第200話言われて言葉にしてみると
「どうしたのさ? 改まって?」
突然のハバキリ君の謝罪だが、謝られる心当たりはない。
しかしハバキリ君はかなりバツが悪いのか、目を伏せて語っていた。
「いや、なんだか、まだ僕も頭の整理ができていないんだが、これだけは言える。君達は、その……すごい探索者だ。とくにワタヌキ君は何でクラスであんなにおとなしくしているんだ? 力のない風を装っているよな?」
随分根本的な問いに、僕は逆に思考が止まって首を傾げてしまった。
しかし改めてそう言われると、隠しているとかという話ではなかったはずだった。
「いや、最初は単純に力がなかったんだよ、本当に。コツを掴んだのは最近だからね」
「……そんなわけが」
「いや、本当でござるよ。拙者達はそんなに大した探索者ではなかったはずでござる」
「……そんなことが?」
ハバキリ君はとても信じられないと驚いていたけど、そんな実力がもっと子供の時からあったら、もうちょっと調子に乗っていたかもしれない。
今一納得いっていないと顔に書いてあるハバキリ君に僕は苦笑した。
まぁあれだ、最初が肝心だと言うけれど本当にそうで、その後変化があったとしても一度ついたイメージを払しょくするのはなかなか大変なものなんだね。
その上、僕はイメージ改善の努力は後回しにしていた。
いや、最近になってようやく重い腰を上げた……とそういう事なんだろう。
「ではなぜ、ボクの申し出を受けてくれたんだ? ボクに君達を利用しようと言う意図があったことは分かっていたはずだ。それにこんなにレベルが隔絶していたら足手纏いになるのは目に見えている」
それもまたその通り。この場が出来上がった発端は、決して純真なものではないだろう。
しかしこの機会そのものが、変化の兆しになりうるものだとこっちが勝手に思っただけだった。
「……それはアレだね。ハバキリ君の言うように付いてしまったマイナスイメージを少しずつでも好転させようって悪あがき……じゃないな……なんていうかー」
クラスメイトにダンジョン知識を受け入れる土壌を作るため?
ファイアーボールヘッド先生の相談室が機能するかのテストケース?
理由をつければ色々あるが、ハバキリ君を選んだ理由としてはどれも弱い。
僕は言葉を探して、そして一つ思い当たった言葉はずいぶんと照れ臭くなってしまうものだったが、まぁ言わない理由もない程度の些細なものだった。
「……連絡先交換したのが嬉しかったからかな? クラスメイトと一緒に一回くらい遊びに行っときたかったんだよ」
「は?」
「だってねぇ……クラスメイトとの交流って、まぁ僕は割と避けてたからね」
意識して避けていたわけではないが結果としてそうなった。
無難な人付き合いこそしていたと思うんだけど、クラスではパーティをみんな組んでいるし、あぶれてソロをやっている関係上ボッチムーブが板についてしまった。
後は部活がうまくいっていれば、拘る必要もなかったし。
しかしまぁ、一緒にダンジョンを是非と言われたら、ちょっとくらい浮足立ってしまったわけである。
「うわー……我ながら、なんと言うか単純だなぁ」
改めて自覚して、言語化するとすこぶる恥ずかしい。
優し気な桃山君の表情がいたたまれない感じである。
一方僕の言葉を聞いたハバキリ君はクスリと笑い、彼っぽくない穏やかな表情を浮かべていた。
「何だよそれ。おかしな奴だな君は」
「おかしな奴ってことはないだろう? これでも遅れを取り戻そうと頑張ってるんだから」
「……いや、それはごぼう抜きだと思うが。君の力を見せつけられると、どうにも自分が情けない。必死にやってきたつもりだったが君から見たらさぞ滑稽だったんじゃないか?」
ハバキリ君の少しだけ卑屈な自嘲が入ったそんな言葉に僕は首を横に振る。
「それはないな。必死にダンジョンに潜ってる君らを見てついて行けないとは思っても、馬鹿にしたりはなかったさ。たまたまうまくいったからってその評価は変わらない。そんな君らだから、僕だって協力したいって思ってるんだから」
「協力だって?」
そんなに意外そうに驚かないで欲しいんだけど、これからダンジョンを一線で踏破する彼らに協力したいと思っているのは僕の本音である。
「そうだよ。偶然色々と先取り出来た情報を、僕は独り占めするつもりは毛頭ないんだ。だから手の届く範囲、活かしてくれそうな人には教えようかと思ってる。実を言うとね? 告白するとそこのところも、君とダンジョンに行くことを決めた理由でもあるんだ」
「それは……いいのか?」
ハバキリ君は、理解できないと言う顔をしていた。
それだけ現時点でも見聞きした情報は価値のあるものだと、きちんと評価してくれているようで嬉しいけど、黙っていたところで持ち腐れしそうなことが問題だった。
「そりゃあ、情報なんてそういうものじゃない? 生かしてくれる相手の手に渡って初めて価値が出てくるものだって沢山ある。熟考した後の結論だよ。今日見たことは存分に生かしてもらって構わない。ああでも、僕から聞いたと言わないでくれると嬉しいかな?」
「正体を隠すのか?」
「そう……それでも出所を言わなきゃいけなくなったら、この名前を出しておいてよ。”ファイアーボールヘッドに教わった”ってね」
リスクを少しでも回避するための名前だから、こちらは存分に使って欲しい。
ただその名前を出すと、ハバキリ君は息を呑んだ。
「……やはり彼と関係があったんだな。いや……君が?」
「中の人については詮索はしないでよ? そっちの方がかっこいいからね」
「ははっ……わかった。そう言うことにしておこう」
こんなしょうもない理由で頷いてくれるハバキリ君は話の分かる男だ。
ただ一つ勘違いしないで欲しいのは、僕は決して今日の探索を打算だけでやっているわけではないという事だった。
「僕はね? 最近やっとダンジョンの中が楽しくなってきたところなんだ。だから今回の攻略、君にも楽しんでもらえたら嬉しいと思ってる。ここを越えた後、ハバキリ君の眉間の皺が伸びてたら、僕も少しは役に立てたってことだ」
「……ああ。ボクも楽しみにしてる。相談に乗ってもらって助かった」
「いやいや」
ハバキリ君が肩をすくめると、パンと手を合わせる音がする。
その発生源は桃山君で彼は空になった器を前にごちそうさまと口にした。
「青春の語らいの最中申し訳ないんでござるが……ここから先は拙者が主役でござるよ?」
ニヤリと笑う桃山君は、すでに準備は万端か。
「もちろん。ラストは君の獲物だ桃山氏」
それはまさしくその通りで、僕は大きく頷いた。
桃山君は刀を掴み、馴染んできた桃太郎の仮面をつけ直す。
この扉の先が、今回のメインディッシュ。
最後の標的である。
扉を開き、僕らがボス部屋に入ると凍てつく冷気が立ち込めていた。
咄嗟に防御するが、それでも息が白く凍り付くほどだ。
敵意すら感じるほどの冷気の発生源はノソリとその巨体を持ち上げて、僕らを見下ろす。
「グロロロロロ……」
そいつはまるで氷の化身のようで、美しい純白の毛皮を持った巨大なオオカミの姿をしていた。




