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25.勘違いな客

イリス

——


 無言のまま馬車に同乗してやっとお屋敷に戻ってくると、恐ろしい経験をする事になったこのドレスを一目散に脱ぎ捨てた。


 そしてメイクも落として、お風呂にも入って、今日やることは済んだとばかりに放心状態になるとベッドになだれ込んだ。


「うっ……ううっ……」


 すると、自然と涙があふれてきて、口から止めどなく嗚咽の声が漏れてきた。


 本当に長くて最悪な1日だった。


 バリアーディ団長にずっと想い人がいて独身を貫いてる、なんて話を聞いたのがすんごい昔のことに感じる。


 シスコン一筋にしか見えなかったラドルフ様にも実はいい人がいるらしいということを知ってしまった上、私の体を見て拒絶反応を起こされてしまった……


 これが1番、応えた。


 上着を掛けられた時、誰だろうと思って振り返ったら彼がいてビックリしたけど、気持ち悪いから隠すつもりでそうしたんだってすぐに気づいた。


 そうしたら、鼻の奥がツーンとしてきて涙で何も見えなくなった。


 それでも、その上着からは外での身だしなみには気を使ってる彼がいつも付けてるオーデコロンの香りがしてきて。


 全身を優しく包まれてるような感覚がして、それはさらに悲しく切なさがこみあげるものだった。


 帰ろうって言われた時、本当はすぐにでもそうしたかったけど……


 さっきまでマントを奪ったり奪い返されたりしてたロザニアの事が頭に浮かんで、彼女たちのために1人で逃げたらダメって、思いとどまった。


 自分の感情を押し殺して、これからも夜会に参加してラドルフ様がダンスする唯一のパートナーっていう装いを続けなければならない。


 これは騎士が自分を殺して任務を遂行するのと同じこと。


 だから、これからは任務のために淡々と、ただ淡々と、何者でもない騎士に徹することを私は決めたのだ。


 そして任務が終わった後は……


 彼は侯爵家の嫡男で、このまま婚約者からその夫人になってしまった場合、貴族家最大のミッションが待っている。


 すなわち、後継ぎを作ること。


 涙で滲んだまぶたの裏には、前に怪我の手当てをした時に見た彼の無駄のない引き締まった筋肉のついた背中が映し出されていた。


 後ろからは見えなかったけど、本当だったらその胸に、腕に抱かれて、そのための行為をする事になるはず……


 だけど、心も通い合っていない上、あんな反応をされてしまった私の体を何も付けてない状態で晒す事など絶対に……絶っっ対にしたくない。



 残ってる力を振り絞ってヨロヨロと立ち上がると、実家のミルーゼ領からほど近い男爵家に嫁いだお姉ちゃん宛に手紙を書き始めた。


 そして倒れ込むように眠りに就いた翌日。


 昨日は明細回収の仕事と、図書館での調べ物のために一緒に皇城に行ったのに、時間になってもラドルフ様は出てこなかった。



ラドルフ

——


 ガラガラガラ


 玄関前から馬車が出るのを聞き届けると、昨日のふざけたブツを使用人に運ばせつつ、帝都へと向かった。


「おい、亭主。この代物は一体どういうつもりだ。俺様、もといエスニョーラの家門への当てつけか!?」


 帝都の街中でも奥まったエリアにあるその店の敷居をまたいで、怒鳴り込んでやった。


「こ、これは侯爵子息様。何かお気に召さない事でも……」


「なんなんだよ、この露出の激しい下劣な布切れは。こんな物売りつけやがって」


 連れてきた使用人が昨日アイツが風邪ひきそうになりながらも身にまとっていた赤い布切れを持ってくると、仕立て屋の亭主は受け取って品定めするようにそいつをマジマジと見始めた。


「ああ、侯爵子息様。こちらはこのようなデザインなのですよ。露出が激しい……ようにお見えになったかもしれませんが、なかなか着こなせる方がなく他では見かけないため、そう思われるのは無理ないかもしれません」


「はあ? 言い訳のつもりか?」


「いえ、滅相もございません! このようなデザインは華奢な体形のご令嬢には上手くフィットしないのです。しかし、フィアンセ様は騎士をされていた事もあり、非常に体幹がシッカリしている上、背丈もあり、メリハリのあるボディをお持ちですので問題無いのですよ」


 思い起こせば確かに、肌の面積が大きくはあったが、別に似合ってない訳じゃなかった。


「そして、当店ではただ着用される方に合わせるだけでなく、分かる場合にはそのパートナーの方ともマッチするように仕上げております。エスニョーラ様はこのドレスに気後れしない程の強いオーラと品格を持ち合わせておいでなので、お2人がご一緒にいる時、まさにその本領を発揮するよう設計しております」


 一緒にいる時……?


 ちょうど横の壁際にあったでっかい鏡をチラ見して自分の姿を確認すると、昨日の格好のでアイツが横にいるのを想像してみた。


 ……なかなか、悪くない図だ。

 露出の激しさも、目立たなくなったように感じる。


「……2日で最初のを無理やり作らせたのは、どうとも思っていないのか?」


「何をおっしゃいますか。そのための報酬は十分頂いておりますし、お引き受けしたからには、全ての仕事に手を抜かず、それ以上の価値をご提供するのが当店のポリシーです。それでもお気に召しませんでしたらこのままお預かりさせて頂きますが、いかがなさいますか?」


 亭主は渡した物をこちらに差し出した。


「……いや、悪かった。持って行く」


 さすがは一流店、ってことか。


 そういうことなら、残りの同じような衣装たちも今後の夜会に着せて行くとして。

 また風邪ひきそうな出で立ちだと困るから、今日は別の仕立ても頼んで、ようやく仕事へと向かった。




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