39話 『 「「ペディル」」 』
「んーん。聞いてた風貌と全く違うが......気分屋、君も理解出来ていないようだねえ」
ペディルと名乗った女に、六名全員が唖然とした。
その理由は、気分屋が事前に伝えていたペディルの姿とは全く異なる人物が顕現したからに他ならない。
髪色は橙色ではなく、紫色。
ツインテールではなく、ポニーテール。
小柄で、女性であり、頭に二本の長いツノが生えているということが、事前に伝えられていたペディルとの共通点であった。
「そういえばさ、新田くん。同姓同名がいた場合って、どうなるの」
頭を掻きながらそう尋ねたのは胡桃沢だ。
唖然とはしたが、相手からの脅威はない。
その事実からか、胡桃沢の声色は平常通りだ。
「そうならないように事前に姿を聞いておいてたんです。割とこの能力って想像力が大事でして。今回も、脳裏に橙色をイメージしながら嘘吐きましたよ。なので......意味が分かんないです」
「......コイツは、オレの知ってるペディルじゃない。口調も、全く違う」
困惑に惑う人間たちを、冷徹な視線で見渡す少女。
体格や幼なげな顔立ちに見合わず、一つ一つの仕草は大人のそれだ。
気分屋からは、陽気な性格であるとも聞いていた。
だが、目の前の彼女は陽気とはかけ離れた雰囲気を身に纏っている。真逆とも言っていい程に。
つまるところ、気分屋の言う通り、目の前の少女は新田らが求めていた少女とは別人である。
嘘の能力に不備が出たのか、橙色のペディル本人に何か異常があるのか、それとも目の前の紫色のペディルが異質なのか。
様々な可能性が考えられるが、現状、結論は導き出せない。
だが、確かなことが一つある。
ーー彼女は、強い。
「ふむ。面々は変わっていないな。我ながら、良い仕事をしている」
「......んーん。ペディル、君は、ピーズの手下だね?」
誰にも意図が伝わらない独り言を呟くペディルに、仁が切り出す。
「そうだな。我は、最もピーズ様に忠実な僕だと自負している」
「橙色の髪をした、ツインテールの仲間はいるのかな?」
「......ペディルのことか?」
紫髪の少女ーーペディルは、顎に手を添え、数秒思考した後、心当たりとして彼女と同じ名前を挙げた。
「ええ......? 本気で意味が分からない......」
ペディルと名乗った少女が、ペディルという橙色の髪をした人物を認知している。
それはあってはならない事態なのだ。
これでは、本当に同姓同名の何者かが転移してしまったことになる。
間違いなく、新田は橙色の髪をイメージしていたというのに。
やはり、彼女は異質なのか。
それとも、ピーズ軍には嘘の能力を弄る方法があるのか。
「ーーなるほど。貴様らの困惑の理由は理解した......敵意はないな?」
「うん、無い。君と、いやまあ君じゃないんだけど......とにかく、話をしたくて呼び出した」
「そうか。ーー事務室で話でもしよう」
「ーーーー!?」
事務室、という単語がペディルの口から出たことに動揺する。
そして、彼女の視線は間違いなく事務室へと向いている。
つまり、この女は、ニュートラルビルの構造を把握していることになる。
ヘルメス軍ならば、ニュートラルビルの構造を理解しても何らおかしなことはない。
彼らはニュートラルビルに一度攻撃を仕掛けたことがあったり、そもそも活動に長い歴史があるため、敵陣の本部の構造を理解しているのは寧ろ当然と言ってもいい。
だが、つい最近活動を再開したピーズの手下がニュートラルビルの構造を把握しているのは不可思議である。
「どうした? 早く行くぞ」
そう言ってペディルは思いきり地面を踏み込みーー二階の事務室の窓へと跳躍し、拳で窓ガラスを割って室内に侵入した。
「弁償はしない! 交渉料とでも思え!」
事務室内から大声で叫ぶ少女に、またしても六人は唖然とした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※※ ※
「窓ガラス今すぐにでも直したいけど、直すとペディルが移動したっていう事実すら消えちゃうからしばらくこのまんまでお願いします」
「んーん。私は悲しいよ」
「なんかこの一時間で落ち込む人多くないっスか?」
肩を落とす仁。
仁はこの事務室にかなりの思い出があるようで、室内は常に綺麗に整っていることから、その愛情深さが伺える。
「無駄話はよせ」
冷酷な口調でそう告げたのは、本日の主役ーーペディルだ。
彼女は、何故かいつも仁が仕事時に愛用している回転式の椅子にふんぞり返って腰掛けている。
仁の悲しみの原因は、ここにもありそうなものだ。
「......実際、無駄話してる場合じゃないっスね。一刻を争う事態なんスから」
「んーん。そうだねえ、申し訳ない。では、本題に入ろう」
窓際の事務用の椅子にペディルが座り、その北東方向に位置するソファに六人が腰掛けるという、辺鄙な構図になってはいるが、話は進む。
お互いに敵意がないことを理解しているからこその体制だ。
何故かペディルからは一切の敵意を感じず、もはや仲間として接してしまいそうなほど和やかな空気が流れている。
だが、あくまでペディルは敵であるはず。
その違和感に新田はまだ答えが導き出せていない現状だ。
「ペディル。まず、君ともう一人のペディルの関係を聞かせてほしい。我々の混乱を紐解いていく必要があるのでね」
「ーーまず。私と橙色のペディルは別人だ。地上から太陽を視認出来る場所では、橙色のペディルが。それ以外は我が行動することが可能となる」
「なーるほどね。今は雲で太陽が隠れてるからアンタが出てきたと」
胡桃沢のまとめを聞き、新田も窓の外へと視線を移しながら納得を示す。
そもそも、橙色のペディルは、呼び出すことが不可能だったのだ。
何らかの制約で、行動が出来ないのだろう。
「......じゃあ今から晴れたらお前はどうなる?」
ソファに全体重を乗せ、両手を頭の後ろで組みながら問う気分屋。
「その瞬間、我は消滅する。それで、橙色の方がひょっこり出てくるはずだ」
「口調の割に可愛い表現使うなあ......」
今までの硬派なイメージが崩れ去ったことに、思わずツッコミを入れてしまう。
「ひょっこり......って表現がよく分からんのだが」
「簡単に言えば、入れ替わりが起きる。我の居た場所にペディルが現れるだけだ。それと、記憶は引き継がれるから、話が途絶えることはない。心配は無用だ」
「記憶は引き継がれるが、同一人物ではなく、身体が二つ存在すると?」
「ああ。そもそもの話、『太陽が視認出来る場所』ではペディルは行動出来るという制約だ。日本全体が晴れな訳ではないだろう? 今も、もう一人のペディルは行動しているし、リアルタイムで彼女の情報は入ってきている。先程記憶は引き継がれると言ったが、共有と言った方が正しいな」
少々ややこしい『ペディル』の制約の整理に一同が黙り込む中、不機嫌そうな顔をしながら気分屋が問う。
「......この前、オレはピーズ神殿で橙色と出くわしたんだが。最奥地じゃないから吹き抜けにもなってないし、普通に太陽は見えなかったぜ?」
「室内であっても、そこから太陽を見上げられると仮定した際に視認出来る場所ならば行動が可能だ」
「ふーん。なるほどな。確かにあの日は晴れていた」
「......んーっと、ちょっと考えたんスけど、なんかおかしくないっスか? 晴れたら入れ替わるって言ってましたけど、ここが晴れたら向こうのペディルの場所が雨になる訳じゃないじゃないですか。そしたら橙色のペディルがこの世に二人存在することになりません?」
「......説明不足が過ぎるな、申し訳ない。我が消滅した際、もう一人のペディルはどちらの身体を引き継ぐかを選択出来る。今回に関しては、貴様らの存在があるから間違いなく我との入れ替わりが起きる、ということだ」
消滅の際に、引き継ぐ身体を選択出来る。
我々一般人には到底理解出来ない概念である。
ーー何か引っ掛かる。
彼女にとっては当たり前になっているその入れ替わりという概念に、何か不条理があるような。
ーー端的に言えば、ペディルが何か嘘を吐いているような。
「ん......? じゃあ、今この瞬間に入れ替わりが起きたとして、そしたら捨てられた方のペディルの身体はどうなるの?」
「......その場で消滅するな」
「だとしたら、次に君ーー紫色のペディルはどうやってこの世界に現れるの?」
「......橙色と入れ替わって、だな」
「ーーじゃあ、やっぱりペディルって一人じゃん」
「ーーーー」
そう、おかしいのだ。ペディルが二人いると仮定すると、制約との関係で間違いなく矛盾が起きる。
雨-晴れの関係が晴れ-晴れに変化した際、ペディルは紫-橙から橙-橙となる。
そして、橙色のうち一つが消滅することにより、存在するペディルの身体は一つ。
その一つの身体を乗っ取りあってペディルが交錯する。つまり、結果的にペディルは一個体となる。
橙-橙になり、そこで消滅した身体を、その消滅した場所から太陽が見えなくなった時に紫が引き継ぐのかと思ったが、そうではないとペディル自身から否定された。
「......流石、アストレアの子といったところか。嘘はお見通し、なのだな」
バツの悪そうな顔で額に手を当て、これまでの発言が虚偽のものであることを肯定するペディル。
「コレに関しては単純に理論が破綻してたってだけだけど......嘘なんだね? なんでそんな嘘ついたのさ。というかどこまでが嘘なの」
「嘘は二個体のペディルが存在するってところだけだ。だから、今から晴れれば、我との入れ替わりは実際に起きる」
「そう。心は二人分存在するんだね。身体も、この世界に同時に顕現出来ないだけと」
「そして嘘を吐いた理由だが......我にも分からん」
「ーーーー」
「願望と現実の齟齬に嫌気が差した、そんなところだ」
ーーペディルのその言葉を受け、何故か、新田は何も言えなくなってしまった。
ペディルの発言は、不可解なものだ。
意味もなく、整合性もそこまで取れていない嘘をわざわざ吐き、その意味が本人にすら分からないという。
支離滅裂な妄言。
何の意味もなかったやりとり。
しかし、確かにその中には『ペディル』を知る為のヒントが隠されていたように思える。
それはペディルの悲しげな口調によるものなのか、違和感からくる勝手な想像なのかは分からないが、先のやりとりを無意味として片付けるのは間違っているような気がしたのだ。
「なんでそんな制約があるの?」
と、またしても静寂が訪れた事務室に音を取り戻したのは、依然として平常の面立ちを崩さないジャスパーだった。
「......申し訳ないが、それは答えられないな。名目上は敵である上、個人的な話だ。聞かせたいものではない」
「その名目上は敵だとか、真の護衛者だとか、さっきからちょくちょくあたし達の味方感出すのなんなんスか?」
その有紗の指摘に、新田は同意の念を込めて頷く。
そもそも、不可解なのである。
突然嘘によって呼び出されたのにも関わらず一切動じない彼女の素振りが。
人間とピーズ達は、相容れない存在のはずだ。
たしかに、ピーズの意向によって生かされている部分はあるが、ピーズは最終的には我々を殺そうとしているわけである。
生かされている現状があるとしても、人間たちにとってはピーズは敵であるのだ。
つまり、ペディルは先程、敵意を持った集団に囲まれていたと勘違いしてもおかしくない状況であった。
にも関わらず、冷静な振る舞いを崩さなかった。
よほど自分の実力に自信があるのか、或いはーー。
「......貴様らは、考えたことはなかったのか?」
有紗の発言に、大きく息を吐いてから、ペディルは問いかけるように切り出した。
「ーー何故、我々は夜中に襲撃されないのだろうか、と」
「ーーーー」
その問いかけに、新田は小さく息を飲んだ。
それは、何度も考えた。
アストレアの子を殺すことだけが、ヘルメス軍の狙いである。
どんな手を使ってでも、標的の三人さえ殺せば彼らの任務は達成なのだ。
真っ正面から戦いに挑む必要なんて皆無なのである。ずる賢い手を使い、殺害に及んだとしても、それはヘルメス軍の立派な勝利である。
実際、新田もライズワールド転移後の数年間は、夜中を一番怖がっていた。
就寝中に静かに殺される可能性は、非常に高い。
だが、気分屋が何度もこう言っていた。
ーー夜中には、何故か絶対襲われない。
思い返せば、幸耀も夜中の心配をしていた。
だが、新田はその時、『そういうものだ』として説明した。
そう、この世界において、夜中に襲撃が起きないのはヘルメス軍の習性であり、『そういうもの』。
当然の理として考えていたのである。
「教えてやろう。まあ、既に察しは付いているだろうが」
ーーペディルの言う通り、察しが付いている。
いや、でも、有り得ない。
仮に、この想定が当たっているのだとしたら、ピーズという生き物が、分からなくなる。
「夜中、貴様らの安全を守っていたのは、我だ」
「ーーーー」
「我が、一人で貴様らへの襲撃に対処していた。日が沈んでから、日が昇るまでの間。ずっと」
ーーあり得ない。
そんなことが、あって良いはずがない。
「ちょっと待って。気分屋が転移したのは二十二年前のはず。その時から、ずっと護衛を?」
思わずソファから乗り出して疑問を投げかける。
彼女は、いつの間にか窓の外へと視線を向けていた。
「......いや、それは違うな」
その言い草に、新田の背筋が凍る。
その否定は、まるで、新田に浮かんだ最悪の考えを肯定しているようで。
「ーー我は、二百年前から、政府本部の護衛をしている」




