8・ヒヒイロゴン
炭酸飲料を片手に戻ってきたハルが、チャット欄の異様な空気にいち早く反応した。
画面の端で、ようやく笑いの波をやり過ごしたらしいアヤが、いつもの冷静な佇まいに戻って一歩前へ出る。
『さて、そろそろいいかしら。さっきの変な振り方の話は一旦忘れて、今夜の本題に入るわよ』
その言葉に、ハルが首を傾げるエフェクトを出す。
『変な振り方って何? 私がいない間に何の話をしていたの?』
「鏡を見れば分かるぞ。……まあ、それはいいんだ。アヤ、続けてくれ」
ナガがさらりと流すと、アヤは居住まいを正すように咳祓いのエフェクトを出した。
『今日の『機械竜ヒヒイロゴン』戦、ボスのローテーション行動だけ最後に見直しといて。もう二週間もこいつに足止めされてるんだから、今日こそは落とすわよ』
「二週間」という言葉に、チャット欄に少しだけ緊張が走る。
「おうよ。正直、今の俺はイチと話したことで元気が有り余ってるからな。ミスをする気が微塵もしないよ」
『はいはい、新婚パワー全開ってわけね。……今日こそ勝つよ』
ハルが不敵に笑うスタンプを出す。
画面上のイチが、ナガの言葉に反応して、赤いドレスアーマーの裾を揺らしながら嬉しそうに飛び跳ねた。
『ナガ君、かっこいい! 私も全力で攻撃をするね!今日こそ絶対勝とうね!』
イチの健気なエールに、ナガの気合は最高潮に達する。
アヤがギルドホームの転送ゲートへと歩みを進め、行き先を指定した。
『じゃあ、行くわよ。準備はいい?』
四人のキャラクターが、ゲートの光の中に吸い込まれていく。
紅蓮のドレスアーマーを翻すイチ。メイド服で盾を構えるハル。白装束で先導するアヤ。そして、緑のローブをなびかせ、黄金の杖を握り直すナガ。
次の瞬間、視界は白亜のテラスから、鉄錆と油の匂いが漂ってきそうな巨大な遺跡の深部へと切り替わった。
重厚な石造りの扉が、眼前にそびえ立っている。
「よし、ボス部屋の前に到着だ」
この扉の向こうに、二週間煮湯を飲まされ続けている『機械竜』が待ち構えている。
信也にとって、このギルドメンバーと共に過ごし、イチと背中を合わせる時間は、何物にも代えがたい「本物の人生」だ。
「行くぞ、みんな。今日でこいつとはおさらばだ!」
ナガの鼓舞と共に、四人は巨大な扉へと手をかけた。
奥から響く機械の咆哮が、地響きとなって足元を揺らした。




