2モブ令嬢、婚約する
――あんなことがあった翌朝。
私は慌てた様子の両親に呼び出されました。
「レイ、お前に婚約の話が来た」
「……私にですか?」
一体どんな家がうちのような男爵家と婚姻を結びたいと思うだろう。
きっと、後妻とかそーいうとこに嫁ぐことになるんだわ。最初から期待はしていなかったけど、いざその時が来ると怖いものがある。
「ああ。我が家には勿体無いほどだが、悪い話ではない」
「相手の方、は?」
震えそうになるのを堪えて、ギュッと拳を握る。
どう足掻いても受け入れるしかないのだから、せめて人間扱いしてくれる家で、人であってくれたらと願いながら、父から相手の名前が呼ばれるのを待った。
「ウィルヘルム・セドリック様だ」
重々しく父が口にしたのは代々王家に仕える伯爵家。
ウィルヘルム様といえば、王子のご友人だったはず。なんでも涼しい顔してそつなくこなすとかなんとかで、王子のご友人の中で人気が高いとか友達が言ってたっけ。
なんでそんな方が急になんの価値もない男爵家と婚姻を結びたいと……。
――はっ、もしや王子が口封じのためにとった作戦なのでは?
暴虐の限りを尽くしたっていうタウロス王は、自分の秘密を知ったかもしれない女性を臣下と結婚させて事故死に見せかけて処理したって逸話があって……。
え、えぇと、殺されるの、私?
お父様、お母様、お兄様たち。
先立つ不幸をお許し下さい。私があんな光景を見たばかりに、あそこで転ばなければ……。
「……レイ、聞いているの?」
「き、聞いてます、聞いてますとも。ただちょっと、思いもよらない方だったものですから驚いてしまったんです」
さすがに昨日のことは口が裂けても言えるわけもないので、誤魔化しておきます。
「そうよね。でも、恋なんて分からないものよ」
お母様が楽しそうに言って、お父様もそれに頷きます。
両親は8割ほど自由恋愛という感じらしいので、その辺りに関しては、うん、そうなのでしょう。
「なんでもレイに一目惚れしたから婚姻を結びたいと言う話だ」
「……一目惚れですか」
――絶対に嘘だ。
よくて平凡な私に一目惚れなんてするわけもない。そもそも、路傍の石のような私がウィルヘルム様の視界に入ることはないはず。
やっぱり口封じ説が濃厚ね。
「可愛いレイの魅力に気づく方がやっと現れたのね」
「そうだなぁ、アリア」
この能天気夫婦は!
魅力なんてものがあったならとうの昔に婚約出来てると思いますけど、むしろ候補が多すぎて選べないなんて状況下であってもおかしくないと思う。
お兄様の友人以外で声をかけてくる殿方なんて1人も見たことはないです。
「と言うことで、ウィルヘルム様との婚約はお受けするぞ」
「はい。お父様」
どう足掻いてもお断りできないですし、受け入れるしかないよね。
親ほど年の離れた人の元に後妻として嫁いで生きるのと、どちらが良いのかは分からないけどせめて無事でいられますように。
素直に喜ぶ両親を前にそう私は願っていた。
部屋に戻ったレイは家族に手紙を書き始めます。