29話 『怒り』
「三十五」
「三十六です」
「八十二」
「ピッタリです」
「七」
「八です」
エネルギーの可視化特訓二日目。
天気は曇りだが、周りが発するエネルギーによって特訓の妨げになっても良くないので、本日もニュートラルビル付属の庭にて、二人きりで特訓をしている。
「大分良くなりましたね。素晴らしい成長スピードだと思います」
「ありがとうございます。ただ......これ、芽衣さんの癖みたいなものを掴んでいるだけで、エネルギーの可視化とは言えないんじゃ......」
芽衣の発するエネルギー量はほぼ完璧に当てることが出来るようにはなった。だが、それは大量の試行回数によって、パターンを暗記しているようなものでもある。
つまるところ、この特訓によって、ニルヴァのエネルギー量を推察することは不可能なのではないか、という疑問が脳内に渦巻いているというのが現状だ。
「あ、それに関しては大丈夫です。この後は仁さんと、もう一人、実力派の魔法系の方に特訓の話を通しておきました」
「文脈がなんかぶっ飛んでるような......」
何が大丈夫なのか、というありきたりなツッコミを我慢して、新田は詳しい話を促す。
そんな彼の様子を見て、説明不足を誤魔化すように咳払いをして芽衣が続けた。
「......私含めた三人の方々に対して、エネルギーの可視化を正確に行うことが出来れば、ほぼ全ての魔法系のエネルギーの可視化が出来るようになるということです」
芽衣だけのパターンではなく、色々な術者のエネルギーの可視化を行うことで、暗記ではなく、応用が効くようにするということだろうか。
理論自体は正しそうではある。
誰にでも可視化を適用させることが目的なのだから。
しかし、新田には引っ掛かることが一つあって。
「......にしては三人って少なくないですか?」
「......エネルギーの可視化が出来る術者しか、特訓相手にならないんですよこれ。エネルギーの数値を自分自身で分かってなきゃいけないですからね」
「......その芽衣さんの言い方的に、まさかとは思うんですけど」
「はい。エネルギーの可視化が可能な魔法系は三名しか存在しません」
「ええ......」
「それほどエネルギーの可視化が難しいということですよ」
芽衣だけのパターンを見極めることは、時間さえかければ誰でも出来るように思える。
それを三人分繰り返せば良いのだから簡単、というのは間違いなのだろう。
三人から全体へ可視化を拡げることの難易度の高さを、可視化達成者の人数が物語っている。
「......了解です。というか、気分屋はダメなんですか? 彼の口ぶり的に、可視化を習得してそうなものですけど」
少し自慢げにエネルギーの可視化を説明した気分屋を思い出す。
ライズワールド最強と名高い男だ。
無論、エネルギーの可視化を習得していておかしくない実力者であるはず。
「気分屋さんの道具は特殊でして。まさに気分でエネルギー消費量も定まる道具なので、特訓には向いてないんです。先程、可視化が出来ているのは三人と言いましたが、それは魔法系に限った話です。武具系や道具系でエネルギーの可視化を習得している人は、気分屋さん以外にも何人かいたはずですよ」
「なるほど。特訓相手になるのが三人のみって話なんですね」
気分屋も習得していた事実にまずは安堵する。
あれだけ自信を持って説明をしていた男が、実は出来ませんだなんてとんだ笑い話だ。
「ところで、芽衣さんが初めてエネルギーの可視化に成功したって話ですけど......」
「はい」
「芽衣さんは誰を特訓相手にしたんですか?」
話を転換し、またもや疑問を投げかける。
気分屋が、芽衣がエネルギーの可視化が出来ることを証明した立役者であることは知らされている。
芽衣は初めての習得者なのだ。
つまり、芽衣以外に誰も可視化が出来ていない、そんな状況で可視化を習得したのだ。
「......私、視覚や触覚を自由にコントロール出来ますので。戦場や道行く人たちのエネルギーを人並み以上によく視ることが出来るんですよ。それで、エネルギーを数値化するのがなんだか楽しくなってきちゃって......いつの間にか、習得してました」
新田の疑問に、芽衣はどこか照れ臭そうに俯きながらそう答えた。
絶句した。
その絶句の裏には驚愕は勿論のこと、納得する自分もいた。
これは紛れもなく、芽衣にしか出来ないことだ。
エネルギーが感覚的なものであるということは、散々言われてきたことである。
その『感覚』を引き延ばせる芽衣ならば、エネルギーをより高度な目線から見ることが出来る。
そんな彼女の魔法特性が、ライズワールドに生ける人間に革命を起こしたのだと。
「いやあ......凄いですね、ホント」
「いえ、たまたまですよ」
そう謙遜する芽衣。
事実、偶然も相まっての発見ではあるが、それでも彼女は努力の上に可視化を成し遂げたのだ。
それは、尊敬されるべき偉業で。
ーーそんな彼女の背後に、一つの異形が佇んでいて。
「ーーお前は動けないッ!!」
尋常ではない脅威を察知し、反射的に嘘を叫ぶ。
ソレが敵なのかどうかも定かではない。
ソレは静かに芽衣を見下ろしていた。
音もなく、気配もなく、まるでその場に元々いたかのような存在感。
だが、存在を察知した瞬間に全身を駆け巡ったのは冷たい殺意である。
芽衣を見下ろす何かが、殺意を抱いている。
それだけで、この状況が危険だと判断するには充分すぎた。
だが、動きを封じて何か起きるのか。
その思考に至ったのは、芽衣が危険を察知して新田の方へ飛び退いたことにより、異形の全貌が明らかになったからだ。
ピーズとは違う。寧ろ、ピーズはまだ人型であったために、目の前の化物と比べれば幾分かマシである。
輝く幾多の宝石を周囲に装飾しただけの、長径二メートルほどの大きな目玉が浮いていた。
瞳孔は赤。目玉自体にはこれといった特徴は存在していないが、それを囲むように飾られているダイヤモンドなどの煌めきが、より異質さを際立たせていた。
「これが嘘か......気に食わねえ、気に食わねえよ......! そんな薄っぺらい言葉で何もかもが変わっちまう、こんな世の中がなあ!!」
声を発する異形。
目玉とその装飾品に声帯があるようには思えない上に、脳に直接響くかのような音声。
原理は不明だが、テレパシーのようなものなのかもしれない。
声色はドス黒く、地面を震わす程の重低音。
その中には、確かな憤怒を孕んでいて。
「何がなんだかだけど......とりあえず気分屋を呼ぼう」
戦闘力の高い気分屋を呼び、安全の確保を。
そう思って息を吸い込んだ時、新田は見た。
ーー僅か五コンマで半径一メートルの魔法陣を展開している、異形を。
「んな......!?」
瞬間、目玉の瞳孔が赤く光り、ニュートラルビル付属の庭に、大爆発が起きた。
一瞬にして目を焼く爆発。
反射的に目を腕で覆う。適切な対処など出来なかった。敵の動き出しが、何もかもが早すぎた。
筆舌しがたい轟音と揺れ。
異形が為した爆発は、とんでもない威力であった。
恐らく光魔法だろう。辺りに砂埃が舞い、芝生は新田と芽衣が立っていた場所以外は全て抉れ、地面が剥き出しになっている。
まともに喰らっていたら芽衣もろとも肉片ごと吹き飛ばされていたかもしれない。そうならなかったのはーー。
「言ったはずだ。絶対に守ると」
ーー赤髪の青年が、異形の存在と対峙していた。




