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鳥かごの少年達  作者: LOG
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第5話 提案

「リツカおめでたいね!」

 興奮した様子のルーサがセルに向けて言った。セルも「まあな」と返し、室内を見渡す。おそらく話題はリツカの結婚一択だろう。皆の表情が浮かれているのが分かった。そしてふとラルムに目をやると、ポケットに手を突っ込んだ彼が唇を薄く開けて虚空を見つめていた。

 レイナは戸惑った表情を浮かべるが何も言わず、ラルムの横に立っている。ラルムはそんなレイナを気にする様子もなく、ただ何も言わずに座っていた。

 セルの視線に気がついたマイが指を動かした。

『ラルムがどうかした?』

 セルはかぶりを振ったが、ルーサは顔を近づけて声をひそめる。

「ラルム、変だよね。喜ぶ様子もないし、ずっとあの調子」

 すぐにマイに分かるように手話をすると、マイは小さく頷いた。

『ラルム、ショックなんじゃないのかな』

「ショック?」

 声を出したのはセルだ。マイは続ける。

『もしかしたら……リツカの事を好きだったのかなって』

 ルーサは思わず声を上げた。

「そんなわけないって!」

 すぐに室内の視線がセル達に向けられる。ルーサは「やば」と漏らし、咳払いをした。皆はすぐに各々の話題に戻り、それを確かめたルーサは話を続けた。

「だってラルムにはレイナがいるでしょ。リツカを好きなんてありえないって」

 セルは再びラルムとレイナに目を向けた。相変わらずラルムは固まって動かなかったし、レイナは何か遠慮しているのか一言も発さない。いつもと違う雰囲気は明白だった。ルーサの想像もあながち間違いではないかもな。セルはそう思った。

「リツカにお祝いをしたいよね。何か考えない?」

 ルーサの提案に、そばを通りかかった女子が感嘆の声を上げた。

「ナイスアイディア! ルーサ、普段は馬鹿だけどその案は素晴らしい!」

 再びセルの周辺に視線が注がれる。セルは鬱陶しそうに息を吐いた。

「アスカ、お前声でかすぎ」

 アスカと呼ばれた女子はそんなセルを意に介さず、ルーサの背中を勢いよく叩いた。

「あたしがまとめ役やるからさ、今のうちに皆の意見をまとめようよ。皆ちょっと聞いてくれるー?」

 アスカは両手を鳴らしながら歩き出した。あまりにも急な展開に、言い出したルーサも呆気に取られる。アスカが教壇に立つと、皆が一斉に注目した。

「リツカへのお祝いアイディアを募集しまーす! 何でもいいから意見お願いー。あ、ルーサ書記よろしく」

「え、まあいいけど、アスカ声大きいって。リツカに聞かれたら意味ないだろ」

 ルーサの言葉に豪快に笑ったアスカは、何も言わずとも「気にするな」と顔が語っていた。ルーサは頭をかき、「まあいいけどさあ」と黒板に向かう。

「はーい、花束がいいと思うー」

「素敵なエプロンとかは?」

 専ら意見を出すのは女子だった。男子は考える様子こそあれど、一向に手を上げない。公平な意見が欲しいと、アスカはセルを指名した。突然の指名だったが、数秒考え意見を述べる。

「……物にこだわらなくてもいいんじゃないのか?」

 セルの提案に、アスカは数秒視線を斜め上に向け、「確かに物をあげるだけがお祝いではないね」と言った。他の女子達もうんうんと頷き同意を示す。「でも皆のお花やエプロンの案も素敵だから、物とそれ以外で合計二つってのはどう?」とアスカが指を鳴らすと、「賛成ー」と声が上がった。アスカの女子達への気遣いに、セルは思わず微笑んだ。


 アスカは施設の中心的な子供だった。黒髪を短く切りそろえ、一見すると少年に見える。言動もはっきりしており、女子達からは好感をもたれ、男子達からは同類のように扱われている。口数少ないセルもアスカといると自然に饒舌になるあたり、彼女の人柄の良さが窺えた。

 成績もよく、マダムリリーも一目置くほどだ。「もったいないよね」と誰かが呟いた時は、セルも思わず息を呑んだ。「もったいない」これ程優秀であっても、成れの果ては異形の兵器だ。そんな意味を含んだ言葉だった。

「うるせえなあ」

 ラルムは度々アスカと衝突していた。不真面目な態度の彼を、黙って見過ごせるアスカではない。しかしいくら説得しようとも、ラルムの頑なな心は解けなかった。そしてその度にレイナもアスカに罵声を浴びせ、他の子供達に「放っておこうよ、アスカ」と半ば諦めの口調で言われ、服の裾を引っ張られるのが常だ。

 アスカは頭をかき、「そうだね、分かったよ」と小さく返した。彼女の性格からして簡単に諦められるものではなかったが、自分がラルムに注意をする度に室内が張りつめた空気になる。それを彼女自身が感じていたからこそ引いた。アスカは周囲を大切にする。例え自分の気持ちを押し殺す事になっても。


「セル、今度の買い出さ、行きたい店があるんだよね。でも行ったら図書館に行く時間が無くなっちゃうから、悩んでるんだけど……」

 廊下を歩きながらルーサは言った。すぐさまマイに分かるよう指を動かすと、マイは『どんな店?』とセルの代わりに問う。

「手作りのアクセサリーとか雑貨が売っているお店でさ。前に見て気になっていたんだけど、リツカの結婚祝いにどうかなって」

 ルーサは白い歯を見せた。教室に入るとセルは自身の席に腰をおろし、マイとルーサもセルの両隣に立つ。

「アスカに言ったらすごく乗り気でね。大勢で見に行ったらリツカに計画がばれそうだし、僕が代表して買って皆に見せようって。その分のお金は一旦僕が立て替えて、それでよければ皆のお小遣いで割るってわけ。勿論年齢も考慮して、小さい子の負担は極力無くすようにアスカが計算してるよ。皆が反対なら、アスカが自分のお金で買い取るから安心しなってさ」

 セルは頬杖をついて聞いていたが、途端に眉をひそめる。

「一旦立て替えるとか買い取るとかって、お前らそんな金あるのかよ」

 施設の子供達は、月に一度買い出しに行くが、購入物の清算はイチカが行う。そして毎月まとめた金額を書類で機関に提出し、後日施設に振り込まれるのだ。子供達は年に一度だけ少ない小遣いを貰うが、セルの懸念はもっともだった。

「……僕の両親がね、施設に寄付をしているんだよ。定期的にね」

 ルーサは声を落として言った。表情に陰りが見える。

 ルーサの家柄は裕福だった。彼が誕生した際、総出で出産を見守った一族は歓喜の声を上げたが、手の痣を見て愕然としたと言う。

「それでリツカが、毎年僕の誕生日に小遣いとは別でこっそりお金をくれるんだ。使う予定がないから断るんだけど、リツカなりに色々な思いがあるのかなあって。アスカも同じ。前にそんな話をぽろっとしたら、実はあたしもーなんて教えてくれたんだ」

 セルは納得して頷いた。それなら買い取ると言ったアスカも説明がつく。互いに秘密を共有する者同士のやり取りだ。

「で、セルとマイも一緒に見てもらっていい? 僕だけのセンスより、女の子のマイの意見も聞きたいし。あ、セルはついでだけど。あはは」

 セルはふんと鼻を鳴らす。横でマイが肩を揺らすが、『ごめんね』と笑いを堪えながら謝る。「別に」とそっけなく返すセルだが、ルーサも笑いながらマイと目配せをした。

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