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20・初のオフ会2

 地獄のような耐えがたい空気を破ったのは、風火だった。


 風火自身、この場に漂う毒素のような気まずさに胃を掻きむしられる思いだったのだろう。彼女は耐えきれなくなったように、ひきつった笑い声を無理やり絞り出した。


「……っ、ぶふっ! あははは! いや、ごめん、実際さ、喜劇だよねこれ! 天文学的な確率のギャグじゃん! 狙ってやってもこうはならないよ!」


 風火は腹を抱え、非常階段の錆びた手すりを激しく叩いて笑った。茶化すことで、この場を支配する「現実」という名の怪物を追い払おうとする、彼女なりの生存本能だったのかもしれない。


 だが、その乾いた笑い声は、沈痛な面持ちで固まっていた信也と市香、そして言い放った張本人である彩の三人が放つ、絶対零度の眼差しによって一瞬で凍りついた。


 笑い声は体育館のコンクリート壁に虚しく反響し、べたついた湿った空気に飲み込まれて霧散する。三人の無言の圧力に圧された風火は、額に冷や汗を浮かべたまま、しおしおと肩を落とした。


「……ごめん。茶化しすぎた。……そうだよね、笑い事じゃないよね、これ……。ごめん、本当に」


 眼鏡のブリッジを直しながら、風火が視線を落とす。彼女の内心にある「これ以上この空気に耐えられない」という悲鳴が、震える指先から漏れ出していた。だが、その謝罪を冷酷に拾い上げたのは信也でも市香でもなく、彩だった。


「いいえ、武田さん。客観的に見れば、これ以上の笑い話はないわ。あなたの反応は、生物として正しい」


 彩は淡々と、しかし容赦のないトーンで続けた。


「ただ……この事態の当事者が、私の唯一の親友である市香と、その双子の兄だという事実が、私の頬の筋肉を凍りつかせているだけ。笑えないけれど、間違いなくこれは笑い事だわ。ただ、あまりに身近すぎて、私の感性が拒絶しているの」


 フォローになっていないどころか、さらに事態の異常性を際立たせるような彩の言葉に、信也は胃の奥がせり上がるような不快感を覚えた。彩の言う通りだ。これが他人の話なら、自分だって腹を抱えて笑っただろう。だが、今このべたついた空気の中で、自分の人生を全否定しかねない現実に直面している身としては、それはただの猛毒でしかない。


 再び、重苦しい沈黙が訪れる。唯一聞こえた己の浅く鋭い息遣いに、信也は自身の緊張を再認識した。


 喉の奥が張り付き、心臓の鼓動が耳の奥で鐘のように乱打されている。体育館の中から聞こえたバレー部のシューズが床を擦る「キュッ」という高い音さえ、今は自分の精神を削る鋭利な刃物のように感じられた。


 彩は一つ溜息をつくと、このままでは埒が明かないと判断したのか、努めて事務的な、オフ会らしい話題へと軌道修正を試みた。


「……ひとまず、外側から整理しましょうか。武田さん」

「えっ、あ、はい」

「あなた、一昨日、他校の男子から告白されていたらしいわね?その端麗な容姿で、中身がハル……あんなに可愛らしい美少年の皮を被ったギルドマスターだなんて。納得というか、ある種の詐欺に近い完成度だわ。あなたのキャラクタービルドには、元々の素質が影響していたのね」


 唐突な彩の称賛に、風火は少し照れたように、しかしどこか救われたような顔で頬を掻いた。


「あはは、アヤちゃんこそ、イメージ通りのクールビューティーじゃん。あんな苛烈で隙のない白装束のくノ一が、隣のクラスの美女だったなんて。むしろアヤちゃんのイメージそのままだよ。……正直、アヤちゃんがアヤちゃんで、私はちょっと安心したかも」


「そう。それは光栄だわ。で、ええと……」


 そこまで事務的に答えた彩だったが、不意に言葉を濁し、視線を泳がせた。


 歯切れの悪い沈黙。親友である市香と、その双子の兄が「夫婦」であるという、あまりに処理しきれない現実を前にして、次の一句が見つからないようだった。


 彩の視線が、救いを求めるように、あるいは覚悟を決めたように再び信也と市香へと戻った。


 アヤとハルの「中の人」の確認が終わったことで、この場に残された最後の、そして最大の問題が浮き彫りになる。


 風火が覚悟を決めたように、真剣な、それでいてどこか残酷な好奇心を宿した瞳で信也を見つめた。


「……あのさ、さっきから一言も喋らない『夫婦』のお二人さん。実際、今何を思ってるわけ?」


 風火の問いかけは、信也の逃げ道を完全に塞いだ。


「昨日まで、画面の向こうで指輪を交わして、甘い言葉を囁き合ってた相手が、今目の前にいる……『中の人』なわけじゃん。……織田、それからイチちゃん。今の正直な気持ち、聞かせてよ」


 信也は口を開きかけたが、言葉にならなかった。


 隣に立つ市香は、相変わらず俯いたままだ。しかし、その耳の付け根まで真っ赤に染まった肌は、彼女が今、怒りと羞恥、そして言葉にできない何らかの感情でパンク寸前であることを示していた。


 自分にとって、昨夜までの「イチ」は、守るべき、愛すべき唯一の存在だった。


 だが、今隣にいるのは、朝の食卓でトーストを無機質に咀嚼し、自分を「気持ち悪い」と罵った、双子の片割れだ。


 信也の視界の端で、市香の拳が小刻みに震えている。


(……俺だって、聞きたいよ。こいつが、何を考えてるのか)


 淀んだ空気の中で、信也は自分の心臓の音が、体育館の騒音よりも大きく響いているのを感じていた。

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