二人の殺し屋が「どっちが早く殺れるか」を競い合って困る
「どのぐらいかかる? ……三日? ふざけるな、明日中にやれ!」
叩きつけるように部下との電話を切る。
「すまんね。使えない部下を持つと、苦労するよ」
電話を切った私の前には二人の男がいた。
黒スーツの男と、タンクトップ姿の男。
二人とも殺し屋である。
「君たち二人のうち、どちらかに仕事を任せたい。標的は……この男だ」
机の上に写真をヒラリと置く。
そこには私の商売敵が写っている。
一体こいつに何度邪魔されたことか……思い返すだけでも忌々しい。こいつさえいなければ、私の総資産はもう一桁多かったかもしれない。
我慢の限界を迎えた私は、ついに奴を消すことにしたのだ。
「こいつを殺してもらいたい。だが、私の天敵だけあって常にボディガードを従えており、ガードが固い。それにもし失敗すれば、たとえ証拠がなくとも奴は私の差し金と決めつけ、逆に私の命を狙うだろう。失敗は許されん」
まずは黒スーツに目をやる。
「君ならばこいつをどれぐらいの期間で殺れる?」
「標的の下調べに二週間、武器調達などの準備に二週間。一ヶ月といったところでしょうか」
「ほう……優秀だな」
相手が相手だし、数ヶ月はかかるのを覚悟していた。これは嬉しい誤算だ。
一ヶ月待っていればあの男が消えるというなら安いものだ。
「君はどうだね?」
今度はタンクトップに問う。すると――
「俺なら下調べに二週間、準備に一週間で三週間でやれるぜ!」
なんと一週間縮めてきた。荒っぽい口調だが、自信もありそうだ。これならこちらにしようか、という気になる。
「お待ち下さい」と黒スーツ。
「なんだね?」
「やはり、私ならば二週間でできます!」
さらに一週間縮めてきた。対抗してきたか。
だが、さっきは一ヶ月と言っていたぞ。それを半分に短縮するなら、当然根拠は欲しい。失敗は許されないのだから。
「二週間のスケジュールは?」
「下調べに一週間、準備に一週間です!」
「さっきの一ヶ月というのはなんだったのだ?」
「あれは全く急がない場合です。急げば二週間で十分可能です」
ううむ、嘘はないようだが……。黒スーツにしてみようか……?
「俺なら10日でできる!」
タンクトップが思考に割り込んできた。
二週間だったのがさらに縮んだ。スケジュールを問うと、
「下調べに5日、準備に5日だ!」
自信はありそうだ。
さすがにこれ以上は縮まらないだろうと思ったら、
「私なら一週間でできる!」
とうとう一週間になった。いくらなんでもハードスケジュールすぎる。
さすがに無茶だろ、と言おうとすると、
「いやいや、俺なら5日でできる」
タンクトップが縮めてきた。私の話を聞け。
このあたりになると、私もだんだん嫌な予感がしてきた。この予感は的中する。
「私なら4日だ!」
「3日でいけるぜ!」
「2日あれば大丈夫!」
「1日ありゃ問題ねえ!」
とうとう1日かよ。今日頼んで明日になったらあいつ死んでるの?
「23時間だぁっ!」
ついに24時間切っちゃったよ。
「22時間!」
「21時間!」
「20時間!」
「19時間!」
1時間刻みで下がっていく。ここはいつからオークション会場になった?
「10時間!」
「9時間!」
10時間を切った。こいつらを信じるなら、半日あればあいつを殺せるらしい。信じるなら、だけど。
だが、これは序の口。オークションはまだまだ続くのだった。
「5時間!」
「3時間!」
おっ、一気に2時間縮めてきたか。勝負に出たな。なぜか感心してしまった。
「2時間!」
「1時間!」
だいたい想像がつくだろうが、もうこの段階になると私も完全に呆れている。
まともに聞いていない。
早く終われよこの茶番、という気分である。
「30分!」
「20分!」
いつの間にか単位が分になっていた。
この後どうなるかはもう、誰もが予想できるだろう。
「10秒!」
「9秒!」
陸上のトップ選手が100m走る間に殺せるのかよ。
「8秒!」
「7秒!」
はいはいすごいすごい。
「5秒!」
「4秒!」
「3秒!」
もはや何かのカウントダウンだ。ロケットでも発射するのか?
呆れていた私も流石にキレた。
「いい加減にしろッ!!!」
二人揃ってビクッとなる。素人の私に怒鳴られて、ビクッとしてどうする。
「腕が立つというからお前たち二人を呼び寄せたのに、こんなバカ共だとは思わなかった!」
自覚があるのか、二人ともシュンとしている。お前ら本当に殺し屋か?
「どっちか知らないが3秒とかいったな。だったら3秒以内にこいつを殺して死体を持ってこい! 出来なかったらこの仕事は他の者に回す!」
今から3秒であいつを殺すなど絶対に不可能である。事実上の解雇通告のつもりだった。
そして、私がこのセリフを吐いた1秒後――
「殺ってきました」
「殺ってきたぜ」
二人は標的の上半身と下半身をそれぞれ持ってきた。もちろんそんな状態では、長年私を苦しめたあいつは絶命している。
「……え?」
呆気にとられた私を尻目に、二人は睨み合っている。
「報酬は私一人でもらうのだ。邪魔するな」
「ふざけるな! 殺ったのは俺だぜ!」
「いや、殺ったのは私だ」
ようやく私の脳が事態を理解した。
二人はおそらく超高速で標的のもとまで向かい、二人で絶命させ、体を切断して私のもとまで持ってきたのだ。
これらの作業を、本当に“3秒以内”でやってのけたのだ。
「こいつを殺したのは私なのだ! ぜひ私に報酬を!」
「いや、俺なんだ! 俺に報酬を!」
私は迷わず、それぞれに成功報酬を渡した。
予定より倍の出費になってしまったわけだが、安いものだ。
1秒であいつを殺してのける奴らに恨みを持たれたら、たまったものではない。
二人は「なんて太っ腹な人なんだ」という顔をして、嬉しそうに部屋を出て行った。
死体はもちろん消えている。腕が立つのなら証拠隠滅の腕も一流というわけか。
一人残された私は、葉巻をくゆらせながら苦笑した。
「仕事を頼まれた者がどのぐらいかかるかを遅めに申告することは珍しくないが、ここまで極端な例は初めてだな」
終
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