案を切り出したのは服部さんの方だった。
「……で、でしたら。是非ともお願いがあるのですが?」
「……なんか意外なこと言い出すね?」
「まぁ、自覚はありますが……薬学に詳しい人間に興味があるんでしょう? 言っていただければ私も協力しますから、是非ともお試しでくれたアレ……ダンジョン産の美容品について教えてもらえませんか?」
ずいぶん直接的な要求に僕は首を傾げた。
「美容品? ああ……でもあれ見た目だけだよ?」
「……その見た目が重要なんでしょうが!? ……ゴホン。失礼。取り乱しました。それでどうでしょう?」
おおっと、こいつは結構マジのやつだ。変にいじると戦争になる。
しかし、ここからはそうそう簡単にレシピが増えるとは思わないでほしかった。
「ふむ……そこまで言うなら追加で希望の化粧品のレシピを提供してもいいよ? 素材も提供できると思う」
「本当ですか!?」
服部さんが身を乗り出したところで、僕は人差し指を一本彼女の目の前に差し出した。
「もちろん……でも僕のお願いを一つ聞いてくれたらってことでいい?」
これは交換条件だ。
服部さんの目は怪しく輝き、頷いた。
ただ正直、服部さんの化粧品への執着は思っていた以上だった。
「なるほど……いいでしょう。あの効き目の美容品の為なら、悪魔に命だって差し出せますよ?」
「いや……そこまでの事は求めないからね? レシピと引き換えに、ダンジョンの中で薬屋経営してみないかって話なんだけど……」
少々話が飛びすぎたかと思いつつ、聞いてみる。
案の定服部さんは訳が分からないようで、困惑の表情を隠しもしていなかった。
「は? 私にも売店で働けとかそういう話ですか?」
「いやいや、これはもうちょっと踏み込んだ話だね。薬の調合も普通にするより格段にやりやすいはずだけど」
「……よくわかりませんが?」
「まぁ、これも秘密の一部だよ。服部さんがやってくれるならとても助かる」
具体的には、ポーション収集の資金稼ぎの際に同時に集まり続けて最もアイテムボックスの肥やしになっている薬素材を適切に管理してもらえるととても嬉しい。
むしろ消費してもらえると、無駄がなくって大変助かる。
素材は素材だけでは成立しない。しかし現状、世界には消費できる職人さんがまったくいないわけだ。
「詳しいことは、見せた方が早いよね。僕の話を嘘でも確認したいって人は稀でね。服部さん的には不本意だろうけど、僕としてもこのチャンスは逃したくない」
「……そうですね。確かに不本意でしたけど、今は……大変興味があります。少々のリスクには目を瞑れるくらいには、大変魅力的な提案ですよ?」
「それは良かった」
「……正直得体の知れなさと訳の分からなさばかり増して、信頼とは程遠いですが、だからこそ真相を追う必要があるのも悩ましいです」
「……服部さんは、大人しいイメージだったけど、全然そんなことないよね。むしろなかなか言う人だね?」
「それはそうです。基本的に人間関係めんどくさがる方ですが」
「……なるほどなぁ」
ただまぁため込まずにストレートに口に出してくれるだけわかりやすくはある。
僕はさっそく説明を兼ねて、服部さんを素材を採集するのにちょうどいい階層に案内することにした。




