6話 『兄弟、対面』
「お待ちしておりました、橘 幸耀様。どうぞこちらへ」
スーツを身に纏った若者に深く礼をされる。顔立ちから推察するに、恐らく幸耀との歳の差は大きくない。それでも立派な仕事に就いている辺り、この世界はまた何か特別な事情がありそうだ。
「国会議事堂っつっても、内装は現世のと割と違ってるんだなあ。三人の銅像もなかったし」
「......この場所を国会議事堂と呼ぶのはおやめください。幸耀様が仰った通り内装が全く違いますので。政府の中心がここにある、ということをアピールするためにこのような外見になったのです」
「え、じゃあなんて呼べば良いんですかね......?」
「ーーニュートラルビル。それが、この建物の正式名称でございます」
「なんか急にフランクな感じになったな......」
そんな会話を案内人と交わしつつ、ライズワールドに転移してからの怒涛の展開を振り返ると、自分の意思でまともに行動出来ていないことに気付く。転移前の生活と、何も変わっていない。流されるまま生活してきた幸耀は、そんな現状に苦い顔をする。
「えーっと......俺はこれから誰と会うんですか?」
「ーー幸耀様のご兄弟と、です」
橘家には長男の幸耀しか子供はいない。母親は幸耀が物心ついた時にはいなかったため、もう一人の子供を産む期間は物理的に無かったとも言えよう。
案内人の『兄弟』という言葉の意味を汲むならば、運転手の言っていた『神様の子』関連の話だろうか。彼曰く、アストレアには幸耀を含む三人の子供がいたという。
つまり、これから幸耀は二人の人物に会うことになる。ーー神様の子だなんて、意味が分からないが。
「この扉の先です。どうぞ」
案内人に会釈をし、おもむろに扉を開ける。
ーー薄暗く、縦に長い空間であった。空間の七割は縦長のテーブルにスペースを取られ、残りのスペースには暖炉や冷蔵庫などが点在する程度だ。部屋の灯りは天井に吊るされたランタンと、机に並べられた蝋燭。床や壁は焦げ茶の木材で出来ているため、足元すらも見えにくいほどだ。
そのテーブルの最奥に座る二つの人影が蝋燭に揺れている。
「おん、お前が三人目か。よろしくな、気分は乗らねえけど」
「......兄弟にしちゃ歳離れすぎでは?」
ーー最初に声をかけてきたのは推定四十歳ほどの、短い髭がよく似合う渋い男性だ。茶髪で長い髪は放浪者のような印象を持たせ、煙草を吸いながら全体重を椅子にかけている様は威圧的とも取れる。
「ダメだよ......まだこの人はライズワールドに慣れてないんだもん......優しくしようよ......」
その男性の向かい側の席に座るのは、丸いモノクルをかけた中性的な顔立ちの人物だった。やや低い女性のような声もまた中性的な印象を割増にする。前髪は目に被るほどの長さで、その表情は見えにくい。髪色はふんわりとしたクリーム色。年齢は幸耀より三つ年下くらいであろうか。先の男性に比べて大人しめな性格と見受けられたため、幸耀は思わずホッと息をつく。
「橘 幸耀。よろしく」
「本名は名乗ってない。気分屋。そう呼んでくれ」
「新田 春......僕の名前......」
個性に溢れた『兄弟』と対面し、気疲れするだろう新たな環境に不安が募るばかりだった。
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「そんじゃまあ、何から話せばいいんだ?」
「この世界には神様がいること。何故か俺の命が狙われていること。この世界の住民にはそれぞれ特性があること。そんくらいしか分かってない」
「全然......説明されてないんだね......胡桃沢さんは何やってたの......」
「アイツなんだかんだ適当なヤツだしな。仕方ねえ」
そういって立ち上がった気分屋は、目線を天井に向けて呟いた。
「ホワイトボードがここにある」
瞬間、何処からともなくホワイトボードが顕現した。
「ーーーー!」
幸耀は目を見開く。
紛れもなくそれは、幸耀の能力と同じモノであったからだ。
「驚いてるけど......それすらも知らなかったんだね......僕らは兄弟だから......当然......」
「そゆこと。オレらは嘘を事実にする能力を所有している。これは俺ら三人にのみ与えられた神からの授けもんさ」
「......ック」
「あ?」
「めっちゃショック......」
異世界転移のアイデンティティを運転手に潰され、特殊能力のアイデンティティも彼らに潰される。二次元に憧れを抱いていた幸耀からしてみれば、それはかなりショッキングな出来事であった。
「良いですよ、俺はいつまでもモブですよっと」
「僕らは選ばれた三人なんだよ......モブとか言うのよくない......選ばれてない人がいっぱいいるんだから」
不貞腐れた幸耀をキッと睨みつけた新田。
「......なんかごめん」
新田の発言には含みがあるように感じた。何か地雷を踏んでも良いことはないので、穏便に済ませるために謝っておくことにする。
直後、場を仕切り直すように気分屋がパンパンと両手を鳴らす。そしてホワイトボードを掌で叩いて、
「んじゃ始めんぞ。ライズワールド入門授業の始まり始まり、だ。気分は乗らねえけどな」
ニヤリと笑う気分屋の瞳の奥にある深淵に、幸耀が気付くことはなかった。