モブ令嬢の舞台裏7
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レイ目線の話ではないので舞台裏になってます。
「お帰りなさい、レイ」
玄関から聞こえる声をフリッツはソファから仰け反りながら拾っていて、夕飯を運んでいたこの家唯一の使用人であるローズマリーから注意が飛んでくる。
「坊っちゃま、お行儀が悪いですよ」
「ごめんなさい。何話してんのかなって思って」
アスクル家の子供たちにとって祖母のようなローズマリーにはフリッツも素直で、リードたちに見せるようなつかみどころのなさはない。
会話に聞き耳を立てるのを諦めたフリッツがしっかりとソファに座り直すとローズマリーが小さく笑った。
「坊っちゃまの心配も分かりますけどね。最近のお嬢様は時折沈んだ表情をされますから」
「ま、その辺はすぐ解決すると思うから、ローズマリーもレイみたいな沈んだ顔はしなくていいよ」
「うふふ、そうですか。なら、信じて待つとしましょうか」
楽しげに微笑んだローズマリーが残りの皿を運びにキッチンに戻ると、玄関の方に視線を向けたフリッツは頭をガシガシとかいて息を吐いた。
「うーん、手ぇ貸してやるかな。でっかい恩を着せるってのは貴族の常套手段ってな」
夕飯の後レイの部屋を訪れたフリッツは、レイの沈んだ空気なんて気にしないいつも通りの振る舞いで、堂々とレイの誰にも吐き出せない秘密を口にした。
「ローレンス様の秘密、握ったんだってな」
「――‼︎」
なんでそのことを、と信じられない顔をするレイにフリッツは笑う。
これについては驚くのは仕方ないとはいえ、顔に出すぎだ。
「ウィルヘルム様に吐かせた」
ピースサインをして自慢げなフリッツは、いまだ驚きから戻ってこない妹の意識を戻してから話を続ける。
「え、いや、だって……王族の……」
「やり方は色々ある、交渉次第。ま、リードがいなきゃ話す機会も作れたかどうか分かんないけどな」
「なんでリードさんが?」
「ああ、あいつ侯爵様だし?」
情報過多になりつつあるレイにフリッツはいま言ったことはほぼ全部忘れていいとケタケタと笑う。
今必要なのはそこじゃないのだ。
「1つ聞くぞ、レイ。お前はウィルヘルム様との関係を続けたいと思ってるのか、それとも終わらせたいと思ってんのか?」
「そ、れは……」
言葉に詰まったレイに笑ったフリッツは、レイの頭に手を乗せる。その反応だけで知りたいことはすぐに分かった。
「そっかそっか。終わらせる気ならレイを手伝う気でいたけど、必要なさそうだな」
「え?」
訳が分からないと戸惑うレイの頭をぐしゃぐしゃと撫でたフリッツは満足そうに頷くと、部屋を出るためにドアノブに手をかけたところで振り返り、茶化したように言う。
「たまには本心ぶつけたっていいんだからな。婚約者なんだろ、小言を言う権利がある」
「もう、兄さん!」
レイの部屋から出てリビングに戻ると、入り口付近に母が立っていて、フリッツに気がつくと穏やかに笑った。
「レイのことなら大丈夫よ。ウィルヘルム様はレイのことを気に入ってくださってるみたいだから」
フリッツがレイのことで色々と探っていたのを母は気がついていたらしい。
まあ、フリッツの頭の良さも母は知っていてやりたいようにさせてくれているので分かっていてもおかしなことはない。
それよりもだ、ウィルヘルム様がレイを気に入っているという母の言葉にフリッツは驚く。会う機会なんてほとんどなかったというのに。
「婚約した理由は好きになったからではなかったみたいだけど、今はレイを好きになってくれたのでしょ」
「え?気づいて……」
「ふふ、見ていればわかるわ」
だってレイを見る目がとても優しいものに変わったものと言って母はクスクスと笑う。
「オレには全然。つーか、何に巻き込まれてるかも分からないのに母様は心配じゃなかったの」
「心配は心配よ。だけど母様は見守ることしか出来ないから」
そこで一度言葉を止めた母は凛とした真っ直ぐな声で続ける。
「でもね、レイは自慢の娘なの」
もちろんあなたたちも自慢の子供よと母は言って、紅茶を2人分用意する。
敵わないなとフリッツは笑いをこぼして席に座ると、カップを手にとった。
母はおっとりしているようで、周りをしっかり見ている人です。
きっとフリッツは母親似。
ウィルヘルムからの支援の話を断ったのもこの辺が理由です。




