第129話さて本気のレベル上げを始めよう
「……やってやったでござる」
そう言って女性陣に手渡されたのは、ハイネックタイプのワンピース水着だった。
へそすら出ていない競泳やウエットスーツを連想させる健全なそれはダンジョン産アイテムへの加工はすでにされていて、すごくいい素材を使ったのか強力な魔力を帯びた意欲作だ。
それぞれ浦島先輩は赤、レイナさんは黄色、龍宮院先生が青と特徴は出してきているしデザインも凝っている辺り苦労の跡が垣間見える。
しかし……残念ながら。
残念と言わざるを得なかった。
「テレが見えますな桃山後輩」
「……おいおいがっかりです」
「日和ちゃったねぇ」
そして女性陣の評価がひどい。桃山君はちょっと涙目だった。
「が、頑張ったんでござるよ? きちんと安全面を考慮してあってでござるね……」
「頑張りはすごいよ。でもせっかく自作するならもっとえぐ目に行けばよかったのに。ハイレッグのビキニとかさ!」
「ワタシはスリングショットとかちょっと気になっちゃいますね! 要望にも書きましたよ?」
「私はさすがになぁ……ああ、でも胸の部分が四角い布のビキニって標準? それともコスプレ?」
「何でそういうこと言っちゃうんでござる!??」
ガスマスクの怪人が、同じく競泳タイプの水着を着たままキレた。
いやいやとても感謝しているよ桃山君。僕は君は本当によくやったと思う。
だけどね?
僕は手渡された布切れをハラリと広げてみるとそれは、完全にふんどしだった。
しかもシマシマの赤と白のストライプ模様だった。
「……なにこれ?」
「……ストライプの水着でござる」
「いやこれふんどしだし。ふんどしは下着では?」
「…………知らんでござる」
ホントごめんて桃山氏! でもこの反撃は厳しくない!?
シュコーっと息を吐いて目を赤く光らせている桃山君には後で埋め合わせをせねばならないかと思ったが、こいつの装着でいったん相殺としておくことにした。
そして楽しい時間はここで終了だった。
僕はパンと手を叩いて注目を集めた。
「さて―――では準備も整ったので、先生。今回もうっかりすると死ぬ感じですから、指示には絶対従ってください」
「大事なことでござるよ先生」
「マジで死にますから。思考停止してください」
「……どういうことなの?」
龍宮院先生は比較的後発メンバーのレイナさんに助けを求めると、彼女は重々しく頷き、真剣な表情でその通りだと念を押す。
「今回ばかりは脳みそは捨てるべきです。迷いを捨てねば望みはないです」
「空気が違うなぁ……」
完全装備でやってきた90階。
念入りにストレッチして、その時に備えるメンバーは真剣そのものだった。
何度もやっていれば自然と身につくが、目指すは95階層である。
そして今回、先生の護衛担当は僕が請け負う……わけではなく、龍人のオウギ君によって運搬が行われる。
完全なおんぶスタイルなのは、いざという時に両手が空くようにするためだった。
「では先生は、オウギ君から絶対離れないようにお願いしますね。そしてモンスターを見つけても絶対手は出さない事」
「うぅ……また運ばれる感じか。いや……でもこれは……悪くないな」
満更でもない顔で美少年におんぶされる龍宮院先生は絵面はともかく幸せそうではあった。
「いいなぁ。龍宮院先生抱えてマラソンやりたかったなぁ」
「浦島先輩。無駄口を叩いてると、水を飲みますよ?」
「……はい」
「浦島が黙った……これは本当にまずいな」
そんな基準なんだ。
でもその認識は正しいので大切にしてほしい。
まぁ先生だってわかっているでしょう? 深いところに潜るのは本来危険極まりないんですよ。
「では行きます!」
僕は91階へ降りてすぐさまオーラを全力開放。
穴に飛び込む転移系の階層移動で放り出されたのは完全に海だった。
水に触れる直前にオーラで全員を包み、沈む。
練習を重ねた水中歩行をまとめて施した。
「では、急いで」
そして走る。
水棲のモンスターは動きが速い。
見つかれば厄介なので次の階までなるべく急いだ方がいいだろう。
海底を走るというのは不思議な気分だが、そう深くはなかったおかげで光が透けて幻想的な海の中を眺めることができた。
「気圧が気になったら耳抜きしてくださいね。鼻をつまんで空気で鼓膜膨らませる感じです」
「本当に海底を歩いている……これもスキルなんだよね?」
「ええ。僕のスキルですよ。聖騎士は防御に優れたジョブですから」
「それで水中まで歩けるとは……まだまだスキルの奥は深いってことか」
龍宮院先生が感心していて、しみじみと呟く。
確かにこんなこと教えてもらわなかったら試そうとも思わなかった裏技みたいなものだった。
「しかし……これ普通に到達していたらどうやって攻略するんだろう? 竜宮城と違って、呼吸できる水ってわけじゃないんだろう?」
「普通に海水ですね。薬を使うなら水中呼吸ってやつがあるのでおすすめですよ。何なら水属性の魔法で制御すれば今の僕と似たようなことができるかもしれません」
「水中呼吸はわからないが、魔法の応用か。……水の魔法と言えば水の塊を飛ばすくらいしか見たこともなかったが……そこまで器用に扱えるんだね」
「色々と方法はありますよ。それに練習は必要ですね。僕、属性の魔法はからっきしなので」
「これだけの事ができるのに?」
「ええまぁ」
練習不足を先生に指摘されるとドキッとしてしまうけど、事実は事実。
せっかく持ってる水属性は全く生かされてはいないが、言い訳するなら良く使うのが僧侶の回復呪文やら解呪やらなだけで、魔法自体をさぼっているわけではない。
「だけどそれを踏まえても……攻略なんて無理じゃないか?」
そんなことを言いながら首をかしげる龍宮院先生だけど、さすがにそこまでは知らない。
だけど僕らは攻略します。
僕らは階層を最速で降りてゆく。
そしてやはり自分の目で見ると、90階層から下は水にまつわる階層だと強く実感できた。
しかしそれは海に限ったことではないらしい。
次のエリアは水路の迷路だったが、僕らは構わず水底を歩いて進んでいた。
「上の方ずいぶん綺麗なところっぽいですけど、なんで水の底をわざわざ進むんです?」
今回走りながらではあるが、レイナさんが尋ねてくる。
まぁそれはトラップの関係上、水の底の方がまだマシだからだった。
「次ここに来ることがあったら、この方法は中々優秀かも。水面でもたついている探索者用のトラップが多いから、モンスターは注意だけどね」
この階層の罠は船で進むことが前提の様で、進行方向を簡単に変えられないことを利用したものが多い。
水面に油を流して火を点けたりだとか、矢が飛んできたりだとか、そういう類が恐ろしく面倒なのは間違いなかった。
「真似はさすがに無理でござる」
「私行けるかな?」
「ワタシは無理ですねー。他の攻略ほしいです」
「それは後日改めて」
更に次の階層は白い砂浜が延々と続く階層である。
だが水というよりも、こちらは砂漠や砂丘のようだったが空に浮かんでというか泳いでいるのは魚だった。
見上げて呟く浦島先輩は、寝た時夢に出てくるような魚に困惑していた。
「呼吸の心配はなくなったけど……魚が浮いてる」
「そういう性質っぽいです。コツを掴むと僕らも空を泳げます」
「何だいそれ? 面白そうだ」
龍宮院先生は興味がある様子だったが、今回は残念ながら遊んでいる余裕はなかった。
「見晴らしいいから刺激しないように気を付けてくださいよ?」
「うーん。ダンジョンも深くなってくると訳が分からなさが増すもんだね」
「むしろ迷路になってる最初の方も訳が分からないとは思うんですけどね」
「そうだねぇ……」
そこからは比較的まともな砂浜と海の階層が続いて、ようやく僕らは目的地の95階層にやって来た。
上がった息を整えて、周囲を確認。
この階層は最初の島ではモンスターの数が極端に少なく、比較的安全ではある。
そして僕らは真っ黒な海と、その向こうにあるもう一つの島の姿を見た。




