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エンヴィー

作者: アキ


「会えてよかった」

そう呟くと同時に裏路地の掃き溜めに鳴り響く銃声

街を行く人々は少し耳を傾けたあと、何事もなく歩みを続ける。

雑踏は余韻を掻き消し、誰一人振り向く事無く。



引き金から指を離して、涙を零し、ぽつり。

「主人公にはなれなかったよ、やっぱり」


___2年前


「おはよ!健斗!」

「ああ、おはよう、蓮」

「相変わらず顔色悪いなぁ、ちゃんと飯食ってるか?」

「大丈夫だよ、それより蓮、またケガ増えてるね」

「ハハ、ちょっと喧嘩してな。お前こそ倒れる前にちゃんと食っとけよー!」

乾いた笑いで濁して廊下を走り去っていく。

体調を気にかけてくれるのは嬉しいけれど、友達の多い彼にとってわざわざ僕に話しかける理由が分らなかった。あの元気な声を聴くのも今日で何度目だろう。


学校という空間は不思議なものだ。

皆、年は1つ2つしか変わらないのに何故か独特なオーラや異才を放つ人がいる。

スポーツが出来る、勉強が出来る、楽器が扱える、絵が上手い。

幼い時から積み上げた研鑽や稽古の成果かは分らぬが、それは学校という極めて小さい社会において地位を確立するための力がある。

しかし、それと同時に何も持たない人もいる。

何もできない自分を呪い、呪ったうえでまだ何もできない。

自分の人生のはずなのに自分が主人公じゃない気がしてならない人間。


「健斗、あんな奴と話して楽しいか?」

何か含めた笑みでそんな事を聞かれる。

「え・・・楽しい・・けど??」

一体何を聞きたいのか僕にはわからない。けれど楽しいかと聞かれれば言葉に詰まった。

溜息交じりに教室の扉を開ける。

朝から元気なのは彼だけじゃない、僕もちゃんと食事を取れるようになればあんな風に、はしゃげるのだろうか。

上の空で一目散に席を目指す僕を叩き起こすように、筆箱が僕の頭めがけて飛んできた。

「うわっ!!すまん!!大丈夫か??」

「うん、全然大丈夫、ボーっとしてた、ごめん」

「もう!何やってんの!!健斗くん!平気?」

華麗なクリーンヒットをお見舞いされた挙句、ペンが床に散らばったせいでクラス中の視線が一点に集中した。

先ほどの空気から一転して、静寂に包まれた教室、何故か僕が悪い事をしたような気がしてバツが悪かった。

慌てて席に座り、いつも通りペンとノートを取り出す。まだ少し額がひりひりする。

「ねぇ!健斗くん!ほんとに平気?」

「すっごい当たり方してたけど・・・」

「うん、本当に大丈夫。ありがとう、佐原さん、宮川さん」

心配されていることを他所に黙々と机に向かう。

気付いたら先ほどの騒がしさを取り戻していた教室でまた一人ペンを走らせる。

「お前ら~!!もう少しで卒業なんだから!おとなしくしろ!」

雑に扉を開けて入ってきた先生はいつも通り少し怖い。あと声が大きい。

ふと耳に飛び込んだ、卒業という単語が頭に渦を作る。

人はみな、卒業と聞けば楽しい思い出、悲しい思い出、色々出てくるのだろうが僕には何もない。


僕は何も成すことが出来なかったんだ。


「おかえり健ちゃん!晩御飯、食べるでしょ?」

「ああ、今日もいらないよ」

母親を軽くあしらい、目も合わせずに足早に自分の部屋へと向かう

「どうしてそうやってすぐ部屋に行くの!!ちゃんと食べないとまた倒れるよ!」

「ごめん母さん」

こうして部屋にこもり続けて黙々と向き合う。

ひと昔前までは母さんが部屋の前に食事を届けてくれていたが、それも手を付けないでいたらいつからか置かれなくなっていた。

さみしいけれど、罪悪感がなくなって少し安堵する自分がいた。

母さんのことは嫌いじゃない、むしろ愛されていると思う、でも上手くいっているとも思わなかった。


僕にあるたった一つの柱がへし折られたんだ。

何もない人間は息をするのも許されない。


「よ~!健斗!!おっはよ~!!」

「蓮・・・相変わらず朝から元気だね。あとそれ、また喧嘩??」

「あたりまえよう!俺ってばこの学校で最強だかんな!!」

「いや・・・・そん・・・」

あれ・・・?視界が

まるでテレビのコンセントに足をひっかけて抜けちゃった時みたいに、パシャリと視界が

途切れ、重力に逆らえなくなった。

色々な人が声をかけてくれている。少しずつ意識が遠のく。まただ。



「お~い、ちゃんと今日は持ってきたか~~??」

「お前らにくれてやる金なんて無いんだよ!」

「じゃあ、今日もサンドバッグな?」

腕を抑えられて顔から足まで、もう何度殴られただろうか。

何度意識が遠のいた事だろうか。

「どうしたの?もうちょっと抵抗してくれないと面白くないんだけど」

「もう辞めてくれよ!!お前らこんな事して楽しいかよ!!」

「楽しくなきゃやってないっしょ!」

笑みが張り付いた表情のまま思いっきり腹を蹴り上げられ、壁に背中から激突する。

「ガハッ、なんでこんなことすんだよ・・・」

「なんでって・・・考えたこともないなぁ・・・飽きたらまたテキトーに帰るから。それまでお前らちゃんと抑えとけよ、ソイツ」



「蓮!!!あれ・・・?」

「あら、やっと起きた」

「夢・・・?」

「アナタまだまともに食事食べられてないの?定期的にここに来なさいって言ったでしょう。また栄養失調よ」

「そ、そんなことより、蓮は!!」

「そんなことじゃないわよ、もう完全下校の時間過ぎてるのよ、アナタ睡眠不足も・・・」

耳が声の発信源から自分の脳内へと徐々にフォーカスを外していく。

なんだったんだあの夢は。


「とにかく!今日はここで寝ていきなさい。テキトーにご飯買ってきてあげるわ、何がいい?」

「だ、大丈夫です、僕帰れるんで、すみません残業させてしまって」

「相変わらず可愛くないこと言っちゃって」

「そ、それじゃ!!」

「ハぁ・・・また担任の先生に相談しなくちゃね・・・」

いつぶりだろう。こんな全力疾走をしているのは。自分の顔を冷たい風が撫でていく、息を切らして街灯の柔らかい光を飛び越えていく。先生が点滴をしてくれていたお陰か体が心なしか軽い。そうか、だから皆あんなに朝元気だったんだな。

あの夢に出てきたのは明らかに蓮だったし、蹴っていたあいつも同じ学年の奴だ。

周りの景色から考えるとあの場所しか考えられない。とにかく向かってみようと思い、学校を飛び出て、家を通り過ぎて目的地に一目散に走ろうと思った時。ふと気づく


「僕が行って、何をするんだ?」


白い息交じりに一人でつぶやいた後、乾燥した空気に馴染むように鼻から笑いが零れる。

乱れた呼吸を整えて、家に向かってゆっくりと歩みを戻す。

たかが夢に何を必死になっているんだ。


「ただいま」

「おかえり!健ちゃん!」

「か、母さん」

「あら、どうしたの?お小遣い足りなくなっちゃった?」


「今日の・・・今日の晩御飯は・・・何かな」


震えた声でそう問いかける。



「みんな!!卒業おめでとう!!」

先生の声が教室に響く。

「皆はまだ知らないだろうが、健斗の描いた絵が春の全国大会で金賞を獲った!最高の卒業祝いだな!!」

急に名前を呼ばれて小恥ずかしいけれど、皆が僕をほめてくれている。

「え、健斗くん凄くない?」

「去年もめちゃくちゃ上手だったのに、何故か何も賞もらえなかったもんな、やっぱ去年の審査員が節穴だったんだよ!」

「マジかよ!超スゲーじゃん!!!」


ああ、よかった


僕はこれで


これでいいんだ。


___2年後


「うん、大丈夫だよ母さん、うまくやってる、うん、気を付けるよ、もう学校だから切るよ」


田舎にあった高校を卒業してすぐに東京の美術学校へ進学した僕は、順調に絵を描き続けていた。

「健斗、お前進路どうすんだ?」

「考えるの早くない?陸はもう決めてるの?」

「いや、俺は・・・」

「どいてどいて~~~~~!!!!」

話を搔っ攫って人の波を泳ぐようにこちらを目指して走ってくる女性。

「君は相変わらず騒がしいな」

「しょうがないじゃん!今日休んだらヤバいんだって!またカンヅメだよ~~」

「じゃあまた付き合うよ」

「え、ホントに!流石は健斗さま!」

「健斗さま!じゃないよ、京子ちゃん、惚気はカンヅメしながらやってくれ」

「僕はそんな事しないよ、ちゃんとムチ打つから」

「そんなぁ・・・・」

「だから他所でやってくれって」

皆で向き合って笑いあう。

こんなにもキャンパスライフが楽しいと思わなかった。

絵が描ける。友達がいる。恋人もいる。

こんなにも何かを持っている自分を昔は想像出来ただろうか。

「健斗、携帯なってるぞ?」


突然飛び込む、聞き馴染んだ着信音。


「どうしたの?健斗くん」


凄く見覚えのある電話番号。


「出なくていいのか?健斗?」


「あ、ああ、で、出るよ、ちょっと待ってて」

何故か蓋をしたはずの記憶が頭の中を駆け巡る。多分電話先の察しがついてるんだろう。

震える手で着信音を止める。

「もしもし?」

「もしもし??健斗、久しぶり~!わかる?俺!」

「わ、わかるよ、久しぶり、どうしたの?」

「あ~、今日さ暇だったりしない?」

「きょ、今日?一応暇だけど・・・と、突然どうしたの?」

「一緒に飯行こうぜ!たまたま今日東京来ててさ、お前東京に越したって聞いてたからちょうどいいなって思って!」

「そ、そうなんだ」

今更一緒に食事をして何を話せばいいのだろう。

自分の腹の奥でぐるぐると渦巻く感情を殺しきれなかった。

「じゃあ決まりな!場所はまた連絡するわ」

「い、いや!やっぱり今日は!」

断ろうとふり絞った声は終話音によって相殺される。

彼はいつもそうだった、持ち前の明るさで人との距離感の詰め方が上手い。

彼は友達が多くて、いつも誰かが傍にいた、羨ましかった。

彼は僕の人生が僕のモノではないと象徴するそのものだった。

僕に何もないと自覚させる全てだった。

「どうした健斗、顔色悪いぞ?」

「どうしたの?健斗くん」

「ああ、いや、なんでもない」

あの夢を記憶のずっと奥に封印した時、自分の中の何かが壊れた

彼に対する羨望と嫉妬でおかしくなってしまったと思った。

とことん狂った。

外面が分厚くなり、審査員に気に入られる絵を描けるようになった。

何かを手に入れるという事は何かを失う事とはよく言ったものだ。


僕は笑顔を手に入れて、自分を失ったんだ。


キャンバスは写し鏡だ、追い詰められている時も豊かな時もキャンバスは自分の心理を映し出す。

僕の心にあった色彩豊かなキャンバスがどす黒い何かに塗りつぶされていく感触。

昔のように、影の色に染まっていく。


「そうか、そういう事か」



「よ!ほんとに久しぶり!飯は・・・食えてそうだな!」

「うん、一人暮らしだから色々大変だけど・・・」

「ま!積もる話は飯食いながら聞くよ」

彼はずっと地元にいるのかと思っていたけれど、よく東京には遊びに来るようで僕よりもずっと詳しかった。

路地裏の隠れ家みたいなレストランがあるらしい。

心臓の鼓動を肌で感じ、平静を装う事に全神経を注ぐ。

「健斗、ごめん」

「え?どうしたの?」

突然路地裏の中ほどで立ち止まる。

「タバコ、吸って平気か?」

狐につままれたような表情をしてしまった。何故か少しホッとする。

「うん、全然大丈夫。意外でも無かったよ」

胸ポケットから取り出したタバコに火を着けながら、吐露する。


「俺さ、高校生の時、いじめられてたんだ」


思わず動揺する。

あの夢は、本当だった。?。

背中を自分じゃない自分に撫でられているように汗が伝う。


「え、あ、そ、そうだったんだ」

「うん、もうボコボコにされてさ、お金も取られて、毎朝ついてた傷はそのせいだったんだ」

知っている。あの夢は夢じゃなかった。

心臓を鷲掴みされて握りつぶされそうだった。

「ど、どうして急にそんな・・」

「もう、健斗に会えないって思ったからだよ」

全部見透かしたような透き通った目でこちらを見つめる。

表情の端々まで全て拾って何もかもを察している目。

「な、なんで?そんなことないよ」

煙を吐き出し、少し大人びた表情に変わった彼の顔に傷はもうなかった。

「今日連絡してなかったらもう一生会わなかっただろ?それと同じだよ」

彼はもう、昔のままじゃない。いや、昔から変わっていないのかも知れない。

彼の事を僕は何も知らない。


「俺、昔は健斗の事羨ましかったんだ。」

え?今、なんて?

「俺は何もなかった、勉強もできない習い事も長続きしない、親ともうまくいかなくて、何をやっても中途半端で、気の許せる友達もいないままいじめられ続ける。」


違う


「健斗、お前は絵が上手いし、何故か人を寄せ付ける。分からなかった、だけど俺もお前に引き寄せられちゃったのかもな」


違う、違う


「僕は君がいじめられている事・・・」

「もうタバコ終わったよ、さ、行こう」


そう呟きながら立ち上がる。


「俺の名前、思い出せた?」


懐から銃を取り出す。


ああ、そうか、彼のキャンバスも。


小説のルールガチ分からん

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