24 モブ令嬢、パーティーへ
お読みくださりありがとうございます!
あとはパーティーだけって言ってもこれが一番問題なんだよねぇ。
さっきから震えが止まらない。
「寒い?随分と青い顔してるけど」
「毛布の用意を致しますね」
「い、いえ、大丈夫です。寒くはない……です」
もうすぐ日没。
少し肌寒くなってくる時間帯ではあるんだけど、今の私に気温を感じる余裕もない。
「えっと、これは、その……武者震いです‼︎」
「そうは見えないけど?」
ウィルヘルム様にそう返されて、サリアさんもそれに同意して頷いてます。
いや、すぐにバレるような嘘をついた私も悪いとは思うんだけど、正直行くのが怖いんだよ。
だって――。
「初めて参加するちゃんとしたパーティーなので、不安なんです。しっかり出来るかどうか……」
友達同士でやるような小さな誕生会みたいなのはあるけど、しっかりと正装してやるようなものじゃないし。
吐き出した思いにウィルヘルム様とサリアさんが不思議そうに顔を見合わせ、代表してサリアさんが尋ねます。
「お披露目会があるはずですが」
「その日は風邪で寝込んで参加出来なかったんです」
そう、風邪で寝込んだ。
原因は多分、数日前に近所の子たちと遊んで水を被ったせいだと思う。すぐに治ると思ってたら悪化して熱を出した。
それから先はうちみたいな家だと参加する余裕もないし、行く機会も声がかかることもないから参加することはない。
お披露目会だけは国の援助があるから、貴族なら誰もが参加する。義務ってこともあるんだけど。
そんなわけでしっかりと正装して参加するようなパーティーには参加したことがないんだよね。
「それは不安になってしまいますね」
「はい……」
それからサリアさんがジッとウィルヘルム様の方をみて、ウィルヘルム様がわずかにたじろぎます。
「なに、サリア?」
「そんな方をいきなり参加させるなんて、ウィルヘルム様は正気ですか」
「俺も知らなかった。けどまぁ、セルジオとフィール様が基礎を教えてたわけだし、いけると思うけど」
大丈夫だっていう評価は嬉しいんだけど、ちょっと無理があると思う。
まだセルジオ様たちから合格点もらってないし。
「生まれたての子鹿ように震えるアスクル様を大丈夫と断言できるウィルヘルム様は大変素晴らしいですね」
「アスクル嬢なら出来るって信頼も込めてるからね」
過大評価です、ウィルヘルム様。
余計に緊張してきた。さっきよりも震えが止まらない。
私の緊張をよそに無情にも馬車は会場に着いてしまいました。
ちゃんと出来るかな。
失敗するわけにはいかないものね。
深呼吸で気持ちを落ち着けている間にウィルヘルム様とサリアさんがなにやら話をしています。
「ウィルヘルム様」
「なに?」
「彼女のこと、無事に連れ帰ってきて下さいね」
「分かってるって」
サリアさんと御者さんに見送られ、私とウィルヘルム様は会場へ。
ウィルヘルム様の手の温もりに少しだけ震えは止まったけど、正直なところは立ってるだけでもやっとだ。
「全く知らない顔ばかりってわけじゃないから、安心していいよ」
開かれた扉の先は、煌びやかな見たこともないような世界で、中に入るのを躊躇ってしまいそうになるけれど、ウィルヘルム様に支えられて中に入ります。
なにやら視線が……。
ウィルヘルム様の方を見ているだけかとも思ったんですが、どうやら違うみたいですね。
学校では最近なくなった、探るような痛い視線が私に突き刺さってきます。
「アスクル嬢、大丈夫?」
「……いえ、あまり大丈夫では」
「そうなるか」
今すぐに帰りたい衝動に駆られる私にウィルヘルム様は困ったように笑って、そこに声がかけられます。
「ウィルヘルム殿。彼女が噂の婚約者ですか」
「ええ。紹介し――」
「あ、リードさん」
あ、話の途中で遮っちゃダメなんだった。
つい、知ってる人だから声だしちゃったけど。
なんかセルジオ様から怒られる幻覚が、っていたよ。本物が。
距離は少しあるけどミスしたの絶対にバレてるよ。
「初めてのことだ、失敗も無理はない」
「あはは、失敗ばかりです」
フリッツ兄さんと友達だと私との関係性を説明したあと、リードさんは失敗してもウィルヘルム様がフォローするはずだから大丈夫だと残して去って行きました。
ぎこちない笑みを浮かべながらウィルヘルム様のそばで、ウィルヘルム様が何人もの人と会話するのを聞きながら、ひたすらこの時間が終わるのを待ちます。とにかく耐久です。
早く終われ〜、この時間。
それにしても、ウィルヘルム様は人気だなぁ。さっきから動かなくてもひっきりなしに人が来て休む間がないもの。
私は特にやることもないけど、セルジオ様には小言をもらったけどね。
「少し休もうか」
「助かります」
人の多い場所から離れて壁際に移動して一息。
立ち振る舞いとかも気にしてないとならないし、情報量は多いし、頭がパンクしそうだ。
「ウィルヘルム様。ご迷惑というか、足引っ張ってないですか私」
「問題ないよ。というより予想以上で上出来」
よかったぁ。
セルジオ様とフィール様に鍛えられた甲斐がかった。
疲れた私はここで休んでいる間に、ウィルヘルム様は話をしたい人たちに回ることになり少しの間、別行動です。
チラチラと視線が飛んでくるけど、もう来ることのない場所と思えば少しは気が楽になる。
「あら、どうしてあなたがここにいらっしゃるのかしら」
不意に聞こえた声に顔を上げればどこかで……あー、この前の学校で囲んできた人たちだ。知らない人もいるけど。
「ウィルヘルム様のパートナーとしてですが」
「釣り合ってないとまだ分からないのね。いい加減身の程を弁えてちょうだい」
あなたに相応しい姿にしてあげるわと、グラスに入った赤い液体が私目掛けて飛ばされて、かかる直前に大きな影に目の前を覆われました。
「ウィル……ヘルム様」
「あー、ごめん。全部は防ぎきれなかった」
「いえ、ありがとうございます。ですが、どうして庇ったんですか‼︎私1人がずぶ濡れになればそれで済んだのに……」
高い服を着てるからそれもよくはないけど、だけど、犠牲になるなら1人で十分。元から狙いは私だったわけだし。
「……アスクル嬢」
大声を出したせいで視線が集まる。
ヒソヒソとした会話と私を蔑むような視線。
それはそうだよね。礼儀も立ち振る舞いもダメダメな底辺貴族が王家の信頼厚い方に怒鳴ったわけだし。
怒り半分、悲しみ半分。
感情はめちゃくちゃで、この時の私は馬鹿なことを口走っていた。
「私はウィルヘルム様の婚約者です!小言の一つや二つ言う権利はあるはずです!」
言いながら、ポロポロと涙がこぼれ落ちる。
参加することはないと思っていた初めてのパーティー、ウィルヘルム様がわざわざ買ってくださったドレスに、サリアさんがかけてくれた魔法。
なにより、私は婚約者だけど正式な婚約者でもないのに、なんでこんな目に遭わなきゃならないんだって。
「帰らせてもらうよ。セルジオ、悪いけど任せてもいい?」
「やるしかないでしょうね」
その後のことはほとんど何も覚えてない。
ウィルヘルム様に手を引かれて会場を後にして、何か馬車の中で話した気もするけど記憶にない。
家に帰って母様に泣きついて、でもウィルヘルム様との関係は言うことは出来なくて、ただただ吐き出せない思いを抱えたまま泣きじゃくることしかできなかった。
魔法使い呼びによりレイに好意的になったサリア。
短い時間でもレイの素直な性格をなんとなく悟り、心配になってます。




