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14・合流

 時計の針が二十時ちょうどを指すと同時、ギルドハウスの入り口に二つの光の柱が立つ。


 ギルド「戦国」の残り二人。ギルドマスターのハルと、軍師のアヤだ。


 そしてついに四人全員が、このボイスチャットという聖域に足を踏み入れた。


「――あ、えーと……。ぷ、プロっス。えっと、テ、テスト。聴こえて、るかな……? みんな」


 真っ先に響いたのは、控えめで、少しだけハスキーな少女の声だった。


 信也はその声を聴いた瞬間、脳の奥で微かな火花が散るような感覚を覚えた。


(武田の声……だよな?)


 聞き覚えはある。それも、つい数時間前まで聞いていた、身近な響き。


 だが、今ヘッドセットから流れてくるその声は、極度の緊張からか細く震え、安価なマイク特有のザラついたノイズが絶え間なく混ざり合っている。学校で堂々と笑い、快活に「おはよ、織田」と呼びかけてくるあの武田風火の安定した発声とは、似ているようでいて決定的に違う、ひどく不自然な別人のようにも聞こえた。


 その違和感は、知っているはずの旋律が、音程の外れた楽器で演奏されているような、喉の奥に小骨が刺さったようなもどかしさを伴っていた。


「ハルちゃん! 聴こえるよ!バッチリ!」

「……っ! よ、良かった……。あはは、なんか、モニターに向かって喋るのって、想像以上に心臓に悪いね。……あ、アヤちゃん、次、代わって。私、もう限界……」


 逃げるようにバトンを渡すハルの声。その、照れ隠しに少しだけ早口になる癖さえ、信也の知る「親友」の面影をノイズの向こう側に追いやってしまう。


「……ええ。……テスト、テスト。皆さん、私の声、届いていますか?」


 次に響いたのは、凛とした、冷たくも美しい鈴の音のような声だった。


 感情を抑制した、けれど確かな意志を感じさせる、氷の彫刻のような美しさ。アヤのキャラクターが、声という命を得て完成された瞬間だった。


「わあっ、アヤちゃんの声、すごく綺麗……。なんだか、憧れちゃうな」


 ハルが感嘆の声を漏らすと、少しの沈黙の後、アヤが短く応えた。


「……ありがとう。そう言ってもらえると助かるわ」

「格好いいなあ……。アヤちゃんに比べて、私の声は……なんだか、自分でも変な感じがするよ」


 ハルが自信なさげに、マイク越しに自分の声の響きを確認するように呟く。


「そんなことないわ。ハルも素敵よ。とってもキュートだわ」

「そうだよ、ハルちゃん! すごく可愛くて、びっくりした!」

「そ、そうかな?あ、ありがとう」


 アヤの冷静ながらも確かな賞賛とイチのストレートな賞賛のダブルパンチを喰らったハルの微笑が、信也の耳をヘッドホンの先からくすぐった。


「イチちゃんも可愛い声だよね。ナガ、そう思わない?」

「ああ……。俺としては正直、イチの声が一番可愛い。……なんていうか、言葉にならないくらい」


 四人の声が交錯する。これまでは文字入力のために数秒かかっていた意思疎通が、一秒の隙もなく、体温を伴って重なり合う。


「えへへ、嬉しいな。……でもね、ナガ君」


 イチの声が、少しだけ真面目なトーンに変わる。


「……さっきも言ったけど、私、やっぱり不思議なの。ナガ君の声、聴いた瞬間に『あ、これだ』って思ったっていうか。初めてなのに、ずっと昔から知っていたみたいな……」

「……実は、俺もなんだ。イチの声、驚くほど耳に馴染むんだよ。初めての気がしない。……さっきの唐揚げの件と言い、なんだか運命を感じちゃうよ」


 信也が正直な感想を漏らすと、ヘッドセットの奥で、イチが微かに照れくさそうに吐息を漏らす音が聞こえた。


「……ふふ。感想まで一致しちゃうなんてね。……私達、本当に……お似合いの夫婦だね?」


 ヘッドセットの奥で囁かれる、蕩けるような言葉。


 その甘美な「流れ弾」を、ボイスチャットという共有空間で真正面から浴びた二人が、同時に小さく呻いた。


「……う、耳がキツい……。糖分過多で鼓膜が溶けそうだわ」


 アヤが、氷を噛み砕くような冷ややかな、けれどどこか呆れたような声を漏らす。


「ナガもイチちゃんも勘弁してよぉ。こっちはまだボイスチャットの新鮮さに感動してる最中なんだよ。いきなり特濃のバカップル空間を展開しないでよ……あー、耳が痒いというか、むず痒い……」


 ハルが、どこか落ち着かない様子で、くぐもった声を漏らした。


「ごめん、二人とも。……でも、本当にそう思うんだ」

「うん。私も。……ごめんね、アヤちゃん、ハルちゃん。でも、ナガ君と喋れるのが嬉しくて……」


 イチの「おねだり」するような語尾に、ハルが「わかったわかった、私の負けだよ」と、どこか楽しげな溜息を吐く。


「とにかく、これは良いな。アヤ、これなら次のボス戦、いけそうだな?」

「ええ。この連携速度なら、ヒヒイロゴン以上の難敵でも、完璧にコントロールできそう。文字を打つ手間に割いていたリソースを、全て戦術の微調整に回せるからね」


 アヤの知的な声が、これからの戦いへの絶対的な自信を告げる。


 信也は、幸せの真っ只中にいた。


 もちろん、ハルの声にも聞き覚えはある。だが、緊張による震えと劣悪なノイズにまみれたそれは、どこか現実味を欠いていて遠い。


 それ以上に、イチの声だ。


 リアルで毎日聞き慣れているはずのハルの声以上に、イチの声は、まるで最初から信也の鼓膜の形に合わせてあつらえられたかのように、驚くほど滑らかに、深く、魂にまで染み渡ってくる。


 この異常なまでの馴染み深さ、吸い付くような心地よさ。


 それこそが、彼女が自分にとって唯一無二の存在であることの、何よりの証明に思えた。


(……最高だ。……この場所、この嫁。俺は、これ以上の幸福を知らない)


 ナガはボス戦に向けた発声練習を始めたアヤの声を聞き流しながら、隣で微笑むイチのアバターを見つめ、ただ、じっとその完璧な残響に耳を澄ませていた。

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