表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/21

5・シャワー上がりの妹

 江ノ島の駅から自宅までの坂道。普段ならゆっくり歩くはずのその距離を、信也は半分駆け足で登りきった。四月の夕暮れとはいえ、全力で動けば体は熱を持つ。掃除当番で埃っぽくなった制服が、汗でじっとりと肌に張り付いて不快極まりない。


(……とにかく、一刻も早くシャワーを浴びて、ログインしたい)


 その一心で玄関の扉を蹴るように開き、靴を脱ぎ散らかして脱衣所へと直行した。だが、入り口の厚手のカーテン越しに、微かな石鹸の香りが漂ってきた。


「……チッ、最悪だ」


 信也は思わず舌打ちを漏らした。この家に同居人がいるという、当たり前でいて、今の彼にとっては最も受け入れがたい現実。カーテンのすぐ外側から、苛立ちを隠さず声を張り上げる。


「おい、市香! 早く出ろ。こっちは汗だくなんだよ」


 カーテンの向こうで、ごそごそと音が聞こえる。数秒の沈黙の後、布一枚隔てた向こう側から、低くて刺々しい声が返ってくる。


「……無理。今、着替えてる途中だし。お兄ちゃんがこんな時間にシャワー浴びたがるとか思ってなかったし。……ちょっと、そこで待ってないでよ。今、裸だから。本当、デリカシーなさすぎ。間違ってもカーテン引かないでよね」


「誰が覗くかよ! 掃除当番だったんだよ。とにかく急げ、五分で出ろ。俺はここで待ってるからな」


 信也はそのまま脱衣所の外で制服を脱ぎ捨てた。トランクス一丁――いわゆるパンイチの状態で、腕を組んでカーテンの前で待機する。一秒でも早く、この不快な汗を流し去りたい。


「……絶対そこにいるじゃん。変態」


「……見ねえよ。お前の裸なんて、百害あって一利なしだ。自意識過剰なんだよ。いいから早くしろ」


「……うるさい。とにかく、私が部屋に戻るまで、絶対に来ないで」


 カーテンの向こうで、さらにバタバタと何かが動く気配がした。


 数分後、ようやくカーテンが勢いよく引かれる。蒸気と共に、部屋着に着替えて髪をタオルで拭きながら出てきた市香が、パンイチで立ち尽くす兄をゴミを見るような目で見据えた。


「……確かに。兄妹の裸なんて、百害あって一利なしだね。不愉快極まりないわ」


 吐き捨てるようにそう言うと、市香は足早に階段を駆け上がっていった。


 信也はむしゃくしゃした気分をぶつけるように、入れ替わりで脱衣所になだれ込んだ。乱暴にシャワーを浴び、一日の汚れを強引に削ぎ落とす。


(……ああ、やってらんねえ。あんなのが妹とか、人生の罰ゲームだろ)


 体を拭くのもそこそこに、Tシャツと短パンを引っ掛けて自室へ逃げ込んだ。


 扉を閉め、鍵をかけた瞬間に、ようやく肺から溜まった毒素が抜けていくような感覚があった。


 部屋の明かりもつけず、デスクの上に鎮座するパソコンの電源ボタンを押す。静かなファン。青白く光り始めるキーボード。モニターから溢れ出す光が、現実の残骸を浄化していく。


(……待たせたな、イチ。今行く)


 ログイン画面。エンターキーを叩いたその瞬間、織田信也は消滅し、聖域を守護する高潔なヒーラー・ナガが目を覚ます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ