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9・時間切れ

『全員、走って! 』


 アヤの鋭いテキストがチャット欄を叩き割る。


 二週間、嫌というほど繰り返してきた死の舞踏。ナガは黄金の杖を握り締め、パーティのHPバーから一瞬だけ目を離した。今この瞬間、ヒールを差し込む一秒の猶予すら死に直結する。


 機械竜が大きくのけぞり、周囲の空間が歪むほどの魔力を収束させた。


 ――「終焉の嵐」。


「近づかなければ即死」という、わかっていても足がすくむ広域殲滅攻撃だ 。ナガは緑のローブをなびかせ、石畳を蹴った。背後で凄まじい嵐が闘技場の外縁をズタズタに引き裂く音が響くが、竜の足元という「安全地帯」に滑り込んだ四人に傷はない。


 嵐が止み、ヒヒイロゴンが大きく姿勢を崩した。


 ここから約四十秒間は、即死級の攻撃も、厄介な状態異常も飛んでこない最大のチャンスタイム――「ラッシュ」だ。


(いける……! 叩け、叩き込め!)


 ナガはバフのショートカットに指をかけた。だが、直後に竜の三つの首が独立した意志を持つように動き出し、凶悪な牙を剥く。


 連続物理攻撃――「トリプルファング」だ。


「……くっ、やっぱり回復の手を緩めさせてくれないか……!」


 ナガの魔力は潤沢だが、手数は限られている。自分が味方の強化に一歩踏み出せば、前線で耐えるハルや、果敢に剣を振るイチのHPが瞬く間に赤点滅を始める。


 ナガは奥歯を噛み締め、ショートカットキーから指を戻した。


(イチ、俺の分まで頼む……! お前が全部ぶつけてくれ!)


 イチの双剣が、ナガの放つヒールに支えられて輝く。


 一分の隙もない、とは言えない。コンマ数秒の反応の遅れや、位置取りのわずかなズレはある。だが、目立ったミスはない。満点も不合格もない、実戦レベルとしてはこれ以上望めないほどの立ち回り。ギルド「戦国」としての底力を見せる動きだった。


 この約四十秒のラッシュチャンスのローテーションは、制限時間内に計五回訪れた。そのたびにナガは祈るような心地で杖を掲げ続け、イチはナガの信頼に応えるように、ドレスアーマーの裾を翻して舞い、斬り続けた。


 五度目、最後のラッシュが終わる。


 だが、これだけの「合格点」の動きを揃えても、まだ一割近くのヒットポイントが残っている。それが、二週間俺たちを絶望させ続けているこのヒヒイロゴンの圧倒的な強さだ。


 非情なタイマーが「00:00」を告げた。


 システムメッセージが無慈悲に流れ、視界が白く弾ける。


 強制転送される直前、ナガの目に焼き付いたのは、あと数撃、あと数秒あれば桁数を減らせたはずの数字だった。


 残りHP:10.2%


 暗転した画面の向こうで、信也は震える指をキーボードから離し、重い溜息を吐き出した。

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