第220話もの静かな同級生?
何だろう? 今から僕は怒られるらしい。
僕は彼女に一体何をしたのだろうかと、胸に手を当てて考えてみたが、まぁ接点すら希薄なのでわかるわけもなかった。
そして怒りのオーラを発するクラスメイトの服部さんはカウンター越しにずずいと顔を寄せてきた。
「坊ちゃんに一体何をしたんですか……!」
「へ? ぼっちゃん?」
「……そうです! ハバキリぼっちゃんです!」
「? それ……日本の話?」
「ハバキリぼっちゃんの話です!……一体あなたは何をしたんですか!」
「なに?……なにと言われても?」
ハバキリ君に関して何かしたとしたら、先日の旅行くらいしか思い当たる節はない。
「……楽しく友人として遊んだくらい?」
それは嘘偽りのない僕の感想だった。
まぁ…………人生が変わるくらいの接待をかましてしまった気もするが、基本的にはお互いの要望に沿った楽しい旅行だったと思っている。
「……だとしたらどんな遊びを教えたんです……ことと次第によっては……仕留めます」
「仕留めるって物騒な……一体何がハバキリ君に?」
ゴクリと喉を鳴らし、当然の疑問を口にする。
すると服部さんはプルプルと震え始めて、ものすごく小声で絞り出すように台詞を口にした。
「……ぼっちゃんの部屋に……漫画が置いてあったのです……」
「な、何が問題なんでしょうか?」
「……今までこのようなことはなかったんです! しかもかわいい女の子との恋愛もの……! ハバキリぼっちゃんがあのような……自ら手に取るわけがないのです! しかもひどくお気に召している様子で……! あ、ありえない!? こんなことあっていいわけがない!?」
「えぇー?」
……ほほう、なるほど? 解釈違いを起こしているのかな?
しかしまぁ漫画くらいで大げさなことだ。
とはいえ今の話に気になることがないわけではなかった。
「ええっと……ああ! 服部さんはハバキリ君の彼女さん……とか?」
だがこんな質問は、先ほどの漫画の話よりもはるかに過剰な反応だった。
目を見開き、ボンと火が灯ったように赤くなった服部さんは、くねくね身をよじらせ始めた。
「えぇ? いえいえいえ!? そんな恐れ多い! ……私はただの護衛その一といいますか友人と呼ぶのもおこがましい存在ではありまして……古くは伊賀を源流とする忍びの家系の末裔でして……」
「ほ、ほう?」
「で、でもでも! 私自身は薬学の腕を見込まれてぼっちゃんの毒見役兼護衛をやっているだけで、間違っても彼女とか! そもそもこんな肌がっさがさの鳥ガラ女! 坊ちゃんの視界に入るのもおこがましいというか!」
「……なるほど?」
え? めっちゃ面白いことペラペラしゃべり始めるじゃない?
何それほんまもんの忍者ってこと? そんなことある?
攻略君一押し運命力高めのパーティメンバーは、少し遊びに行くと未知の世界すら垣間見せてくれるとは、驚きだった。
何だか面白くなってきたけど、そろそろ僕も核心を聞いておかねばならなかった。
「確かにその漫画。僕がお土産に渡したものだと思うんですが……」
「……やっぱり!」
「……なぜその内容をご存じで?」
そして三つの質問の中で一番の動揺は、どうにもこの娘こっそり護衛とか向いてないんじゃないかなと僕に確信させるに十分な反応を引き出した。
「…………ちょっと。ぼっちゃまに見せてもらったんです」
「本当に?」
「……こっそり盗み見たんです! 護衛として当然の一般業務です!」
あっさり開き直りおったなこの女。
どの程度こっそりなのかちょっと詳しく聞きたいものだが、内容を知っているのなら、大したことではないのは分かっているはずである。
それどころか我がチョイスは、神作品を親切に布教しただけの事だった。
「ならわかるでしょう? めちゃくちゃ健全なとっても面白い本ですよ?」
「面白かったですとも! だけどそんなことは問題ではないのです! ぼっちゃんはハバキリの家を背負って立つ御方なのです! よって……今日は警告に来ました。これ以上ぼっちゃんに近づかないでいただきたい。でないと……近日、あなたは心の底から後悔することになるでしょう……」
しかしどこかでスイッチが切り替わったのか、恐ろしく冷たい視線が長い前髪の奥から向けられてゾクリとしてしまった。
一般水準から見ても、やせ形で小柄な女の子とは思えない迫力のある眼力に僕は思わず息を吞んでいた。
「……何するつもりなんです?」
「あなたの出方次第です」
うーん冗談のような話だけど、目がマジなのが笑えないんだよなぁ。
しかし薬に造詣の深い忍者とか、設定特盛で僕もさすがに眩暈がして来た。
自分に自信がない辺りはシンパシーを感じるが、プロ意識は高いのかな?
でもどこか……具体的に言うと、自分の事をペラペラ話しているあたり抜けている。
いや、これは。危険と安全を秤にかけて排除の結論を出してしまったのか。
彼女の言うことがすべて本当だとして、マジで命の危険もあるのかな? と思った僕は攻略君に訊ねていた。
僕が命を狙われる可能性は?
30パーセント。
……けっこう高いなぁ。
ちなみに近日食事に下剤を混ぜられる可能性は95パーセントかな?
マジで勘弁して欲しい。
だがそれを回避する方法は、存在する。良ければ、トークをサポートしようか?
「……うん」
攻略君の話を聞き、僕は頷く。
なんかよくわからないが、知りたいと言うのなら存分に知ってもらえばいい話だった。
「そんなにハバキリ君のことが心配?」
「当然です……ぼっちゃんに仇なす者、即排除です」
「でも……護衛と言うには君は少し弱すぎると思うけど?」
「……今なんて言いましたか?」
ちょっと先ほどまでの気配が遊びに思えるほどに気配が変わって、僕は普通にビビったけど、耐えられたのは最近の修羅場経験のおかげだった。
「……っ。君が弱すぎるって言ったんだ。……今日僕の所に直接話に来たってことは、ある程度怪しんではいるんだよね? ―――僕が普通じゃないって。漫画をお土産に持たせた程度でする脅しじゃない」
「……」
おそらく本命は、それ以外の部分。
ハバキリ君のいささか上がったレベルと新装備という数々の変化は、護衛に警戒心を抱かせるには十分すぎる代物だったのだろう。
僕は警戒がピークに達しそうな服部さんから目を離さずに、絶妙なタイミングで話を切り出した。
「でもいいよ―――なら教えてあげます」
「……どういう意味です?」
思い切り警戒する服部さんに、僕はできる限り平静を装い、なおかつ挑発的にいい放った。
「根本的には服部さんは知りたいんでしょう? ハバキリ君が僕の何に興味を持ったのか? おそらくは有害だって思われちゃったんだろうけどそんなことはないと思うし」
「……いいですよ。その挑発乗ってあげます」
「ありがとう。なに、悪いようにはしないよ。……僕はただクラスメイトと仲良くなりたいだけだからね」
「……ぁ?」
「いやっ! 今のは言葉のチョイスが悪かった! ほどほどの距離間で適切に交流できれば十分です!」
ねぇ何? 攻略君? このあまりにも僕っぽくない台詞。超恥ずかしいんだけど?
しかしこの物静か? だと思っていた同級生、割とノリノリである。
僕としてはここに来て背筋がヒヤリとするアクションが予想の斜め後ろ辺りから襲い掛かって来たようで内心気が気ではなかった。




