6モブ令嬢、安心する
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ウィルヘルム様の妙な違和感の正体が掴めないまま、ウィルヘルム様の話に耳を傾ける。
ウィルヘルム様と婚約理由――もちろん分かってますよ。
震えるな、私。
そりゃ事故に見せかけて殺されるかもしれないけど。
「口封じ、ですよね」
「まさか殺されるとでも?」
「えっと……だって、その」
ウィルヘルム様の言葉が図星で、隠すことも誤魔化すことも出来ずに狼狽えてしまう。
ああ、こんなんだから兄さんたちに貴族らしくないって笑われるのよ。
ウィルヘルム様も笑ってらっしゃるし、しかも声をあげて、お腹を抱えて。
それにしても笑いすぎよ、涙拭いてるし。
うーん、ウィルヘルム様ってこんな風に笑う方ではなかったと思うんだけど。
なんていうか、丁寧な方だったような。
「アハハ、さすがに殺しはしないって。王家に誓う」
王家に誓われたら信じないわけにもいきません。貴族にとって最上級の誓いだから。
ほっとしたら急に力が抜けて――ポテッとソファに倒れこんでしまいました。
うーん、家のベッドよりもふかふかなソファね。これをベッド代わりにして寝たらよく眠れそうね。
はっ、ウィルヘルム様の前で無礼すぎることを――失敗してばかりだよ、もう。
「申し訳ありません、ウィルヘルム様。お見苦しいところを」
「いや、構わない。それで詳しい話を聞かせてくれる?」
ローレンス様はあまり教えてくれなかったとウィルヘルム様が言い、私はあの日見たままを誠実に伝えた。
精神的に落ち着かないせいで、聞くに耐えない説明になっていた気もするけど、ウィルヘルム様は大きく口を挟むことなく聞いていた。
「なるほど。予想はしてたけどそれだけのためにとかアホらしい」
切り捨てるように言ったウィルヘルム様は、次の話題に切り替えるためにカップに口をつけました。
ウィルヘルム様に視線で訴えかけられたので私も一口お茶を頂きます。
味は――美味しい。どうやったらこんな味を出せるんだろう。と言うより、きっと茶葉が違うんだろうからこの味を出すのは無理かもなぁ。
「――アスクル嬢、聞いてる?」
「へ、あ、申し訳ありません。お茶があまりにも美味しくって……」
ああ、またウィルヘルム様に失礼なことを。
ウィルヘルム様が個人的に処理をしても文句言えないわね。
「気に入ってくれたなら嬉しいよ」
無礼働きまくりの私を華麗にスルーしたウィルヘルム様は話を進めます。
同じことをまた説明させてしまっているのは申し訳ないです。
「婚約していると言う手前、多少の協力はアスクル嬢にもしてもらわなければならないけど、基本的には何もしなくてもいいよ」
「仲のいい振りとかもしなくていいんですか?」
ウィルヘルム様が頷きます。
「一応、俺が一目惚れして無理やり婚約したって筋書きだから、これから好きになってもらうって形だし」
だから見張りを兼ねてちょこちょこ会いに来るそうです。
確かにそれなら私が特別何かをする必要もなさそうだけど、ウィルヘルム様の婚約者っていう意識は持つべきよね。
「誰にも話すつもりがなさそうなアスクル嬢には鬱陶しいかもだけど、しばらくの間はよろしく。解消もアスクル嬢に迷惑にならないようにするし、相手がいるなら手も貸せるし」
「いえ、むしろウィルヘルム様に私のような人間と婚約なんてご迷惑を………」
私自身としてはウィルヘルム様と婚約なんて、たとえ一時の婚約だろうと箔がつきますけど、ウィルヘルム様にとっては良いものではないでしょうから。
「そうでもない」
ウィルヘルム様から消え入りそうな声で出た言葉はそんな言葉で、お世辞ではなさそうな表情をしています。
婚約者がまだいらっしゃらないことと何か関係があるのでしょうか?
「俺は元々ローのスケープゴートみたいなもんでさ、どんな奴が相手かと思ってたからまともそうで安心した」
そんな風習?まだ残ってたんだ。
その昔兄王子の身代わりで隣国の王女と結婚させられたっていう弟王子は、我儘ばかりで人の話を聞かない隣国の王女の対応に心身ともに疲れ切って病に倒れたって話があるくらいだし。
うん、出来るだけ常識があって心遣いのできる人間を心がけよう。
ひとまず、話は終了。
死なずに済むとわかっただけでもありがたいけど、それにしても見張りのために会いに来るかぁ。
ウィルヘルム様の顔面が良いこともあるし、周囲の視線は痛いほど突き刺さるだろうし、無事に過ごせればいいけど……。
突っ込んでくれた方がむしろ楽なのでは?と思いつつもスルーされることに安堵しているレイ。