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鳥かごの少年達  作者: LOG
11/28

第11話 不安と恐怖の夜

 天井を見上げ、ラルムは昼間の出来事を思い浮かべた。胸元に光るネックレスを手に取りしばらく眺めた。父からもらった唯一の品だ。脳内に父の姿が再生され、溜息をついて再び服の中にそれをしまう。

 リツカが提案した自己紹介は心底くだらないと思ったが、彼は淡々とそれをこなした。室内が異様な空気に包まれたのも分かっていた。しかし彼は話した。自分の出生を。名家の長男として期待された役割を、果たせなかった事を。

 両手で目を覆う。ぐるぐると様々な光景が浮かんだ。面会に来ては嘆く父の顔。施設の子供達。

 レイナ。そして、リツカの事。

「リツカ……」

 小さく漏れた、名前。

「リツカ、俺は……」

 すると、ドアがノックされた。こんな時間に自分の部屋を訪ねる心当たりは、一人しかいない。

「ラルム、いい?」

 ラルムは答えなかった。再度ノックする音がしたが、それでも動かない。

「ラルム……。おやすみなさい」

 声の主は寂しそうにそう言った。

 ラルムは息を吐いた。このままでいいのだろうか。レイナを思い浮かべる。

 レイナは、ラルム以外を頑なに拒否して生きてきた。彼女にとってラルムが生きる希望となっている。それは近くにいる彼が一番感じている。

 このまま彼女と一緒にいる事は、彼女にとっていいのだろうか。それとも自分が先に施設を出て行くまでは、彼女に寄り添うべきなのか。いつから彼女とこういう関係になったのか、ラルムも思い出せないでいる。

 自分が出て行った後の彼女はどうなるのだろう。子供達から疎まれてきたレイナ。きっと、成人するまで一人静かに過ごすのだろう。

 アスカは? ふと、脳裏に浮かんだ。アスカならレイナの心のケアをしてくれるんじゃないだろうか。皆を取りまとめ、常に中心にいる彼女なら、レイナを守ってくれる?

 ラルムは体を丸め、布団に沈んだ。疲れた。考える事が多すぎて疲れた。あと三年に迫った己の成人の日。考えるだけで吐きそうだ。一体何をされるんだろう。俺は、どうなるんだろう。絶対に周囲に見せない不安が、眠る瞬間に襲いかかる。無意識に歯ぎしりをした。汗がじっとりと背中と服をくっつけた。気持ちが悪い。早く眠れ、眠れ、眠れ――。

 毎晩見えない恐怖と数時間格闘し、ラルムは夢の世界に引きずり込まれるのだった。


「おい」

 気だるそうな声が、机に突っ伏していたラルムに届く。昨夜何度も目覚めた彼はひどく寝不足で顔を上げるのも面倒だったが、声の主はそれを許さなかった。

「おい、リツカから伝言がある。後から聞いてないとか言われても困るから、起きろよ」

 リツカからの伝言。ラルムより真っ先に食いついたのはレイナだった。

「セル。何よそれ」

 セルはうんざりと言った表情を浮かべた。「お前に関係ないだろ」もっともな言葉だったが、レイナの神経を逆なでするには充分だった。

「私に関係ないって何よ!」

 レイナの怒号は日常茶飯事とは言え、それでも数人の視線を集めた。セルは大きく息を吐くと、レイナを無視してラルムの頭上に言葉を投げる。

「夕食後に部屋に来るようにだとさ」

 首を鳴らし眉根を寄せた顔つきのセルがその場を離れると、すかさずレイナは舌打ちをする。恐らく自身に向けられているであろう視線を感じながら、ラルムはぼうっとした頭で思った。リツカが俺に用事? 一体何だろう。


 リツカはラルムの姿を見止めると、頷いて部屋に入るよう促した。ラルムは妙に緊張した。なるべく平静を装ってはいたが、初めての部屋の訪問にざわざわと感じる何かがある。

「用ってなんだよ」

 努めて淡々と言葉を発する。リツカはポットからお湯を注ぎ、手早くココアを準備した。ラルムは黙ってそれを受け取る。

「ラルム。昨日の自己紹介の件だけど……」

 リツカはマグカップをテーブルに置いた。ラルムもそうする。昨日の自己紹介をラルムは思い出した。

「あれがどうかしたかよ」

 ぶっきらぼうに答える彼に、リツカは続けた。

「実はその後ね……。あなたのお父様から、電話があったの」

 ラルムは目を見開いた。しかし言葉は紡げないでいた。そんな彼の様子をリツカは見て、静かに口を開く。

「自己紹介でお家の話をしたじゃない? その後の連絡だったものだから、私も驚いてしまって……。数年振りにお話をさせていただいたけど、あなたの様子を気にかけておられたわ」

 それを聞いてラルムは思わず声を荒げる。「は? なんだよそれは」心底意味が分からないといった様子で、彼はリツカに食ってかかった。

「とても後悔されていた……。今まであなたに、冷たい言葉をたくさんかけたと。あなたを家の跡取りとしてしか見ていなかったと。だから」「そんなの当たり前だろうが!」

 ラルムは吐き捨てて立ち上がった。拳を丸め、小刻みに体が震える。リツカも咄嗟に立ち上がり、彼の肩を支える。ラルムはそれを振り払った。

「名家の人間が、跡取りを望むのは当たり前だろうが……。俺はそれしか存在価値がなかった。だからこそ俺は呪われるわけにはいかなかったのに、こんな痣を持って生まれちまったんだ。親父の俺に対する態度は当然で……。そんな事を今更……。どうして」

 明らかに混乱するラルムを見て、リツカは目をつぶった。数秒間思案した後、肩を掴む手に力を入れて彼に告げる。

「お父様ね、ご病気なの」

 決心した、はっきりとした口調だった。

「……は?」

 思いもよらない言葉に、間の抜けた声を出す。

「もう、治らないって。だから、せめて最後に、あなたに……」

 そこまで言って、リツカは項垂れた。涙を堪えるように、何も言わなかった。ラルムは力が抜けてその場にへたり込む。

「親父が、死ぬ?」

 思わず笑いが漏れた。「はは……。じゃあ、あの家は」そこまで言って止まった。

 俺は、どうしてここにいるんだ?

 俺があの家を、終わらせてしまったのか?


 レイナが物凄い勢いでラルムに質問責めをしている。しかし彼の脳に、それは全て届かない。彼女を拒絶しているわけではない。しかし許容しているわけでもない。ラルムは、常に孤独感を抱いていた。

「ねえ、ラルム。聞いてる?」

 しびれを切らしたレイナが、半ば怒りの感情を彼に向けた。

「リツカと何してたの?」

 リツカがラルムに何の用事があったのか、彼女は気になって仕方なかった。ラルムに何度も聞くが、頑なに口を開けない。押し問答がしばらく続いた後、レイナは溜息をついて「もういい」とその場から離れた。

 ラルムは机に視線を落としている。薄汚れた古いそれは、授業中に無意識に彼が描いた落書きが目立つ。何の意味も持たない授業は、ラルムにとって退屈以外の何物でもなかった。

 親父が死ぬのか。

 ぼうっと思考する。

 あっけなく死ぬのか。

 机に浮かぶ、幼き日の父の姿。それは、時折面会に来た姿。それしか彼は分からないから。

 グレイブ家はどうなるのか。当主を失い、未来ある跡継ぎもいない。明るい要素が全く無かった。それとも誰か候補がいるのか? それさえも、呪いの子供であるラルムに分かる術は無かった。

 ふと視線を上げる。辺りを見渡すと、次の授業までの短い休み時間を皆が各々過ごしていた。大抵は数人でかたまり談笑している。何を話しているんだろう。ラルムはここに来て、初めてこの光景に疑問を抱いた。数年後に自我を失い、明るい未来は決して見えないのに、何を楽しそうに笑っているんだ?

 今まで気にも留めていなかった事を疑問に感じた瞬間、いつもの室内が異様な光景に感じた。

 日常が、異常だった。

 夢をかなえるどころか、持つ事さえ無意味な自分達が、笑顔で話し、授業を受け、家族と言うかりそめの器に入れられている。ラルムの喉に熱い物が逆流する。慌てて手で口を覆い、必死にそれを飲み込んだ。脂汗が額から流れ、こめかみを伝い、膝に落ちた。誰も自分を気にも留めないから、それに気がつかない。レイナもいない。室内に自分は確かに存在するのに、誰の世界にも存在しない。ラルムは机に突っ伏した。動悸がする。唇を噛みしめる。くそ、くそ、ちくしょう。何に対する物かわからない怒りが脳裏を支配した。こいつら皆、あほみたいなツラして笑ってやがる。

 無性に苛立ちが体を駆け巡る。暗い世界の中、浮かぶのはどうしても父親の姿。

 ラルム、ごめん。冷たい事して、ごめんな。父さん、もう、死ぬんだ。

「……うるせえんだよ……。勝手に死ねやあああっ……!」

 握りしめた拳を机に叩きつけて彼は叫んだ。全員が何事かと彼を見たが、ラルムは顔を上げなかった。

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