開花生禍 ~カイカキカ~
新しいクラスで席が近かったことから仲良くなった女子六人。
おバカな会話で盛り上がる楽しい日々は、一人が[珍しい花を見に行こう]と言い出したことで一変する。
本文中にいじめの記述があります。
読まなくても差し支えないよう書いてありますので、詳細を知りたくない方は▼▽▼と▲△▲で区切っている箇所を飛ばしてください。
たまたま同じクラスになって。
たまたま最初に座った席が近くて。
そんなありふれた理由で、あたしたち六人は仲良くなった。見た目も成績も校内で真ん中辺り。どこにでもいる凡人のグループだ。…あ。
一人だけ例外がいる。といっても、すごい美人とか頭脳明晰とかじゃない。
ズバリ言っちゃうと、珍名なのだ。
多喜たぐり。初めて聞いた時はちょっととまどった。
[初対面で自己紹介する時って、だいたいフルネームを名乗るよね]
「「「「「うん」」」」」
[普通に『多喜たぐりです』って言ってたら、結構な確率で滝田ぐりと勘違いされた]
「「「「「ぶほっ」」」」」
[で、そこそこ高い確率で誤解が続くんだよ。『ぐらって名前の弟さんか妹さんがいるんですか?』って]
憮然とした表情もおかしくて、あたしたち五人は笑い転げる。
[次に授かるかなんて分かりっこないのに。名字が本当に滝田で、双子だったらあり…いやないな]
やめて、冷静にダメ出ししないであげて。名作絵本のネーミング全否定しないで。
[説明したら分かってもらえたけどね。学習して、今は意図的に『多喜 たぐりです』って軽く区切って言うようにしてる]
笑いが止まらない。息も絶え絶え。お腹痛い。
「姪っ子の名前が『あきら』っていうの。水晶の晶だから綺麗だし、違和感はそんなにないよ」
[あきらなら全然いいよ。人名だってちゃんと分かるから]
「あー、たぐりはねー」
「なんでそんな名前になったの?」
[『多くの喜びをたぐり寄せる子』だって]
「由来はいいのにねー」
[男だったら『たぐる』になったらしい]
「「「「「ええー」」」」」
いや、もうちょっとこう…何とかなんなかったのか。
[多喜は! 名字です!]
「突然の力説」
「たぐりに会うまで『たき』って名字の人に会ったことなかったからなー」
「滝口なら近所のお宅にあるよ」
[多喜の! 存在も! 認めてください!]
「認めてる認めてる」
「多喜は馴染みがないからさー」
[いるでしょ! 滝廉太郎とか! 漢字は違うけど!]
「…誰だっけ?」
[思い出せ! 授業を! 荒城の月を!]
「ごめん、試験終わったら即忘却の彼方だわ」
「倒置法で主張せんでも」
[たぐりは! 名字では! ありません!]
「突然の力説再び」
「まあ確かに、たぐりって聞いたらまず『田栗』だと思うよね」
「隣のクラスにいるから余計にね」
[たぐりの! 存在も! 認めてください!]
「認めてる認めてる」
「名前でたぐりは馴染みがないからさー」
「何であたしら前と似たような会話してるの」
[名字の多喜も名前のたぐりも珍しいから]
「「「「「それな」」」」」
たぐりの席は窓際の一番後ろ。
「超特等席だよね。外は見放題だし、居眠りしててもバレないし」
[まあね。でも購買ダッシュは超不利]
「あーそうね」
[がんばってもめぼしいものは売り切れてるもん。焼きそばパンと自家製クリームパン食べたい!]
焼きそばパンは男子の一番人気、自家製クリームパンは女子の一番人気であたしの大好物だ。カスタードクリームがおいしくて…ああ、久しぶりに食べたい。
[百メートル走なのに、一人だけ百十メートルくらい走ってる気分]
…? 今、何か引っかかった気がした。
[お山で珍しい花のつぼみを見つけたんだ。もうすぐ咲きそうだったから、今日行ってみない?]
お山は学校から少し離れた所にある標高が低い山だ。近隣の小学校に通う生徒は遠足で何回も行ってる。もちろん正式な名前があるけど、地元なら『お山』で通じる。
「ずいぶん急だね」
[つぼみが結構膨らんでたの。開いた後どのくらい咲いてるか分かんないし、早い方が確実でしょ]
あたしたちは全員乗り気じゃなかった。みんな嫌そうな顔をしている。花なんてどうでもいい。
[希少度は竹の花に匹敵するよ。写真をアップしたらバズるかも]
気づかないのか、たぐりが一人ではしゃいでる。
[今日はいい天気だし、きっと楽しいよ! ね、行こうよ!]
あたしたちより頭ひとつ背が高いたぐりは、少し俯くようにしてあたしたちを見回した。
…胸の辺りがモヤモヤする。でも原因は分かんない。体調不良なら口実にできたのに。
結局押し切られ、放課後六人でお山に行くことになった。
先頭を歩くたぐりは鼻歌交じりでご機嫌だ。その後を五人でぞろぞろついていく。足取りは重い。
「…あたし、ちょっと…」
「お腹空いたから帰りたい。花より団子でさ」
代わる代わる意思表示しても完璧にスルーされた。
[楽しいって言ってるじゃん]
拗ねたような声に、心臓がドクンと嫌な音を立てた。
やがてたぐりは何故かわき道に進み、坂道を下り始めた。
「道、間違ってない?」
[こっちで合ってるよ]
何でだろう、胸がドキドキする。気持ち悪くて、冷や汗が止まらない。
少し開けた所に着いた。短い草が生い茂る中、隅っこに見慣れない植物が一本だけ生えている。背が高くて、葉っぱの形は違うけどひまわりっぽい。つぼみはかなりほどけてて、今にも咲きそうだ。
目だけ動かして左右を見ると、たぐり以外はみんな顔色が悪かった。たぶん、いや確実にあたしも。
たぐりは一人進んで、花の前に立った。
[来たよ]
呼びかけに答えるようにつぼみが開いた。こっちの方がずっと大きいけど、赤いハイビスカスに似てる。
「…え」
めしべの先端が風船みたいに丸く膨らんで、表面に凹凸が生まれた。まるで作りかけのお面のような…あれは、あの顔は──
▼▽▼ ▼▽▼ ▼▽▼ ▼▽▼ ▼▽▼ ▼▽▼ ▼▽▼
きっかけは名前をからかったこと。立派な由来があったけど、人の名前とは思いにくかったから。
次に理由にしたのは体格差。あいつはあたしたちの中で一番背が低かった。
口数が少なくておとなしいのも影響した。何を言われても何をされても俯くだけで反論しないから、ストレス解消にちょうど良かった。
イラついた時は休み時間に購買まで走らせた。窓際の一番後ろ、あいつの席のすぐそばに一人、教室の前後にあるドアに一人ずつ、ドア近くの適当な位置に二人立って、さりげなく邪魔した。立ちはだかったり、肘打ちしたり、足を引っかけたり、周りに分からないよう色々やった。
人気のパンを指定したから、もちろん買えない。罰と称してあいつのお弁当を五人で食べた。たまにゴミや虫を混ぜて食べさせた。
ムカついてしょうがない時はお山に行った。あいつをサンドバッグにするために。
「お山に行こうよ! 楽しいよ!」
それがいつもの誘い文句。
始める前に服を全部脱がせた。汚れたり破れたりしたら、あいつの家族が気づくかもしれないから。
身体を隠そうと縮こまってるのを蹴った。踏むやつもいたな。二人がかりで無理やり立たせて殴ったりボールをぶつけたりするのは楽しかった。
バレたらヤバイから、ひどいケガはさせなかった。誰かに見られたら言い訳できないから、写真も動画も撮ってない。
あの日もそうだった。
命令してマッパにして、さあって時に男の話し声が聞こえた。だんだん近づいてくる。
『誰か来た!』
あいつは自分の服を抱えると林の中へ走っていった。残されていた靴やカバンを拾ってあたしたちも後を追う。
そしてあいつは急斜面を転げ落ちた。
あたしたちは隠れて息を殺した。声の主たちをやり過ごしてから静かに下へ向かう。
あいつは倒れていた。全身傷だらけで、首がヘンな角度で曲がっていて、まぶたに半分隠れた目が濁ってた。かろうじて息はしてたけど、助からないのは明白だった。
あたしたちはあいつの靴とカバンを放り出すと一目散に逃げた。お山を下りたところで話し合って口裏を合わせる。帰りにクレープを食べようと誘ったけど断られて、あいつとは下校途中で分かれたことにした。アリバイ工作にクレープを食べてから家に帰った。
翌日は大騒ぎだった。あたしたちは決めたとおり先生に話した。夕方死体が見つかった。
捜査が始まり、警察にも証言した。それだけで終わった。あいつがマッパだったから、性犯罪の可能性が高いって思われたらしい。あたしたちは疑われなかった。
▲△▲ ▲△▲ ▲△▲ ▲△▲ ▲△▲ ▲△▲ ▲△▲
「……たじゃない」
[ん?]
「あたしたちとつるんでたのはあんたじゃない!」
奇怪な植物と並んだたぐりは、きょとんとした顔で二度まばたきをした後にんまり笑った。
[やっと気づいたんだ。遅いよ。見た目も声も話し方も全然違うし、ヒントになることいっぱい言ったのに]
たぐりはあたしたちより背が高い。あいつはチビだった。
たぐりは明るい声でうるさいくらいよくしゃべる。あいつは小さい声でぼそぼそとしゃべった。
たぐりは大口開けて笑う。あいつはいつも卑屈な愛想笑いを浮かべてた。
花をチラ見する。めしべはさっきより陰影がはっきりしていて、誰なのか一目で分かる。
あそこは、あいつが倒れてた場所だ。
[残念だったね。花が咲いちゃって]
「…どういう意味?」
[いじめられて、恨みつらみをため込んで、大怪我したのに見捨てられて死んで、残された負の感情が形になったってこと。ちょっとやそっとじゃ消えないよ]
「あいつが勝手に走って落ちたの! あたしたちのせいじゃない!」
[やっぱり反省してないか。真摯に反省してれば少しは恨みが中和されただろうに]
たぐりが赤い花を指さす。つられてあたしたちもそっちを見た。
めしべのあいつが、ぞっとするほど昏い表情でこっちを睨んでる。
[血のように赤い大輪の花。花びらの数は四枚。必要な生贄は四人]
「「「「「!」」」」」
[誰にするかそっちで決めなよ。話し合いでも…殺し合いでも]
話し合いなんてできるわけなかった。
申し合わせたように一番運動が苦手なやつを袋叩きにした。四対一だ。結果は分かりきってる。
そいつが動かなくなって、花びらが一枚散って。あとは乱闘。
闇雲に殴って蹴って。弱ったら首を絞めて。また一人倒れて、花びらが減って。しばらくして、また。
今、あたしは仰向けに横たわったやつに馬乗りになって、握った石を何度も頭に振り下ろしてる。
「さっさと! 死んでよ!」
視界の隅で赤いものがふわりと動いて、咄嗟にそっちを見やる。最後の花びらがゆっくり宙を舞っていた。
視線を戻すと、真っ赤に染まった顔があった。うめき声ももう聞こえない。全然動かない。
「…やった。あたし、生き残っ」
「そこで何してる!」
思わずびくっとした。慌てて首を巡らす。知らない男が二人、こっちに駆けてくるのが見えた。
周りにはボロボロで血まみれの女子三人。あたしの下にもいる。
「ひでぇ…」
「おい、警察に通報! 俺は救急車を呼ぶ!」
二人が手分けして電話し始めた。
ふと気づいて辺りを見回す。たぐりがいない。いつの間に。
「生き地獄へようこそ」
耳元であいつの声がした。
めしべのあいつはあたしを見つめて、楽しそうに、見下すように、嗤っていた。そのまま急速にしおれていく。
たぐりは『必要な生贄は四人』と言った。でも『生き残った一人は許される』とは言ってない。
四人も死んだ殺人事件なんてショッキングなニュース、マスコミが大々的に報道する。あたしは未成年だけど匿名になるか微妙だし、なったとしても無意味だ。すぐ特定されて、ネットで拡散される。地元にも猛スピードで話が広まる。どれだけバッシングされるか。
あたし一人で殺したんじゃない。でも証明はたぶん不可能。あたしはどれほどの罪に問われるんだろう。
…逃げなきゃ。でもどこへ?
ケガをして疲れきった身体は満足に動かない。脚ががくがく震えて、立ち上がることすらできない。
この先どうなるの? ──ああ、生き地獄か。
「じっくり堪能してから、地獄へ逝くといいよ」
茶色い枯れ木みたいになった植物は、バラバラに崩れ落ちて草に紛れた。
全国の多喜様、誠に申し訳ございません(平伏)。
幸せなイメージかつご利益がありそうで、私は好きです。
ちなみに私は名字も名前も平々凡々。
特に名前は、同年の名付け人気ランキング5位以内に入るほどありふれてます。