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28.夢

ラドルフ

ーーーー


寝台に入り目を閉じて、どれくらいの時間が経ったのか。


暗闇の中、目の前にぼんやりと白いシルエットのようなものが見えているのに気づいた。


横たわっていたはずの俺の体は、いつの間にか上半身を起こしていた。


だんだんと視界が鮮明になってきて、その白いシルエットが背中をこちらに向けて座っている人の姿らしいということが分かってきた。


しかも……その白い背中も、崩されたスラリとした足も何も身につけていない。


そして、肩まで伸びた明るい色の髪を揺らしながら、背中越しに顔をこちらに向けて振り返った。


伏せていた長いまつ毛に縁取られた瞳が開かれて、ゆっくりとこちらを見つめてきた。


目が合うと、初めて見るそのなんとも知れない雰囲気に心の臓がビクリと跳ね上がった。


「どうして……ここに?」


その問いかけに答えるように、彼女はこちらに向けていた背中の向きを変えて正面を向いた。


その差し向けられた上半身はやはり何も身につけておらず、豊満な2つの膨らみは片方の腕で隠されていた。


信じられない光景に何の言葉も発せられず、息を呑むことしかできなくなっていると、目の前の彼女は覆っていた胸から腕を離してしまった。


現れたのは、これまで何度も頭に浮かび上がってくるのを必死にかき消していたもの、そのものだった。


真っ白で、滑らかで、それでいて大きくて均整の取れた膨らみ。


金縛りのように身動きが出来ない。

それなのに、ただただ自分の中心が熱くなっていく。


こんな己に嫌気が差しながらも、心のどこかでは泉のように歓喜が湧き上がっくるのを感じていた。


はっきり言って、なぜこんな状況になっているかなんて、どうでもいい。


ただ、その生まれたままの美しい姿をずっと見ていたい。


そして、このまま……君を自分のものにしてしまいたい。


そんな欲望が悟られたのかなんなのか、目の前の彼女は胸から外した腕を伸ばし、こちらの方に近付いてきた。


そして、俺の肩と首にその手を回すと、瞳を閉じながら顔をグッと近づけてきた。


「ん……」


柔らかい感触が唇をふさいだかと思うと、その隙間から相手の小さな声が漏れ出た。


その口づけが離れて、上気した艶やかな表情で見つめられた時、この状況をどこかで見た事があるような既視感を覚えた。


そうだ……これはさっき寝る前に読んでいた小説だ。


俺はあの話の登場人物達がしていた事を……イリスとしている。


これは俺の願望。そして、ただの夢なんだ。


「ラドルフ……」


そう呟く声が聞こえると、両肩に軽く両手を添えられて、フッと押された。


なんの抵抗もなく、俺の体はベッドに仰向けに沈んだ。


彼女は顔の横から落ちてくる髪を自分の耳に掛けながら、俺に覆い被さるようにしてその体を近づけてきた。


そして、耳元にその顔が寄せられたと思うと、囁き声が聞こえた。


「ラドルフ……して」


その発せられた言葉が聞こえた瞬間、俺の中で何かが弾け飛んだ。


横を見て耳元に近付いていた彼女の顔を見ると、大きな瞳で見つめながら、何もかも見透かしているような、妖艶で余裕のある笑みを口元にだけ浮かべたのだ。


それを目にした途端、体が勝手に動きだして、その体を抱きしめていた。


それは夢とは思えないほどの確かなリアルさを伴っていた。




イリス

ーーーー


「ふぅ~、やっと戻ってこれた」


ロザニアと彼女のお嬢様と一緒に、隠し通路を発見した廊下の所に戻ってきた。


あの墓標に刻まれた自分の名前……薄気味悪いと思ったけど、イリスなんてよくある名前だし、すぐに別の誰かの物だろうって、思い直した。


もうあの場所へ行く事も無いんだから、早く忘れた方が良さそうだ。


「はぁ……お嬢様、着きましたよ。途中からじゃ入りづらいよ……」


ロザニアのお嬢様が参加することになってた、帝国文化保存会の婦人会の会場に到着した。


「イリス、玄関はそこを真っ直ぐ行って突き当たりを右に曲がったところだから。そこまで行けば誰かいるはずだから案内をまたお願いして」


「ありがとう、ロザニア。お茶会がんばって…」


ロザニアとお嬢様が会場に入ろうとするのを見ながら、手を振って言われた通りの道順に進もうとした時だった。


「――まあ。あなたたち、一体こんな時間まで何をしていたの!?」


ひゅう、と冷たい風が通り抜けたみたいな声が聞こえて、思わず背筋がぴんと伸びるのが分かった。


ゆっくり振り返ると、ロザニア達が開こうとしていた扉が向こう側から開いて、白銀の巻き髪をきっちり結い上げた貴族然としたご婦人が立っていたのだ。


この風貌は...


「お、お、大奥様!!!」


ロザニアの怯えたような驚愕した声が廊下中に響き渡る。マリアンヌ嬢も思わずサッとロザニアのマントの端を握りしめて、彼女の後ろに隠れてしまった。


それはまさに私の大天敵、フィオルダ・テドロ前公爵夫人だったのだ。


「もう茶会は始まっているのよ。テドロ家の血筋ともあろう者が大恥をかかせないでちょうだい!!」


あのエミリアお嬢様の婚約披露会と変わりなく、高飛車な様子で会場内のご婦人達には聞こえないような小声で、しかし恐ろしく棘のある声色でそう言った。


その後ろには、こちらに睨みをきかせている彼女の女騎士でロザニアの先輩・クロリラさんの姿が。


うあー、これはマジで最悪な状況!


あと少しここに着くのが早ければ、もしくはさっさと行ってしまってればこんな事にはならなかったのに。

ところでフィオルダ夫人はまだ私に気づいてないみたいだから、今のうちにササっと逃げ出せないだろうか……


「その方は……?」


そんなことを考えていた私の頭の中の声が聞こえたのか、夫人の視線がフッと私に吸い寄せられているように、こちらに向けられていた。

やっぱり、ダメだったかー! くそっ、また地味だのなんのと人を貶めることしか言わないんだろう、この婆さんは。


と思ったけれど、なぜだろう、今回は私の方に向かれている眼差しは、睨んでいる訳でもない。何か不安におののいてるみたいに微かに見開かれていて、妙な圧が感じられた。


「い、以前、ヘイゼル家の御嫡男の婚約会で紹介した、私の騎士学校時代の友人・イリスです。今は皇族騎士団に所属していて、今日はその用事で屋敷に来ているとのことです」


そうロザニアが説明したのだが、あの婚約会のことは思い出したくもないのにー! 夫人の私に対する印象の記憶が戻って、また嫌な思いをするのが確定と思われたのだが。


「イリス……ですって?」


その反応は思っていたのとは異なるものだった。


彼女の声は、かすかに低く、私の顔を正面からじっと見ている。

目の奥で何かをぐるぐると探っているみたいだった。


そして――私の髪。

頬の線。目元。なにかと見比べるように、ゆっくり視線が動いていく。


「……似ている」


似てる? 誰に――?


意味深な言葉を残して、夫人は持っていた閉じた扇子を口元に当てて隠しながら、会場の扉の方に体を向けた。


聞き返そうとするより前に、彼女は会場に戻って行った。


慌てて後を追うロザニアとそのお嬢様を今度こそは見送りながら、今の夫人の反応に不可解で腑に落ちない違和感が胸の中で広がっていった。


なんとか元来た邸宅の受付に戻ることができ、事務的ながらも呆れた雰囲気を隠しきれない最初に出てきた執事の案内をもう一度受けて、テドロ騎士団長とようやく面会してここでの私の任務は終わりを迎えた。


夫人が”似ている”と放った意味深な一言。

その前には私の名前に、以前会った時とは異なる反応を示していた。


イリス


隠し部屋で見た名前の刻まれた墓標。


皇城へ馬に乗って戻る私の脳裏には、今日見たその場面がずっとユラユラと浮かび上がっていた。





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