26.正解は前者なのですが……
イリス
——
昨日の気持ち悪い体をさらした醜態騒動により、一緒に通勤もしたくないって事だよね……
騎士として振る舞うって決めたのに、そんな些細な事で気分が左右されてしまって、我ながら情けなさすぎる。
寝る前に書いた手紙を郵便局に寄ってもらって出した後、今日もまたフィリプス先生と明細集めに繰り出した。
夕方その仕事が終わると、調べものするために図書館へ向かった。
途中でここが仕事場だから、他の人と喋ってるラドルフ様の側を通ったけど、皇族騎士団のユニフォームを着てる事も手伝って、気を強く持ちながら思いっきり無視してしまった。
それから、また舞踏会に行くことになり……
「今日のお召し物も素敵です!」
もらったドレスを全部着ることも、以前、皇城に提出する書類作成の見返りの条件だったので、拒否する訳にはいかないんだけど……
やっぱり今日アリスさんに着せられたのは、色んな所が強調されすぎてるものだった。
だけど、どんな生き恥をさらしても、常に堂々と前を見て。
今度はロザニアのマントで隠そうなんて思わない!!
いざ、部屋を出て玄関前にある階段を降りると、そこには彼がいた。
私の方を見上げると、冷めたポーカーフェイスをしていたけど、階段を降りて近づいて行くにつれ、やっぱり眉間のシワが濃くなっていった。
はいはい……また筋肉の塊のクセに似合わないの着てるの見せられて、気分が悪くなってるんでしょ。
そう思ってリンとして、いつも皇城ですれ違う時みたいにして馬車の方へ行こうとした時。
この間みたいに、パサッと肩の上に何かが被せられた。
「ダンスの時もコレしてていいから。行くぞ」
私が先に行こうとしてたのに、スタスタと先に歩き出した人を見てすぐに、自分の体を覆ってるものに目を移した。
それは、今日のドレスの色とよく合っている、繊細な織生地の軽くて温かい大判のショールだった。
一瞬、こんなに素敵なものを彼が自ら羽織らせてくれた事実に驚愕とともに、一気に胸の鼓動が高まり出した。
……んだけど、すぐに思い直した。
いや、ただ単に私の体が強調されたキモいものを視界に入れたくないだけだから。
危うく翻弄される所だった。しっかり気を強く持たなきゃ。
「派遣登録制? それ絶対にいいって!」
約束のダンス1回が終わって逃げるように女騎士仲間の所へ駆け込んだ。
いつも我慢を溜め込んで思いっ切りこのおしゃべりの時間を楽しんでる明るい彼女達といると気が紛れて悩みも吹っ飛んでしまう。
そんな彼女達に、これから今の状況が打開されたとして、今後の理想の働き方について意見を求めてみた。
「お屋敷の中でもどこへでもご主人様にくっついてんのはマジ勘弁! って感じだけど、だからと言って私達だって貴婦人を護衛する帝国の女騎士、カッコいい! って外に出てる時に周りから言ってもらえるのはすごく誇りに思ってるワケ」
「屋敷の中は騎士団が警護してるんだから外出時の要請がある時だけ出向けばそれで済むことだもんね」
「だから、今みたいに特定のご令嬢やご婦人の専属になるんじゃなくて、依頼がきたら都合のつく女騎士が務めればいいってこと! これならお休みも調整できるし、もし長期の依頼だとしても交代しながらできるし」
「それに、色んな家門の騎士団の制服も着れるよね? それって最高じゃん!」
ふむふむ。こうして引き続きダンスタイムに集めた皆の意見は発表資料に取り入れてっと。
そういえば、まだバリアーディ団長から連絡はないけど、発表の場ってどうなってるんだろう?
このまま話が流れてしまったりでもしたら大変だから、今度明細集めの報告に行く時に聞いてみよう。
そして、一緒に明細集めに回ってたフィリプス先生は休暇が明けて帰ってしまい、1人で回収にまわることになった。
そんな中で訪問したのは、ロザニアがお仕えしている因縁の妾発言をしてきたババアの住処……テドロ公爵邸だった。
ラドルフ
——
「そうだよな……あれは正常な反応なんだよな」
仕立て屋による残り物の服の真意は掴めたものの、あの日以来、女心ってヤツを学ぶため今まで何の役にも立たないと敬遠していた”ロマンス小説“の部類を人目に付かないように図書館の棚から仕事部屋へ持ち込み、研究を重ねていた。
頭に叩き入れたその数は1,000冊を超えていたが、男だったら誰しもそんなつもりが無くたって、あんな体を見せつけられたら常軌を逸するのも無理ないようだ。
むしろ俺は最初のあの日、あの場で押し留どまれたんだから、まだいい方だ。
話によっては、あのまんま休憩室に連れ込んで押し倒すだとか、それでも我慢できずに会場の隅やら、カーテンしてテラスの外であられも無い事をし出すとか……
ああ、いかんいかん。
つい男の視点にばっかり注意がいく。知りたいのはなんで急にアイツの機嫌が悪くなったのかってことと、俺は今後どう振る舞えばいいのかってことだ。
思い当たるのはやっぱりあの瞬間、放置して逃げ出してしまった事なんだが……考えられるのは2つ。
好意のある相手に避けられたと思って、突っぱねていること。
もう一つは、体目当てで見られている事を察知して、嫌悪感を抱いていること。特に好きでもない相手にやられると、顕著に現れるらしい。
……どう考えても、俺に好意がある訳ないから、この2択でいけば後者しかないだろう。
図書館ですれ違っても他人のふりして目線も合わせないし、アイツのヨソヨソしい冷たさは日を追うごとに際立っている。
それに特に変わったのはダンスの時だ。ついこの前までは、顔を伏せてこちらと目を合わせることはなかったのに、最近は以前のようにマナー通りの作ったような笑みを浮かべて、目を合わせるのだ。
明らかに心のこもってないその微笑みはなぜか”精悍”という言葉が似合うのが不思議ではあったが……
それに夜会がある日に玄関前で待ってると現れる、その綺麗に浮き出た体のラインがしなやかに動き、階段を降りる度にあの強調された膨らみが揺れ動く姿……
はじめは平静を保とうとするものの、こっちに近づいてくるにつれ体中に熱がこもりはじめて眉間に力を入れなければ済まなくなってしまう。
限界を超える前に、先日あつらえた品で包み隠すことにしたから、なんとかこらえているが。
案の定、こないだみたいに風邪ひきそうな露出度だろうからと残った服に合わせて羽織りものをいくつか仕立てさせたが、俺とセットでさらに映えるというこの装いを人目に晒せないのはもったいない気がしなくもない。
しかし、こんな姿で四六時中、会場内でそばに付いて視界に入ってこられたら、小説の多くで繰り広げられている野蛮人と同じ事態が起こってしまう……
だから、うちの玄関に来る前だけこの姿を目に焼き付けておくことにしたのだが……それも、気取られてるって事なんだろうな……
で、じゃあこれからどうすればいい?
読み込んだ数々の小説たちの場面を脳内で開いてみると、だいたい女主人公が好意を持つ相手役が、何をしても最終的に嫌悪感を持たれることは決してない。
好意も持たれずに敬遠されて終わるのは、体目当ての相手のライバル男だとか結婚を無理やり迫ったり、暴漢目当ての悪役……
絶対に女主人公と結ばれないヤツらばかりだ。
つまり好感度ゼロ……むしろマイナスの俺が状況を覆せる見込みは無い。
できることと言えばせめて、増長させてしまった嫌悪感を収めるように努めるってことくらいか?
分かった。
本当にもったいない限りだが、羽織りものは玄関前ではなく、準備の手伝いにくるエステティシャンに預けて、俺はその下に隠されたものを一切見ないようにする。
何も感じていないように振る舞うよ……