15・中断
時計の針は、二十時十五分を回っていた。
ギルド「戦国」の四人は、ついに因縁の地――「機械竜ヒヒイロゴン」が鎮座する遺跡深部、巨大な石扉の前に集結していた。
先ほどまでのテスト通話とは違う、実戦を前にした重苦しい緊張感が、ボイスチャットのチャンネルを支配している。
「――みんな、準備はいいか?」
ナガの短く、引き締まった問いかけが響く。黄金の杖を握りしめるナガの背後で、三人のアバターがそれぞれの武器を構え直した。
『バッチリだよ! ナガ君!』
イチの弾んだ声が、ヘッドセットを通じて脳を直接震わせる。耳元に届くその甘い残響は、信也に最強の万能感を与えていた。
「……あー、なんか、急に心臓がバクバクしてきた。これ、キー操作ミスりそうだよ……」
ハルが、マイク越しに「フー、フー」と深呼吸を繰り返す。画面上のメイド服の美少年は、あざとく震えるエモーションを連発していた。
「ふふ、ハル、落ち着きなさい。まだ一回目だから、気楽にやりましょう。ボイスチャットの恩恵を確かめるつもりでね」
アヤの凛とした声が、過熱しそうな空気を冷却するように流れる。
信也の指先は、キーボードのショートカットキーの上で軽やかに踊っていた。モニターから溢れる青白い光が、暗い自室の壁を鮮やかに染め上げている。
耳元には、愛しいイチの、微かな吐息さえ聞こえてくる。
「ねえ、ナガ君。……絶対、勝とうね。私たちが、最強の夫婦だって、あの竜に教えてあげよう?」
その破壊力は凄まじかった。信也の心臓がドクンと大きく跳ねる。
「……ああ。約束するよ。俺を、信じてついてきてくれ」
「……うん!」
ナガの返事を受け、ギルドマスターであるハルが、一歩前へ出た。
「じゃあ、行くよ! 十秒前からカウントするね。……十、九、八……」
ハルの震える、けれど気合の入ったカウントが響く。
「……七、六、五……」
イチのキャラクターが、ナガの隣にぴったりと寄り添う。
三、二――。
扉に手をかけ、まさに一歩を踏み出そうとした、その――二秒前のことだった。
「――ドォォォォォォォォォン!!」
腹の底を突き上げるような、凄まじい轟音が、二つの経路から同時に信也を貫いた。
一つは、右耳。窓をガタガタと震わせ、家の地盤そのものを揺さぶるような、現実の地響き。
もう一つは、左耳。イチのマイクが拾った、全く同じタイミング、全く同じ音質の、絶望的なまでの「同期音」だ。
「……っ!? うわああああっ! な、なんだ今の……ッ!?」
信也は椅子から飛び上がり、思わず叫び声を上げた。
「――きゃああっ!?」
同時に、ヘッドセットから、イチの短く可愛らしい悲鳴が鼓膜を打つ。
直後、階下でドタバタと慌ただしい足音が響き、玄関のドアが勢いよく開け放たれる「ガチャン!」という鋭い金属音が聞こえた。母親が何事かと外へ飛び出していったのだ。
「えっ、ちょ、何!? 今の音……ナガ? イチちゃん? 大丈夫!?」
ハルの狼狽した声。だが、ハルのマイクには今の音は一切入っていない。
「……今の、ただ事じゃない音だったけれど。二人とも、何か大きな音がしたみたいだけど大丈夫なの?」
アヤの冷静な、しかし心配そうな声が続く。
石扉の前で、ナガとイチのキャラクターが、糸が切れた人形のように棒立ちになっていた。
「……っ、ごめん! 離席! 家の真ん前で、何か……凄い音がした!」
「あ、私も……! ごめんなさい、ちょっと見てくる!」
重なるように放たれた二人の離席宣言。
「えっ、事故!? 二人とも!? ……うわ、本当だ、二人とも動かなくなっちゃった。大丈夫、まだボス部屋入る前だから全然平気だよ! 攻略なんて後回しでいいから、何が起きたのか確認しに行きなよ!」
「ええ、ハルの言う通りよ。ここは待ってるから、家族の安全を確認してきなさい」
二人の気遣う声が遠くで聞こえる中、信也はヘッドセットを乱暴に脱ぎ捨てると、椅子を蹴って部屋を飛び出した。




