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僕は世界一正直者です  作者: ふれい
第二章 『業を背負って』
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32話 『嘘吐きと嘘吐き』

「やァ。来客とは珍しイ。歓迎しようじゃないカ」


 耳障りの悪い声で歓迎を口にしたのは、屠殺と悦楽の神、ピーズだ。


 ピーズ神殿地下一階。

 最奥部に存在する、水晶玉の台座。その真下には、地下への道が隠されていた。


 地下の存在は、仁 彼方がピーズを封印したという伝記から明らかにはなっていた。実際にはピーズは封印されていなかったわけだが、地下の存在自体に嘘偽りはなかったようだ。


 隠された通路。そんな響きに誘惑され、水晶玉を力づくで動かして地下へ向かおうとした者は何人かいたという。


 だが、実際に地下に辿り着いた者は、誰一人としていなかった。

 

 理由は単純明快。

 地下から溢れ出る禍々しさに、恐怖に。

 それらに打ち勝てる者など、いるはずがなかったからだ。


 そんな危険区域に、単独で乗り込んだ人間が一人。

 それは、怒りと焦りに表情を強張らせた、茶髪の男。


「閑谷 芽衣をどこにやった......!?」


 最強の男と、最恐の異形が、薄暗い地下にして対峙していた。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「おイおイ。早とちりはよせヨ。ボクが閑谷 芽衣を誘拐して何のメリットがあるっていうんダ」


 気分屋の怒りの形相に、怪訝な態度で対応するピーズ。来客に喜びを感じ、うねらせていた蛇型の頭部はいつの間にかその動きを停止していた。


「メリットはお前自身だろうがよ......」


「......あはァ。そこまで分かってるなラ、『嘘』突き通しても無駄だネ。そだヨ、ボクが誘拐の指示出しタ」


 あっけからんと肯定を口にするピーズ。

 

 分かってはいた。分かってはいた事実だ。


 ーー先の、芽衣の変装者による一件。

 あれは、ヘルメス軍の仕業ではなく、ピーズの関係者によるものだとすぐに気づくことが出来た。


 ここ四日間、一度も騒ぎを起こさなかったヘルメス軍が、芽衣を誘拐し、さらに変装をして気分屋にまで手をかけるほど力を使うとは到底思えなかったからだ。


 そういった考えから、ヘルメス軍は犯人からすぐに省かれたが、ピーズの手下という選択肢と、人間による仕業という選択肢が残されていた。


 変装自体は特殊系魔法の一種。カメレオンとの混合天使のような、人の視覚や聴覚を弄ることであたかも変装したかのように見せる能力である。

 つまり、人間でも変装は可能なのだ。


 だが、その可能性は襲撃者の一言によって掻き消された。


 ーー人間、やっぱ馬鹿かもな。


「テメエらは人間、見下してるもんなあ......」


「うーン、それは心外だナ。ボクは人間好きだヨ。ーー強いヤツに限っテ、だがナ」


 ピーズの手下が芽衣を誘拐したとすれば、指示を出したのはピーズ自身である。それは、ペディルという少女に出会うまで、一度たりともピーズの手下なるものと遭遇しなかったことから明らかだ。


 ピーズが長い眠りから目覚め、その手下も活動を再開している。世界の情勢が、変わっているのだ。


「腐れ外道が......」


 目の前の怪物が芽衣を誘拐した。

 その考えを頭で予め理解しておくのと、事実を突きつけられるのでは、脳の処理は全く別の感情を呼び覚ます。


「......殺すぞ、お前」


 それは、殺意だ。


 素早い動きでトランプを取り出し、ハートを狙って引く。両手に宿る氷魔法のエネルギー。それを、目の前の異形に向かってーー、


「死ね」


 氷のような冷たい視線と共に、殺意をエネルギーに込めて発射する。生成したのは拳大の大きさの礫だ。

 それらは無数の軍勢を成し、異形の醜い姿形を粉々にする勢いで向かっていく。


 地下の脆い壁は礫一つでひび割れる。それが何度も激突し、正面の壁は既に原型をとどめていなかった。


「うーン、申し分ない威力。だけド、同じ氷魔法なラ、彼方の方がゾクゾクしたかナ」


 ーーピーズに向かって放ったはずの礫が、全て壁に衝突している。それはつまり、標的には一つも攻撃が当たっていないことを示していた。


「うるせえよ」


 異形の挑発には付き合わない。

 次はクラブを取り出し、瞬間、右手にバールが顕現する。


「うわァ、普通に鈍器」


 取り出された物体を見て、半歩下がった感想を口にするピーズ。そんな彼の真下に瞬間的に潜りこむ。


「おっト」


「死ねや、俗物」


 異形の胴体には大きな口が空いている。

 基本的に閉口しておらず、ニヤニヤとその口角を上げていることがほとんどだ。

 つまり、その口は異形の弱点となり得る箇所である。


 バールをその口に突っ込む。

 頭部を叩こうにも、そもそも頭部が蛇状なので、人間のように殺傷効果があるかは分からない。


 ならば長い鉄棒を喉奥まで差し込めば、幾分かダメージに繋がるのではないか。そういう考えあっての行動だった。


 そんな気分屋の行動は。


「ンー、不味イ。次はチュロスでも持ってきナ」


 バールと共に、無数に生えた黄色い歯によって打ち砕かれた。


 バリバリと不愉快な音を立ててバールを食すピーズ。そして、ピーズの眼下。そこにいるのは武器を失った生身の人間。


 それはもう、無防備と形容するのが最も正確で。


「しまっ......」


「水魔法・アイル」


 失態を口にし切る前に、異形が魔法を唱える。

 六つの手の内、四つの手から莫大な量の水が流れ出す。


 ピーズ神殿の地下一階は天井が狭い。

 地上へと繋がる階段は二十メートルほど先。

 すぐさま逃げなければ、地下は水が満たし、溺死は避けられない。


 嘘を使えば回避は出来たかもしれない。

 しかし、水魔法は明確に気分屋の呼吸器官を潰しにいく。尋常ではない量の水が一気に口と鼻に入り込み、吐き気を催す。


 だが、意識はある。

 すぐさまトランプを引き抜くと、金属バットが顕現した。


「ーーッぷ」


 その金属バットをすぐさま自分の鳩尾めがけて叩きつける。衝撃で入り込んだ水を嘔吐感と共に吐き出し、呼吸器官を再生させた。


 ともなれば、選択肢は一つ。


「......オレはニュートラルビルにいる」


 この場からの撤退だ。


「あのさァ。大事な女連れ戻すためにここまで威勢よくやってきテ、すぐ逃げるのどうなノ? なァ、『最強の男』さんよォ」


「ーーは?」


 その刹那、前方に突然現れた異形に反応することも出来ず、気付けば気分屋の視界は真っ暗になっていた。


 頭部がキシキシと痛む。

 異形の大きな手で、頭を掴まれている。

 視界が見えないのは、真っ黒な手で視界を覆われているからだ。


 暗闇の視界が、気分屋の思考をある一つの疑問で埋め尽くさせる。


 ーー何故、嘘が機能しなかったのか、と。


「おイおイ。思っていた以上に手応えなくてボクはがっかりしてるヨ。あの女を餌にオマエに本気を出させれバ、面白い勝負が出来ると思ったのにナ」


「......何が、目的だ......ゴホッ」


「目的? さっき言ったじゃン。オマエとの勝負だよ。それも分からないようじャ、ボクには勝てなイ。現世とやらもおしまいかもナ。ボクがチョロっと本気出せバ、アストレアの子もみーんな死ヌ」


 幸耀と同じだ。

 幸耀は、赤の少女とやらに、嘘の無効化によって刺されたものと思われる。


 その過ちを、気分屋は繰り返してしまった。

 新田に散々言われていたはずだった。


 赤の少女以外にも、嘘を無効化する存在がいるかもしれないと。

 そんな生物がいるのならば、それは異様なオーラを放ち続ける異形こそが適任であるというのに。


 兄弟の死によって得られた情報を、気分屋は生かすことなく死ぬのか。

 情けなさと申し訳なさで、気分屋は今すぐにでもこの場からいなくなりたい気分だった。


「......早く殺せ」


「ははン、本気で何も分かっちゃァいねえナ。オマエ。ここでオマエは殺さねえヨ」


「......それこそ、何の目的が」


「ーーそれガ、ボクの生きる意味だからダ」


 その言葉を最後に、ピーズは気分屋の体をぽいと投げ捨てた。満ちていたはずの水は、いつの間にか消え去っていた。硬く冷たい床に体を打つ。


「あの女がいなくなったのは失敗だったようだナ。オマエは怒りや焦りに身を任せすぎて、全く本来の力を出せていなイ」


「なんだか分からんが......なら、芽衣を返せ」


 痛みに顔をしかめながら異形に命令する。

 芽衣を利用して気分屋に戦闘の意欲を立たせた、それはピーズの在り方としては間違っていない行動だ。


 だが、その目論見が上手くいかなかった以上、もう芽衣の存在を返しても良いだろう。

 何せ、芽衣の不在が気分屋の不調を生み出したのだから。


 気分屋の要求に、反対される準備は出来ている。

 気分屋は敗者だ。

 芽衣を返せと言われて、素直に返すとは思えない。

 だが、気分屋はただひたすらに嘆願するしかない。


「ん? あァ、ごめン。芽衣をボクが誘拐したってのは嘘だヨ」


「............は?」


「嘘。オマエらの得意な、嘘ダ」


 芽衣を誘拐した、と告げた時と同じように、あっけからんとした態度でピーズはそう言った。


 一体、どういうことだ。

 気分屋の脳内を埋め尽くしたのは、ただただ膨大な無理解。


 何の意味があって、そんな嘘を。

 ピーズの言うことが本当ならば、一体芽衣を連れ去ったのは誰なのか。

 はたまた、既に芽衣はその命を失っているのか。


 絶望的な思考が幾度も脳裏を徘徊する。

 分からない。分からない。


 目の前で、悦楽に身を捩らせる異形がいること以外、何も、分からない。


「何もそんなに困惑することないだロ。単に、オマエと戦いたいから適当な嘘吐いただケ。ボクの手下たちがその女を攫ったかもしれないけド、ボクは無関係ダ」


「ーーそう、か。芽衣は生きてるのか?」


「知らんけド、まあそうなんじゃなイ? あの女もなかなかイイ魔法を扱ウ。アレを殺したラ、ボクがそいつらを殺すしネ」


 芽衣が死んでいないという仮定に安堵はない。

 だが、ピーズという化物に敗北して、しかし殺されない現状から、気づいたことがある。


 ピーズ本人は、基本的には無害なのだ。


 ピーズの言うことが本当ならば、先程芽衣を装った敵襲は、ピーズの指示とは関係なしに動いた手下。


 ーーピーズは、ただただ気分屋と戦いたかっただけなのである。


 そんな在り方が、人々に快楽殺人鬼(サイコキラー)などと呼ばれる所以なのだろう。


 目の前の怪物は狂っている。

 だが、その狂い方には、無理解はない。

 彼は彼の欲求を満たすためだけに生きているのだ。


「ああ、そうか。安心したよ」


 ならば、気分屋がすべきことはただ一つだ。


「お前以外の全員、ぶち殺せば全部済むんだな」


 その言葉に、ピーズは口元を歪ませる。

 上がった口角は胴体を突き抜け、黄色いギザ歯が気分屋を奨励する。


「あァ。その通りダ。ーーそれが出来たラ、またここに戻ってきナ。たダ、つまらん殺し方でもしたラ、ボクはオマエを見限ってすぐさま殺ス」


「つまらん殺し方......めんどくせえな。まあ、何はともあれ、目的がハッキリとした。感謝する」


「ーー人間ハ、やはりよく分からないナ」


 ピーズがボソッと呟いたその言葉に、どんな意図があったのかは汲み取れなかった。


 だが、そんなことは今はどうでも良い。


 気分屋の目的が一つに定まった。


 気分屋はライズワールドに来て以来、ただ気分でこの世界を生き抜くことだけを目標としていた。

 言ってしまえば、目標など何一つとしてなかった。


 だが、芽衣が奪われたことにより、初めて気分屋が抱く感情があった。

 それが憎悪なのか、感謝なのか、それらはごちゃ混ぜだ。


 ごちゃ混ぜになった感情を放置して、今はただ標的に狙いを定める。


 瞳に赤い炎を宿す気分屋を見て、ピーズが言った。


「あァ、それだよソレ。ゾクゾクするヨ。そんなオマエが見たかっタ」


 地上へと繋がる階段から溢れる光を、眩しそうに見つめながら。


「なァ、そうだろウ? ーー星宮 楓」


 その言葉は、既にこの場から去っていた気分屋には一切届くことはなかった。

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