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僕は世界一正直者です  作者: ふれい
第二章 『業を背負って』
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33話 『矛盾』

 今日も今日とて、ニュートラルビル付属の庭にて特訓を行う。

 雨が降らないここ数日、新田の心境に渦巻くのは不安と焦燥だった。


 ーー早く可視化を習得しなければ、迷惑がかかる。

 ーー早くニルヴァのエネルギー量を確かめなくては。


 ーー早く、皆の役に立たなくては。


 そのためには、目の前の男の試練に打ち勝つほか方法は存在しない。

 心に渦巻く不安材料は一旦放置しなければならない。


 放置して、今見るべき相手を視野に入れる。


 二人目の特訓相手、仁。

 彼のエネルギーの可視化は、芽衣よりも遥かに難易度が高かった。


「三十七」


「五十三だねえ」


 芽衣の時は、誤差十にまで抑え込むことは容易だった。むしろ、その時は十ですらまだまだだと自分を鼓舞していたのだ。


 だが、仁との特訓開始から二日経った今でも、未だに誤差十には到達出来ていない。


「なんで......こうも上手くいかないんですかね」


「んーん。エネルギーというのは、基本的に魔法を発した瞬間に消費されるものだ。だが、芽衣は特殊で、発したエネルギーが常に眼鏡に留まり続けていた。そこの違いが、大きな難易度の差なのかもしれないねえ」


「なるほど......確かに言われてみれば、僕はずっと芽衣さんの眼鏡にばかり注目していて、芽衣さん自身から溢れるエネルギーを感じれてなかったように思えますね」


 つまり、芽衣との修行は初歩中の初歩。

 補助論付きでのレッスンだったということだ。


「んーん。基本的に魔法系は私みたいに放出するタイプのエネルギーだから、私の可視化は実践へと繋がる。言い換えれば、私の特訓の打破は絶対条件だ......君を慰めるための嘘は言えないねえ」


「ーー嘘」


 その単語は、新田にとって最も身近である。

 そしてその身内が、耳から脳に入り込んだとき、そこに弾けるのはとある考えだ。


 これまで、新田は魔法を使用することによるエネルギーの消費量ばかりに注目していた。


 無論、この特訓の目的は、ニルヴァの残りエネルギーの把握なので、全くおかしなことはしていない。

 

だが、新田には、魔法だけでなく、もう一つ、自身のエネルギーを消費する術がある。


 そこに、注目するべきなのではないか。


「......仁さんって僕が嘘をついたときのエネルギーは可視化出来るんですか?」


 嘘によるエネルギー消費。

 これは、間違いなく異質なエネルギー消費方法だ。

 何せ、物体を顕現させるわけでもなく、特別、五感に作用するわけでもない。


 芽衣にも、仁にも当てはまらない、異質中の異質。


「......嘘が真実になるように世界が改変される以上、エネルギーを使った、という事実すら無くなるんじゃないかねえ。だから不可能、が答えかな」


 仁は柳色の髭を手先で遊ばせながら答えた。

 言われてみれば、当然の発言である。

 嘘を嘘だと見抜ける存在ーー気分屋と、赤の少女以外には、そもそも嘘を吐いたという現実そのものが書き換えられてしまうからだ。


「そうですかあ............あれ?」


 そこでもう一つの疑問が湧き上がる。


「嘘を吐いた事実が掻き消されているのに、自分の中のエネルギーは消費されてるのって、なんか矛盾してませんか?」


「ーーーー」


 例えば、真下の地面に花が咲いている、という嘘を吐くとする。

 そうした場合、新田が瞬きをすれば、眼下には綺麗な花が咲いているはずだ。


 そして、他者からすれば、その花は元々その場所に咲いていたように映る。

 花の存在を、当然のものとして認識するのだ。


 新田の存在を、抜きにしても。


 ーーそれは、矛盾に他ならない。


「......んーん。確かに、考えたこともなかったねえ。気味の悪い、おかしな感覚だ」


「......ちょっと、試しに仁さん自体に作用しない嘘、吐いてみます。仁さんは僕のエネルギーの可視化をしてみてください。それと、僕の今のエネルギー残量を数値化して言ってください」


「九十七、だよ」


 九十七。

 嘘の能力は魔法に比べてエネルギーの消費量が高い。花を咲かせる程度でも、五ほどの消費は避けられないだろう。


 嘘を吐いた、という記憶が仁になかったとしても、新田のエネルギーの残量の変異を調べることで発見はあるはずだ。


 適当な地面に人差し指を向ける。

 そして、小さく息を吸って、呟いた。


「そこに、ハイビスカスの花が咲いている」


 ハイビスカスであることに特に意味はない。

 嘘を吐く際は内容が具体的でないと上手くいかないことがあるので、たまたま最初に思い浮かんだ種類を言っただけだ。


 瞬きをする。

 瞬間、指を差した地面からは、濃厚な赤を身に纏った美しい一輪の花が咲き誇っていた。


 嘘は、機能した。

 

 そのことに何故か安心感を覚えつつ、ゆっくりと仁へ視線を向ける。

 仁の様子はいたって普通だ。顎の下に手を添えて、考えるような姿勢で新田を見つめている。


「......花を、咲かせました。そこに」


「ああ、咲いてるね。これは、私からしたら元々ここに咲いていた花だ」


「......ええ」


 奇妙な感覚。

 自分の言霊一つで花が現れるのもそうだが、他人の記憶が弄られているのが最も気味の悪い感覚だった。


「そして、君からは一度たりとも、エネルギーの放出を感知することはなかった」


「......僕には、エネルギーを消費した感覚があります」


 ここにエネルギーを巡る齟齬が生じる。


 仁の言うことが正しければ、仁の世界線では新田はエネルギーを消費していないことになるのだ。

 

 一方、新田のエネルギー量は確かに減っている。これは感覚的もので、数値化出来ている訳ではないが、事実だ。


「......今、僕のエネルギー残量は?」


 形容し難い緊張感が辺りに漂う。

 握りしめた拳は手汗が滲み、喉の渇きが平常より早いように感じる。


 なぜ、緊張しているのかは分からない。


 記憶をいじったことによるものなのか、妙な間から生まれるものなのか。


 ーーはたまた、知りたくない事実を、予感していたからなのか。


「九十七......だねえ」


「ーーーー」


「......おかしなことが、起こってるねえ」


 アストレアの子に付与された、夢のような能力。

 その力は、便利ではあるものの、何もかもが不安定であるように思える。


 そもそも、事実と違う事柄ならば、なんでも真実に書き換えられるのか。

 弄られた記憶に、あり得ない矛盾が生じてしまうことはないのか。


 ーー書き換えた現実は、真実なのか。


 嘘が人を騙し、世界を騙しーー嘘吐きを騙す。


 記憶を巡るサイクルの不確かさに、新田は頭を抱えた。

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