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鳥かごの少年達  作者: LOG
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第9話 親子の思い出

 教室に戻ったルーサは、真っ先にセルの机に向かう。

「セル」

 セルは両腕を組み前を見据えたまま答えずにいたが、ルーサが机に腰かけた。

「セルを追いかけた後のレイナ、明らかに様子がおかしい。ラルムと何か話した様子だったけど、一瞬で何も聞けなかった」

「……そうか」

 そこにマイがやって来た。ルーサはすかさず手話で先程のレイナの様子を伝えると、マイも深刻な表情を浮かべて頷いた。『最後に何かあったのかな?』ルーサは「多分」と返す。

「それにしてもさ、誰かの誕生日って本当に嫌だよ……」

 ルーサが重く息を吐いた。マイも首を縦に振る。そして口数少ないセルに向かって、質問を投げかけた。

「……アリスの事なんだけど」

 雑貨屋の娘の名前を出し、セルの出方を窺う。

「今度は何が何でも、リツカに報告するからな」

 声色、語尾の調子、表情。全てがルーサのやり方と希望を真っ向否定している。ルーサは再び息を大きく吸い込んだ。

「それはそうなんだけどさ。でも、13番目って、いないんだよ、本来は」

 一つ一つ区切るように、最後は喉の音が聞こえる程唾を飲み込んだ。ちらりとセルの顔を見ると、案の定普段の彼から想像つかない形相を浮かべている。

「……お前、いい加減にしておけよ?」

 いつものルーサだったら、セルに口答えなど出来る筈もなかった。しかしアリスの事だ。自分のこの気持ちが何なのかはっきりと分からないけれど、彼の願いは一つだった。

「偶然痣が出来たのかもしれないだろ? それだけで呪いの子だと断定するのはおかしいよ」

「判断するのはあくまで国の機関だ。俺達はリツカに報告し、そして適切な対処を求める。お前が言ってる事は、何一つ筋が通っちゃいないんだよ」

 セルの言葉に、ルーサはぐっと喉を鳴らす。無理だ。どうしたってセルは、彼女を機関に突き出すのだ。

「セル、君はさ。僕とは大きく違う」

 泣きそうになりながら話す。セルは眉間に皺を寄せて、こちらを見つめていた。

「セルは、今まで連れて行かれた皆の事を、少しは考えた事はある? どこか冷たく割り切ってない?」

 絞り出すようなか細い言葉に、セルは何も答えなかった。マイも不安気な様子で、ルーサを見る。

「僕は今まで誰かの誕生日になる度に、毎晩毎晩その人が夢に出て来る。笑って近づいて、段々悲しそうな顔になって、最後は怒って僕に掴みかかって来るんだ。目が覚めると息が乱れて、汗だくで、自分もそうなるんだって考えて、不安で不安で仕方なくて……」

 小刻みに揺れる肩。固く目を閉じ、両手を握り締める。

「セルは冷たいよ。僕は、アリスがたとえ呪われた子供だったとしても……。機関が気がついていないのなら、わざわざ報告する必要は無いと思う」

 周囲に聞こえないよう声のトーンを抑えているが、それでも気を緩めたら語気を強くしそうだった。

「せめて成人になるまでは、親子揃って生きていいと思うんだよ。僕達のように親子が離れて生きる選択を、どうしてセルが突きつけられるんだよ。今が幸せなら、少しでも長くそのままでいさせてあげようよ。それが彼女達の望みでしょ?」

 黙って聞いていたセルが、突如立ち上がりルーサの胸ぐらを掴んだ。咄嗟の出来事にマイが止める間も無く、ルーサの体が壁に押し付けられた。教室内にいた者は「きゃっ」と声を上げたが、セルの鋭い視線を受けて、巻き込まれないよう慌てて室内から立ち去った。

「……化け物になる瞬間を、母親に見せろって言うのか?」

 ルーサが目を見開いた。

「今までずっと育てて来た娘が、人間じゃなくなる瞬間を母親に見せろ。そうお前は言うんだな……?」

 ルーサは言葉を失った。そんな彼に、セルは言葉を続ける。

「いいか、ルーサ。俺達施設の子供は、本当の親なんて生まれた瞬間に離される。思い出だとか、そんなもんは持ち合わせちゃいないんだ。でもあの親子は違う」

 そしてルーサを押さえつけていた手に一層の力を込める。

「長年一緒にいた、家族の記憶。声、匂い、感覚……。嫌ってくらい染みこんだそいつを持ったまま、母親に見られながら変貌する娘。そんな娘を見てなおこれから生きていく母親。分かるか? それがどれだけ残酷か、分かるか? ルーサ」

 そこまで言って力を抜いた。ルーサは壁にもたれたまま動けずにいた。セルが珍しく、唇を噛み締め感情を露わにする。

「俺を冷たいと思うのは勝手だ。俺だって時々自分の事をそう思う。皆の気持ちを考えていないんじゃないかって。……でもな、お前のそれも、優しさって言葉でくくるにはあまりにも残酷だ」

 マイが二人にそっと近寄り、ルーサの肩に手を添える。ルーサはマイに目線を向け項垂れた。そして息を一つ大きく吐き切ると、ゆっくりと顔を上げてマイの手に自身の片手を重ねる。困ったような笑みを浮かべ、大丈夫と唇を動かした。マイは何かを伝えようと指を僅かに動かしたが、それ以上はやめた。


 車が城下街に辿り着く。それぞれ軽い足取りで駆けて行く中、三人の足取りは重かった。少なくともルーサは数日前から憂鬱だったし、他の二人も表情は浮かなかった。

 雑貨屋に続く道。溜息をつきたくなる気持ちを抑え、時折セルの表情を窺いながら歩を進める。そして店を前にすると、三人が立ち止まった。

「くどいようだが、最終的にはリツカを連れて来るからな」

 最初からリツカを同行させようとしたセルを、制止したのはマイだった。ルーサの気持ちが落ち着いてから詳細を聞かされたマイは、途切れ途切れでしか追えなかった今までの流れが一本の糸でようやく繋がったのだ。せめてルーサと最後にゆっくり話をさせたいと、渋るセルを説得したのだった。

 ルーサはマイに感謝をした。恐らくルーサの言葉では今のセルは説得出来なかった筈だ。マイはセルに気がつかれないように、小さく目配せをした。

「……分かってるよ、セル」

 神妙な面持ちで、ルーサは扉に手をかけた。しかし思いもよらなかった感触が右手に届く。

「あ、れ」

 何度か揺らそうとするが、扉はびくともしなかった。焦るルーサを横目に、セルは小さく舌打ちをする。

「そこのお店なら、もうやめたみたいだよ」

 ルーサの様子を見た通りかかりの人が声をかけてきた。冷や汗がこめかみに伝う。「へえ……。そうなんですね」冷たい空気が喉を通り抜ける。

「セル……」

 どうしよう。そんな言葉を彼に言える筈が無かった。この事態は予想出来るものだったし、現にセル自身が危惧したのだ。それをルーサが制し、時間をくれと言った。ルーサは何も言えずセルを見つめる。

「……リツカに言って、信用されるかどうかだな」

 セルは前を見据えたまま言う。当人がいない状況で、普遍の呪いの綻びを一体誰が信じると言うのか。

「放置して、誰も呪いの変化に対応出来ない状況になれば、とんでもない事だぞ」

 ルーサは自身の考えの甘さを呪った。親子の気持ちを最優先にしたつもりだったが、それは間違っていたのをようやく実感する。恐る恐るセルの出方を窺った。

「仕方ない。ひとまず戻ろう」

 ルーサは力なく頷き、それに従った。心配そうに見つめるマイに曖昧な笑みを浮かべ、「大丈夫」と指を動かす。それでもなおまだ何か言いたげな彼女を制し、「本当に大丈夫だから」と自身に言い聞かせるように再度言った。


 施設に戻った三人は、教室の自身の席で声をひそめていた。リツカに言うべきか否か。先程からなかなか話が発展しない。これからどうするべきか、自分が意見を出すのは難しかった。セルの忠告を聞かずにいた罪悪感で、今にも消えてしまいたい気持ちだった。

「言うしかないだろうな」

 椅子に背を預け、セルは呟いた。

「何かが起こった時に、事情を話せる人間が必要だ。後出しにしても相手にされないだろうし、今の段階で分かる事実を伝えるべきだと思う」

 ルーサは息を吐いた。そして意を決したように大きく頷くと、マイにわかるように状況を説明した。「リツカに説明しよう」それを見てマイも頷くと、ルーサはセルに視線を合わせる。

 セルは立ち上がった。ルーサも覚悟を決める。午後の授業開始まで約二十分。状況を説明するには間に合うだろう。

 決めたからには一刻も早く行きたい気分だった。たとえ自身の失態を咎められようとも、早く吐き出してすっきりしたかった。自分勝手なのは承知だったが、ルーサは自然に早足になる。リツカの部屋の前につきノックをすると、中から入室を促す声が聞こえた。ほっとしたルーサが勢いよく扉を開けると、中の光景に思わず「あっ」と漏らす。ルーサの背中からセルが顔を出すと、セルは声にこそ出さなかったがこちらも微かに目を開いた。

「何か用ですか?」

 リツカより先に尋ねたのは、マダムリリーだった。思わぬ人物の登場に、訪ねた三人は完全に面食らっていた。

「リツカに用事があるんだ」

 セルの言葉は、「あなたに用事は無い」と暗に示している。しかし動く気配の無いマダムリリーに、今度はルーサが声を上げた。

「リツカに話があるので、マダムリリーは出て行ってもらえませんか?」

 ルーサの言葉にリツカは少しの間何かを考えた後、マダムリリーに向かって小さく頭を下げた。しかし彼女は一向に立ち上がろうとはせず、代わりに言葉を返す。

「施設長の私に聞かれたくない話など、あってはいけませんよ」

 あまりの暴論に、瞬時にセルが敵意を剥き出した。

「そんな暴論こそ、あってはいけませんよ」

 二人は視線をぶつけた。するとリツカが二人を裂くように割って入る。

「お母様。申し訳ありませんが、席をはずしていただけませんか?」

 娘の思わぬ言葉に、マダムリリーは不快感を露骨に示した。

「……娘のあなたが、私に意見をすると?」

 低く重い口調だった。リツカは薄っすらと笑みを浮かべかぶりを振る。

「意見ではなくて、お願いですわ。お母様」

 しばらく部屋が沈黙に包まれた。しかし根負けしたのか、マダムリリーはゆっくりと立ち上がると、全員を一瞥し鼻息を吐いてから部屋を出て行った。数秒の後セルが扉を開け辺りを見渡し、彼女が聞き耳を立てていないか確認する。確認を終えた彼が部屋に戻り腰を下ろすと、リツカが時計に目を走らせた。ルーサはセルを見た。セルは小さく頷くと、時間を気にし若干の早口で事の経緯を説明する。

 話を聞き終えたリツカは、明らかに動揺していた。そして次の授業が開始する三分前の鐘が鳴る。ひとまず一同は部屋を後にし、リツカは小さな声で「夜にまた来てもらえる?」と言った。

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