27話 『浮かび上がる疑問符』
「つーわけで、新田。お前はエネルギー計算が上手く出来るようになる必要がある」
煙草の煙を思い切り高く飛ばした気分屋が切り出した。
気分屋の手でニュートラルビル付属の庭に連れ出された新田。天気は晴れ。短い芝生がその黄緑色を風に揺らしている。
「エネルギー計算?」
聞き慣れない単語に眉を顰める。
無論、エネルギー自体は非常に聞き馴染みがある。
ライズワールドに生きる以上、絶対に知らなければならない単語だ。
「ああ。エネルギー計算......と、加えてエネルギーの可視化」
「......気分屋にしてはむずかしいこと言うね」
「一般人からしたらかなり難しい話だが、新田。お前ならすぐ出来るようになるはずだ」
エネルギー計算。
その言葉から意味を汲み取るなら、単に魔法などを使用した際に消費されるエネルギーの量を計算するということだろう。
エネルギーの可視化、というのは、消費したエネルギーを目に見える形に持っていく、だろうか。
自分自身のエネルギー残量は感覚的に理解出来ているため、エネルギー計算というのが必要なのかはいささか疑問である。
「エネルギー計算っつーのは、単にエネルギーのコントロールを感覚頼りにしねえで数値化して示すこと。可視化ってのは、相手の数値を見極めること、だ」
「相手の数値を見極める......」
確かに、相手のエネルギー残量に目を向けることはあまりしてこなかった。
というより、出来なかった、と言い換えた方が正しいだろうか。
三日前のニルヴァとの戦闘。
あの時、新田はニルヴァのエネルギー残量を気にはしていた。相手のエネルギー残量さえ分かってしまえば、いくらでも戦術は変えられる。
一気にエネルギーを消費して打ち負かすも良し、撤退するも良し。
相手のエネルギー残量の理解は勝利に直結すると言えるだろう。それは魔法系である新田も理解している。
だが、それは出来ないものだと考えていた。
何故なら、そもそもエネルギーというのは感覚に依存する概念だからだ。
エネルギーというのはライズワールド特有の性質。
新田自身も、幼さも相まって、転移してしばらくはエネルギーがどういうものか理解していなかった。
嘘や魔法を使ううちに、いつの間にか体に馴染むようにエネルギーというものを理解し始めた。
自転車や箸をいつしか感覚的に使えるようになるように、エネルギーもまた、感覚的なモノなのだ。
だからこそ、新田は自分自身の魔法の強化ばかりに目を向けていたものだったが。
「それ、本当に可能なの? 相手のエネルギーを把握出来ないかなってのは、僕も考えはしていたことだったんだけど」
「最近まではその考え方が主流だったな。相手のエネルギーを測ることは不可能って。だがな」
そこで気分屋は一旦言葉を区切る。
そうして、視線を新田から遥か後方ーー木陰のベンチに座っていた芽衣に向けた。
「アイツがこの世界に来てから、その考えは見直されたんだ」
「芽衣さんが......?」
気分屋の専属護衛。
気分屋を最強たらしめている要因の一つに芽衣の名前が挙がるほど、芽衣の魔法は強力だと聞く。
芽衣の魔法は特殊系だ。
炎、風という属性に当てはまらない、五感に作用する魔法特性。
詳しく彼女の魔法のことは知らないのだが、その程度の情報は入っている。
「ああ。エネルギーの可視化が可能だと証明したのは他でもない、閑谷 芽衣だ」
「......凄い人だったんだ」
見た目や立ち振る舞いから、頭脳派であるのは新田も理解していたつもりだったが、これほどとは。
ライズワールドが生まれてから二百年。その歴史を覆すほどの頭脳と魔法能力。
芽衣が転移したのは約五年前と聞く。
二百年を、五年で解き明かしたのだ。
「オレは強い強い言われるが......とんでもない逸材に護衛について貰ってるからこそってこった」
そう零した気分屋の表情は、どこか自嘲気味に笑っていた。
「とにかく! エネルギーの可視化は出来る。そして、ニルヴァの一番最近の戦闘に立ち会ったのは、新田。お前しかいない。ーー戦争までの日数を推定するのは、お前にしか出来ないことだ」
「......! うん、頑張ってみる」
「......良い目だな」
嬉しい。
それが新田の本心だった。
以前まで、新田は人に守られることをコンプレックスとして抱えていた。
有紗の言葉により、考え方自体を変えることは出来た。
だが、守られ続けている、頼られていないという事実は変わっていない。
そんな中、新田にしか出来ないことがあったのだ。
それも、嘘に頼らない方法で。
新田にとって、それがどれだけ幸福なことだったか。
嘘の力自体を頼りにされたことはあった。
でも、それは決して新田自身の力ではない。自分を産み落とした神様が気まぐれで付けたものでーー。
「あれ? そういえばさ、気分屋」
「ん?」
嬉しさから、いつの間にか自責に移り変わりそうだった心情が、一つの疑念を生み落とした。
「気分屋って現世にいた時、嘘の能力使えてた?」
「使えてたら嘘つき過ぎてエネルギー切れでとっくとうに死んでるな」
「どんだけ意地汚い人生送ってたの......」
ーーアストレアの子だから、嘘の能力が身についた。それは間違いない。
しかし、幸耀の言っていた言葉が今になって新田の思考に横槍を入れる。
ーー俺さ、現世で異世界にいるって言ったらココ来てたんだよ。ヤバくね? ようあんなこと言ったわ。
そう、幸耀は現世でも嘘の能力に目覚めていたのだ。そこで一つの疑問が芽生える。
本当にアストレアが嘘の能力を付与したのだろうか。
新田は六歳の頃に転移をした。六歳までに嘘をつく機会などそうそう無かったため、新田自身は現世で嘘の能力が開花していたかどうかは分からない。
だが、気分屋は絶対に、ライズワールドに来てから嘘の能力に目覚めている。冷静に考えてみれば、それはおかしな話だった。
アストレアが気分屋に嘘の能力を付与したのだとすれば、それはアストレアがライズワールドに干渉出来るということを示している。
もしかすると時限爆弾のようなものが体内にセットされており、ライズワールドに来た際にその設定時刻になり、嘘の能力が開花した可能性はあるが、だとすれば三人の嘘の能力の開花時期がバラバラすぎる。
神話によると、アストレアの方がヘルメスより強いらしい。アストレアがこの世界に干渉出来るのであれば、とっくにライズワールドは消滅しているはずだ。
アストレアが付与した可能性は非常に薄い。
つまり、あり得るとすれば。
「ヘルメスが付与した......?」
ただ、そう仮定したとき、ヘルメスの目的が不明瞭になるのに加え、現世で嘘の能力が開花した幸耀の存在が矛盾点として挙げられる。
嘘の能力によって新田や幸耀は自衛する力を手に入れたと言っても過言ではない。そんなものを付与しなければ、ヘルメスは簡単にアストレアの子の殺害に成功しているはずだ。
そして幸耀の存在。幸耀は何者かに殺されかけたと言っていた。現世に干渉した殺し屋......となれば、ヘルメスが右目を犠牲にして産み出した分身体が犯人だと捉えるのが妥当だろう。
その際、幸耀は実質的に嘘の能力によって救われた。ヘルメスがわざわざ現世に干渉してまで幸耀に嘘の能力を与えたメリットが存在しない。
「いやでもメリットはあるのかも......嘘の能力の臭いを嗅ぎつけて幸耀をアストレアの子だと認識したみたいな......」
「おーい新田? エネルギー可視化の特訓の前に頭パンクして撃沈なんてやめろよ?」
「......ああ、ごめんごめん。特訓、よろしく」
無限の可能性がある以上、この考察に意味はない。
そもそも、三つの特性を付与したこと自体謎が多いのだ。
戦争で仮にヘルメスが顕現すれば、真実も明らかになるかもしれない。
今は目の前の課題を一つずつ。丁寧に。
必ず、戦争に打ち勝つ。
皆のために、幸耀のために。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「で、特訓って具体的に何をやるの?」
「あ、そうだった。アイツ呼ぶの忘れてた」
思い出したかのようにポン、と握り拳でもう一つの掌を叩く気分屋。
「アイツ?」
「芽衣はこの場所にいる」
気分屋がそう言い放つと、その瞬間、前方に、黒髪に赤メッシュの女性が現れた。彼女の表情は至って冷静だ。
「かくかくしかじか」
「......嘘の能力使ったんですね。これ記憶弄られてる感じして気持ち悪いからあまり使って欲しくないって言ってるじゃないですか」
「すまん。急用だから」
「......芽衣さん、さっきまでそこのベンチ座ってましたけどね」
「大声で呼べば届く距離じゃないですか......」
「すまん。すまん」
四十歳男性が二十代の女性に怒られる構図。
どこか夫婦のような雰囲気を感じるのは、その二人の有り様からなのだろう。
閑谷 芽衣。気分屋の専属護衛だ。
聞いた話によると、気分屋には専属護衛の追加は無かったらしい。気分屋に着いていける逸材は芽衣しかいない上に、周りに人が多いと戦いにくいという気分屋からの要望もあったそうだ。
「お久しぶりです芽衣さん。言って三日振りってだけですけど」
「お久しぶりです新田さん。えーと......エネルギーの可視化の特訓のために呼び出されたってことで良いですよね?」
「ああ、そうだ。よろしく頼む」
気分屋ではなく、特訓には芽衣の存在が必要ということらしい。単純な実力で言えば圧倒的に気分屋の方が上だが、先の話によると、芽衣は今から習得する予定の、エネルギーの可視化の証明者だという。
だからこそ、彼女の存在が必要なのだろう。
「具体的に芽衣さんと何をすれば......?」
「簡潔に言うと......新田。お前は、芽衣のことをずっと見てろ」
「......え?」
予想外の特訓の内容に、新田はつい腑抜けた声を上げてしまった。
軽々しく衝撃的な内容を口にした気分屋。
それとは対照的に、赤メッシュの女性が、チッと舌打ちしたような気がするけれど。




