8 モブ令嬢、緊張する
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「ありがとうございます、ウィルヘルム様」
家の前で止まった馬車からウィルヘルム様の手を借りて降りて礼を言った。
周囲には放課後デートと思われてるだろうけど、中身は婚約についての事情説明でそれが終わってウィルヘルム様が家まで送ってくれたのだ。
いやまぁ、置いてかれたらどうやって家に帰るんだって話ですけどね。現在地すら分からないのに。
これでひとまずひと段落だと思えば、ウィルヘルム様にお会いしようと兄さん二人が玄関先で私の帰りを待っていたようで――。
妙な緊張が走る。
冷や汗ばかりが出てしまうけれど、決してこれが私の見張りのための婚約だと悟られるわけにいかない。
互いのことをよく知っている家族だからこそ些細な異変から吐かされるなんてことになりかねないから平静を装わないと。
なんて思っているうちに兄さんたちはウィルヘルム様と挨拶を済ませていく。
さっすが兄さん、チキンな私と違ってウィルヘルム様相手にも堂々としてすごいわ。
んー、でもよく見たら手が震えてる。堂々として見えるだけで緊張してるみたいだけど顔に出ないだけ立派だわ、アルト兄さん。
「ウィルヘルム様、妹を送り届けて頂きありがとうございます」
警戒を隠しきれてないアルト兄さんは、私をすっと後ろに移動させる。
散々私が無礼を働いた後で兄さんまで。
「婚約者なのですから当然です。それに彼女とは少しでも長くいたいですから」
そんなアルト兄さんの行動に何をいうわけでもなく、優雅な微笑みを崩さずにウィルヘルム様が兄さんに返します。
すごいなぁ、ウィルヘルム様は。
真顔で嘘がつけるんだもの。天と地ほどの差はあるけど、同じ貴族として見習わなくちゃね。
そんなことを考えているとフリッツ兄さんが声をかけてきた。
「レイ、今日は楽しかったか?」
「えっと……」
素直にあったことを言うわけにもいかないし、かといって嘘をついたらきっと見抜かれてしまうから、嘘はつかないようにしてと。
「緊張しすぎてそれどころじゃなかったけど、お茶は美味しかったです」
「そっか」
フリッツ兄さんは私に優しく笑いかけるとウィルヘルム様の方を向いて真面目な顔をした。
「ウィルヘルム様」
「なんでしょう」
「レイをよろしくお願い致します」
そう言ってフリッツ兄さんと遅れてアルト兄さんがウィルヘルム様に頭を下げた。
嫁ぎ先を考えればこれ以上ないってくらいだし、中身を知らなければ逃したくないよね。
「ええ、もちろんです」
ウィルヘルム様は私に目を合わせて微笑まれると真っ直ぐな視線で兄さんを見た。
貴族は平然と嘘をつけて一人前って昔、誰かから聞いたことがあったけど、今実際に目にしてみると詐欺師みたいだわ。
人を騙すって考えれば同じことをやっているんだもんね。
兄2人の行動について、両親は止めませんでした。