31話 『異常事態』
予想外の奇襲にあったものの、気分屋曰く、しばらくは平穏な日々が続くとのことだったので、新田はエネルギーの可視化の特訓に精を出していた。
特訓相手は芽衣ではなく、仁だ。
「んーん。芽衣のエネルギーは物質に籠もっていたが、私は魔法としてエネルギーを放出する。つまり、動くエネルギーを正確に数値化しなければならない。芽衣より、難易度は高いねえ」
「な、なるほど......がんばります」
仁は光魔法を特性としている。
光魔法というのは応用が効きやすく、単に光明を作ったり、光をレーザーとして活用したり、雷や爆発を起こすことも出来る。
いずれにせよ、光速の魔法自体のエネルギーを追うのは無理があるので、術者自身のエネルギーの流れを汲みとる形になりそうだが。
「んーん。言い忘れていた。詠唱めんどくさいから魔法陣展開した状態で魔法出すよ。魔法の威力は上がるんだけど、別に数値には変化は特にないから大丈夫」
魔法陣の上に乗った際、術者は様々な効果を得ることが出来る。その内の一つに、魔法威力の上昇というものがある。
作り出したエネルギーが、通常時より数値が上がった状態で放出される、というイメージなのだろう。
つまり、仁自身のエネルギーの流れを予測する分には、全く問題はないということだ。
「んじゃ、始めるよお」
「......はい」
仁が庭に放った轟く幾多の雷鳴は、何やら不吉なことが今後起こるかのような、妙な禍々しさを孕んでいた。
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「気分屋さん。ピーズのことで相談が」
トントン、と焦げ茶色の扉をノックし、丁寧な言葉遣いで喫煙所に入室したのは、眼鏡をかけた芽衣だ。
新田のために図書室が用意されたように、気分屋にも喫煙所と称した部屋が与えられていた。
基本、気分屋はニュートラルビルには滞在していないので、もぬけの殻になっていることが殆どというのが現状ではあるが。
「......珍しいな。いつもは仁さんのところに行きつけだってのに」
「ピーズに関しては気分屋さんの方が知識が多いと判断したまでです。逆にピーズ以外の知識は欠落が激しすぎますので」
「わお、流れるようなディス」
日常茶飯時ではあるのだが、芽衣が気分屋を皮肉る際の頭の回転の早さには、毎度驚かされる。
「で、何を聞きたい?」
「ピーズへの理解度です。......貴方とピーズは似ている。ですので、どこまで思考が読み取れているのかと」
芽衣がここまでピーズに執着心を見せるのは、昨日の一件からであろう。気分屋が敵を逃したことに対する、納得出来る理由を模索している、と言ったところだろうか。
「......ピーズとオレが似てる、ねえ。まあ言いたいことは分からんでもないけど、オレ、あんなに極悪非道じゃねえよ?」
「根本的なものは同じではないですか?」
「......はっ、そうか。なるほどな。ーーお前は、オレのことも、ご主人様のことも舐め腐ってるってか」
鋭い目を芽衣に向け、すぐさまトランプを取り出す。適当に引いたのはスペードの六。
気分屋の手元にハサミが顕現し、それを芽衣の首元に突きつける。
「......どういうおつもりですか?」
「こっちが聞きてえわクソ。閑谷 芽衣はどこに行った?」
「......? 私ならここにいるじゃないですか」
「オレの前で嘘ついて良いのは新田だけなんだよバカが」
目の前の彼女の態度に苛立ちを露わにした気分屋は、持っているハサミを喉元目掛けて振り下ろした。
驚愕に大きく広がる芽衣の双眸。だが、気分屋はお構いなしの姿勢で、手に握った凶器をスピードを緩めることなく振り下ろす。
このままでは、自身の専属護衛の喉元がかっ切れる。ハサミといえども、されどハサミ。立派な凶器だ。
ーー芽衣の口元が、醜く歪んだ。
「なーんちって」
彼女らしからぬ嘲るような口調でそう言った芽衣は、俊敏な動きで振り下ろされるハサミを刃元から握った。
ハサミの動きは芽衣の掌の中で停止し、気分屋の筋肉はそれを押し入れようと震える。
「人間は頭は良いが、力が無いなあ。可哀想に」
「テメエより頭がある人間に生まれてきたことに感謝するぜ。母親のことは憎たらしいが」
「......どうしてニセモノだと分かった?」
いつの間にか芽衣の低く、それでも優美さを纏う声色は消えており、芽衣の衣を身につけた何者かは、その地声を露わにしていた。
声帯が変化したとは考えにくい。声や表情は芽衣のものとまるっきり変わっているが、姿形は芽衣そのものだからだ。
「テメエは敵の観察が足りてなさすぎる。芽衣は普段眼鏡なんてしねえんだよ。似合わねえから」
「......たったそれだけで判断したのか?」
「当たり前だろ。オレはアイツのことよく見てんだ」
「......人間、やっぱ馬鹿かもな」
ニヤリと笑った何者かは、瞬間、自身の手の力を緩めた。そしてハサミはその掌を抜け、勢いよく喉元に突き刺さる。
少量の血が気分屋の白い服に付着し、暫くすると、芽衣の体はその動きを停止した。
「......マジで胸糞わりい。体を乗っ取ったってわけじゃなさそうだから勢いよく殺りにはいけたが......最悪の気分だぜ」
停止した芽衣の体はいつの間にか灰色の塵と化し、その場所にひらひらと屑が舞う。
体を乗っ取ったのではなく、変身の類だと判断出来たのは、肌に感じたエネルギーにほんの僅かな違和感
があったからだ。
魔法を使用していない間はエネルギーは溢れない。
だが、芽衣は五感に作用する魔法だ。彼女は日常生活においても、索敵を常に行うために触覚や聴覚を強化していた。
だからエネルギー自体が溢れていることに違和感はない。その性質が異質なだけだ。
変装、変身といったものも特殊系の魔法に分類されることがあるという。襲ってきた何者か自身の魔法なのか、他者の魔法を利用したのかは不明だが、いずれにせよ変身の間はエネルギーが溢れ出る。
単に体を乗っ取ったのであれば、溢れ出るのは芽衣のエネルギーのはずだ。
「芽衣はここにいる」
嘘を吐く。だが、何も起こらない。
気分屋はエネルギーが少ないため、東京から九州くらいまで離れた所への転移は不可能だ。
だが、芽衣はニュートラルビルに滞在していたはず。その距離なら何の問題もなく転移が可能だ。
つまり、何か異常事態が起きている。
「......クソッ」
金属製のスタンド型の灰皿を思い切り蹴飛ばす。耳障りな金属音は、一人しかいない喫煙所に虚しく響いた。




