表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鳥かごの少年達  作者: LOG
6/28

第6話 13番目の少女

 前日の雨が嘘のように、晴れ渡った空だった。子供達は一ヶ月ぶりの外出に加え、この澄んだ空気に目を細くする。背伸びをして車から降り立った子供達は、慣れた足取りで思い思いの自由行動を開始した。

 ルーサに案内されて向かう雑貨屋。商品のほとんどが、店主の娘の手作りのようだった。鮮やかなネックレスや指輪などが細部に渡り丁寧に仕上げられていて、とても自分達と同年代の子供が作った品とは思えないと彼は言う。

「いらっしゃいませ」

 笑顔で迎えてくれた女性に、三人は挨拶をする。「この人が店主だよ」とルーサが囁いた。セルは並べられた品の数々に視線を移し、「すごいな」と無意識に漏らした。

「でしょ?」

 ルーサはにんまり笑った。まるで自分が褒められたように満足気な様子だった。マイは商品に目線を細かく移動させ、何度も頷きながら両手の指を組んで見惚れる。

「大人の女性に似合う品が欲しいんです。子供からのプレゼントなので、できたら高すぎない物がいいんですが……お薦めはありますか?」

 ルーサの質問に店主の女性は指を顎に当てて少し考えた後、その指を隣の棚に移動させた。

「昨日作ったばかりの品がそちらに数点あります。こちらはお子様がお小遣いで買えるよう、極力価格を抑えています。良ければ一緒に見てみますか?」

 ルーサとマイがいち早く棚に移動した時、店の奥から一人の少女が姿を見せた。年はセルと同年代だろうか。肩まで伸びた髪が無造作に揺れる。二重瞼の大きい瞳が印象的だった。以前ルーサが言っていた少女はこの子か。セルがそう思っていると、少女は先程女性が立っていたレジまで歩を進め、無造作に置かれたレジ横のノートを捲った。

 そして一瞬。ほんの一瞬の出来事だった。少女がノートを所定の位置に戻そうと、セルに背を向けて手を伸ばしたその瞬間をセルは見逃さなかった。不自然なまでの長袖がするりとはだけ、隠していた少女の右手を露わにした。緑の模様がついた指輪が中指に光り、その手の甲には。

――数字の13。

 衝撃がセルを襲う。

 少女は右手を咄嗟に隠し、恐る恐る振り返る。目を見開き固まるセルを確認すると、少女の喉が上下に動いた。

「……お前、それ」

 セルが重く口を開く。するとそれ以上の言葉を制するように、大声が響いた。

「アリス! 奥に行ってなさい!」

 先程まで和やかに対応していたとは思えない店主の声だった。ルーサは何事かとセルを注視する。アリスと呼ばれた少女は、右手の甲を抑えながら微かに震えている。

「アリス!」

 一向に動こうとしないアリスに店主は苛立ちを覚えて歩み寄る。アリスの両肩を掴んで揺らし、まるで「目を覚ませ」と言わんばかりの態度だった。

「……13番ってどういう事だ」

 セルの言葉にルーサは「え」と漏らした。戸惑うマイにそれを伝える。マイは驚きで両手で口元を覆った。そして右手の甲を抑えるアリスを見て、瞬時に言葉の意味を悟った。

「……申しわけありませんが、お引き取り下さい」

 店主の言葉をセルは聞かない。

「13番は存在しない数字だ」

 セルは半ば怒りを含んだ口調で、アリスと店主を責め立てる。

「13番が生まれた以上、この先の数字も生まれる可能性がある。それなのにあんたらはそれを危惧せず、ひた隠しにして生きて来たってのか」

 この国に存在する異形の呪い。1から12番の痣を持つ子供が成人と同時に異形のモノになる。数字が欠ける度に新たな数字を持つ者が誕生する。しかし想定外の13番目がいるとしたら。いわゆる呪いの循環システムに狂いが生じ、国が想定していない事態になりかねない。本来ならすぐに機関に連絡し、適切な対応をすべきだ。セルはそう言っている。

「お客様? 困ります。何を勘違いされているのやら」

 しらを切る店主に、セルは追及の手を緩めない。

「それならもう一度、手を見せて欲しい」

 店主は口を引き結び、セルを睨みつける。店内が異様な雰囲気に包まれ、時計の針が時を刻む音が、妙に響いた。

「……この子は違う、異形じゃない。偶然痣を持って生まれただけ……」

 重苦しい声だった。「うちの娘は違う」自分に言い聞かせるように、店主の女性――アリスの母は漏らした。

「成人になれば、絶対に隠せない」

 セルの言葉に母は肩を震わせる。そして両手を強く丸め、激昂した。

「だからっ……! うちの子は違うの! 絶対に違う! この痣は偶然なの! この子は絶対に、化け物とはちが」「お母さん!」

 母の言葉を途中で制し、アリスは大きく息を吐いた。

「……もういいから」

 アリスはレジ先に置いてある椅子にどかっと腰かけた。張りつめた空気を壊すかのように、笑いながら前髪をかきあげる。そして机に頬杖をつくと、手の甲を皆に見せ左右に振りながら言った。

「そうね、あなたの言う通り。隠し通して生きるなんて無理よね。だって明らかに呪いの痣でしょ。偶然同じ位置に数字の痣を持つ子供なんている? いないよね? ふっ、笑えるわ」

 戸惑う母を尻目にアリスは続ける。

「あなた達もそうなんでしょ? あなた達有名人だから、私もお母さんも知ってるよ。そうだ、いつも町に一緒に来る先生に言って、私を機関に連れてく? ま、私はそれでもいいけど。どうせあと二年そこそこで成人だもん。化け物になって暴れまわって、この国を守るんでしょ? ……別にどうでもいいわよ」

 投げやりな態度の娘に、母は反論する。

「アリス? 何言ってるの。あなたは絶対に違うの。化け物になんてならないわよ? だってこれは偶然だもの。呪いじゃないんだから、なるわけないじゃない。もう、冗談はやめてよ」

 母はアリスの肩を再度掴んだ。説得するように強く握り、なおも続ける。あまりの力強さに、アリスは痛みで眉根を寄せた。

「あなたはお母さんと二人でずっと一緒に暮らすの。お父さんが遺してくれたこのお店で、大好きな小物をたくさん作って、ずっと幸せに暮らすの。お母さんを捨てないで。ずっとずっと一緒にいようねって、お父さんが死んだ時に約束したもんね。ね? そうよね?」

 懇願ともとれる母の言葉を、アリスは黙って聞いていた。セルは二人から視線を外さない。ルーサも息を呑んで見守り、聞こえないマイはルーサに会話を問う訳でもなく、今は見守る選択をした。

「……あのね、お母さん。無理よ、……無理なのよ。だってこの子達に全部ばらされて、連れて行かれるしかないじゃない。どうしようもないの。現実を見ようよ。絶対に無理だよ」

 母の手を振り払い、アリスはうんざりした態度で椅子を回す。古い椅子のようで、ゆっくりと何度か回転する度に鈍い音がした。

「早く先生を呼んで来たら?」

 まるで挑発するかのように唇の端を上げたアリスを見て、セルはルーサに指示を出す。

「ルーサ、リツカを呼んで来い」

「……え、でも……」

「痣の持ち主がいるんだ。管理されないまま街中で異形になったらどうする? 誰がこいつを止められる?」

 セルのもっともな意見にルーサは顔を伏せた。そしてリツカを呼びに行こうと扉に向かうと、アリスの母がそれを阻んだ。

「やめて! アリスを連れて行かないで! 私の娘を取り上げないで!」

 掴まれた腕に痛みが走る。ルーサは思わず顔をしかめた。

「あなた達にそんな権利あるの? どうして私から娘を奪おうとするの? なんて酷い子達なのよ。人の心がないの?」

 そこまで言って何かに気がついたアリスの母は、顔を歪めて付け足した。

「そうか、あなた達は化け物だもんね。人の心なんて、あるわけないか」

 憎々し気に辺りを見渡すアリスの母に、セルはゆっくりと話し始める。

「それは自分のために、娘を縛りつけたいだけ?」

 アリスの母は口を開けた。しかし何も言えず、セルを凝視する。

「あなたは自分が一人になりたくないから、娘を機関に渡したくないだけだ。娘を思っているなら、あなたは速やかに機関に引き渡すべきじゃないのか?」

 アリスの母の表情が崩れた。「そんな」まで言うが、続きの言葉が出てこない。セルは息を長く吐いた。「はは、ははは」と笑い出したアリスの母は、子供のように床に寝転び全身を丸める。「ははははははは」アリスはそんな母を呆然と見つめた。

「そっかあ……。はあ……。それならいっそ、お母さんと一緒に死んでもらおうかな」

 あまりに冷たく重い響きに、店内は一気に静まり返る。アリスは一瞬目を見開き、何か言おうと口を動かした。すると――。

「いい加減にしろ!」セルの一喝が室内を震わせる。「あんたはどこまでも自分の事しか考えてない!」そこで一息つくと、自身の痣を見せて続ける。

「これを持って生まれちまった以上、俺達は呪いから逃れられないんだ。……施設では今まで自殺したやつもいたさ。意思を持たない化け物になりたくないってね。するとどうなる? 欠番の子供がすぐに誕生して、また施設に連れて来られる。悲しい人間が増える。自分の運命に歯向かって死ねば、その分早く呪いのサイクルが回るからだ。俺達は呪いを通常のサイクルにするために、成人までは生き抜かないといけないんだよ。……それが責務だ」

 アリスの母はセルを見上げたまま、動かなくなった。ルーサはどうすればいいか分からずセルを見たが、「行け」と扉に向かって目配せをされる。

「お邪魔します」

 ルーサより早く扉を開けた人影と声。母は客人の登場に慌てて服を整えながら立ち上がり、焦った様子で髪を何度かかき上げる。

「あ、三人共ここにいたのね。どうしたの? もう集合時間は過ぎているわよ?」

 リツカが困ったように店に踏み込む。「あ、いや……。その……」と口ごもるルーサを退け、セルが説明を始める。

「リツカ、この店の人間は」「ごめんリツカ! 素敵な雑貨に見入っちゃって」

 ルーサがセルの背中を何度か叩く。「おい、ルーサ」「今から戻るね、本当にごめんなさい」二人の表情の違いに戸惑いを見せるリツカを尻目に、ルーサは何度も謝りながらセルとマイの背中を押した。

 半ば無理やり店から出され、セルは厳しい口調で食ってかかる。

「お前な、自分が何をしているのか分かっているのか?」

 困惑気味のリツカを先に歩かせ、三人は後ろを着いて行く。リツカに悟られないよう声のトーンを抑えてルーサは返した。

「無理やり連れて行くのはいけないと思う」

「……何呑気に言ってんだ。もし母親が……娘を殺したらどうする」

「……出来ないよ。死のうなんて本気じゃない。セルの言葉で何も言えなくなったでしょ。理解したんだよ、きっと」

 先程から事態を飲み込めないマイだったが、異様な雰囲気から何となく察したのか。二人の会話に割り込むでもなく、ただ心配そうに事の成り行きを見守っていた。

「来月の買い出しの時にもう一度行こう。そこで改めて話を聞こう?」

 ルーサはセルを見て言った。しかしセルはそれを一蹴する。

「来月まであそこにいる保証は無いぞ」

 ルーサはしばらく黙ったが、「多分、大丈夫。亡くなったお父さんが遺したお店って言っていたし……。うん、大丈夫だと思う」

 そこまで言うと、他の子供達が待つ集合場所についた。

「遅いー」

 アスカが不満気に言うが、ルーサに意味ありげな目配せをする。それに気がつかない振りをして、三人は謝りながら車に乗り込んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ