4話 『襲撃』
「はずれくじ? 俺、またなんかやっちゃいました?」
「......それはずれくじ引いた人のセリフじゃないから」
はずれくじ。
運悪く不幸な立場に選ばれた。そんなニュアンスなのだろうか。
ただ、先までの流れからして、Xという文字は常人の枠に収まりきらない特別枠のような響きを感ぜざるを得ない。
「......何か俺が特別な人みたいなそういう流れじゃないんですかこれ。それともABCの枠に収まりきらないただの社会不適合者的な?」
「ーー特別」
幸耀の発した言葉の中の一部分だけを反復した胡桃沢は、その美しい顔を歪ませていた。
「え?」
「そうだね。ーーキミは、特別な存在だ。なぜなら」
幸耀が胡桃沢の意味深な発言の意図を探る間に、彼女はまたしても黄色い傘を取り出し、自身の体を覆うように広げて前に突き出した。
「ーーキミはこれから命を狙われる存在になったんだからね」
直後、銃声が神殿に響き渡る。音が反響する構造なのでどこから音が鳴っているのかは分からなかったが、胡桃沢の広げる傘から火花が飛び散っているのが見えた。
「キミは危ないから......とりあえず私の傘を持って、さっきの私みたいに自分の身を覆い隠してて。この傘頑丈だから、どんな銃弾が当たっても壊れたりはしないよ」
胡桃沢は傘を幸耀に投げ渡す。しかし、状況が理解出来ていない幸耀は当然疑問を口にする。
「え、いや、銃弾って、意味が分からな......」
困惑を口にしきる前に、ピュン、と聞き馴染みのない音が渡された傘の先端を掠めた。直後、そこから煙が立ち込める。
これは、実弾だ。
ーー二度目の、命の危機。
視覚と聴覚でそれを本能的に理解した幸耀は、すぐさま前方からの銃撃に備え、傘を広げる。刹那、もう一発の弾丸が傘に直撃した。この傘が無ければ、危うく左眼を撃ち抜かれるところであっただろう。
「どんだけ硬いんだよこの傘......」
しかし、胡桃沢は大丈夫なのだろうか。この丈夫な傘無しで、どうやって敵襲と戦うつもりなのだろう。
「ふん、優秀なボディガードがいたもんだな。アストレアの子だと判明した瞬間に襲撃すれば、問題なく始末出来ると思っていたが」
「生憎、そういう輩の考えは仁さんがお見通しなのよ。だからこの私、胡桃沢 暁美が案内人をしている」
「......! 胡桃沢 暁美! 変幻自在の傘使いだな?」
「ふふん、そんな呼ばれ方してるんだ。ーーなんかダサいかも」
何者かと会話を繰り広げる胡桃沢の声が聞こえる。今なら銃弾が飛ぶことはないと判断した幸耀は、ちらりと傘から顔を出し、状況を覗く。
青い傘を持つ胡桃沢と相対するのは。よく肌が焼けたスキンヘッドの中年の男。彼は二丁のピストルを手にニヤニヤと下卑た笑みを浮かべていた。
彼のピストルを興味ありげに眺めた胡桃沢は、その後自身の手に持つ青い傘に視線を落としながら呟いた。
「良いなあ、武具系。私も武具系に生まれてみたかった」
「はん、テメエのその傘、武具よりも物騒なモンが搭載されてるって聞くけどな。世にも珍しい、戦闘型道具系、だったか」
「でも見た目が傘なんだもん。あまりカッコ良くはないな」
「......戦闘力があることは否定しねえってか」
肩をすくめて首をゆらゆらと揺らす胡桃沢に、舌打ちをしながら男が吐き捨てる。
両者の闘気が高まるのを感じる。男は苛立ちを、胡桃沢はワクワクを抱え込みながら。
そんな両者の様子を伺いながら、幸耀は一つの可能性を考えていた。
ーー嘘の能力はこの世界でも通用するのではないか。
この世界の名前は『ライズワールド』と言っていたはずだ。恐らく『Lie’s World』なのだろう。直訳すると、『嘘の世界』だ。
「......普通ワールドオブライ、じゃね?」
何やら英語的な違和感があるが、今は気にしないことにする。
いずれにせよ、この世界には嘘との関連性があるように思えるのだ。
それに、胡桃沢が見せた、傘をマジックのようにどこからともなく取り出す芸当。あれは幸耀の嘘の能力に類似している。
そしてどうやら幸耀はこの世界にとって特別な人物らしい。水晶玉を見た後の胡桃沢の態度と、自分を殺しに来る輩の存在からして、それは火を見るよりも明らかだった。
「ともなれば、俺が現世で嘘の能力を使えていたことと無関係とは考えにくい」
幸耀はゆっくりと息を吸い込み、誰にも聞こえないような小さな言葉で呟いた。
「俺は黄色い傘を持ってあの男の背後に立っている」
瞬間、景色が一変。日に照って輝く男の後頭部が視界の半分を占める。
ーー嘘の能力は、この世界でも通用する。
「......!?」
異変に気づいた男はすぐさま振り向いて銃を向けようとするが、遅い。
「おりゃ」
「ぁがっ......!」
強靭な黄色い傘で頭を叩かれた男は、白目を剥いて気を失った。
そうして硬い石の床に仰向けに倒れ、激しく痙攣する男の姿を五秒ほど見つめる。
見つめて、見つめて。そうして幸耀は正気に戻る。
「......あれ? これ正当防衛なのか? やりすぎ? つかこの人死んだらどうしよ、罪の意識で寝れなくなりそう」
五秒の空白の間に、初めて人を物理的に傷つけてしまったことに罪悪感を覚え、幸耀はあたふたとその場をグルグルと回り始めた。
そんな様子を見ていた胡桃沢は、
「ずるいなあ」
と、嫉妬心を露わにして嘆息した。