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僕は世界一正直者です  作者: ふれい
第二章 『業を背負って』
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25話 『もうひとり』

 昨晩、大喧嘩をしたアストレアの子とその専属護衛。その一件で彼らの絆は高まり合い、完璧なコンビネーションを翌日から披露。


「あの......センパイ。寝てないっスよね」


「有紗もでしょ......うえっ気持ち悪い」


 ーーとはならなかった。


「二日酔いサイアク......もう一生酒とか飲まない......」


「酒飲みてえ気分だったけど......失敗だったな。おえっ、最悪な気分だぜ」


 こちら、ダメ大人二人組も撃沈していた。


「なんでこうなっちゃったんですか四人とも......酒に飲まれたお二方はギリギリ理解出来ますけど......いや訂正、アストレアの子なのに飲んだくれてる馬鹿屋は理解出来ませんでした」


 時刻は朝七時。

 酒に潰れていた気分屋と胡桃沢を心配し、宴会場へ足を踏み入れたところ、有紗と芽衣も同じことを考えていたらしく、仁を除く五人が集結した形となる。


「飲んでるだけならまだしも、体調に異常をきたされると普通に命の危機に関わるので勘弁してほしいんですけど......」


 青ざめた四人を見てげんなりと肩を落とす芽衣。

 唯一のまとも枠である仁は事務室で仕事を始めてしまったので、芽衣しか彼らを纏め上げる人物が存在しない。


 芽衣の声色には、本音と建前が半々で混じっていたように思える。

 アストレアの子を守ることが世界の存在意義なのだ。

 守る立場も、守られる立場も、共に酒が原因で世界が終わりました、などと洒落にもならない。

 そんな気分屋を叱らずにいる芽衣は、実はかなり寛容である。


「すみません芽衣ちゃ......さん。実はあの後、色々ありまして......」


「別に、私も二人が出てった後の詳しい事情を聞こうとは思わないです。ただ、それと寝不足が関係あるとは思えなくて......まさか夜通し話し合いでもしてたんですか?」


「いや違うんスよ......簡潔に説明しますと、喧嘩して、すげえ暴言吐いちゃって、おまけにビンタまでしちゃって、それで脳内反省会始めちゃって」


「簡潔に説明すると、喧嘩して、今までの自分の行いを振り返って、脳内反省会してたらいつの間にかキツツキ鳴いてまして」


「......通りで新田さんのほっぺた赤いと思ったんですよ。顔面蒼白なのに」


 若者二人の非常に簡潔な説明の中、ビンタの要素だけを軽く拾った芽衣は、今日一日が無事に終わることを願わずにはいられなかった。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「んーん。ということでね、新田くんの専属護衛を増やすよ」


「......え」


 仁の宣言に不満の声を漏らしたのは有紗だ。


 時刻は午後四時。なんとか寝不足による気分の悪さを振り切った新田と有紗は、ニュートラルビルの事務室に呼び出されていた。


 突然の招集。それに加え、対面する仁の真剣な眼差しに、二人の背筋が自然と伸びる。

 そんな緊張感の中、仁が切り出したのは専属護衛の追加という内容だった。


 多少の驚きはある。

 専属護衛追加に踏み切った経緯を考えると、自分の弱さに対する歯痒さもある。

 でも、そこに執着する自分は既に捨ててあるから。


「僕としては助かります。実力不足は先の事件で浮き彫りになりましたし」


「んーん。別に新田くんが実力不足だから、という理由での専属護衛追加ではないけどねえ。新田くんの傍には、人がいればいるほど君は実力を発揮しやすい。そうだろう?」


「......! ええ。その通りです。流石仁さん」


 実力不足が原因ではない、というのが、新田への配慮から出た言葉なのか、本心なのかは分からない。

 

 だが、仁が新田をよく視ているのは確実だ。

 新田を、というより新田の能力を、と言った方が正しいのかもしれないが。


「明日のこの時間に新たな専属護衛の子を呼んでいるから、また来てねえ」


 寝不足で青ざめた顔色など嘘だったかのような、爽やかな笑顔を男二人で交わし合い、新田は礼儀正しく事務室を出た。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「ーーいやいやいやいやいや! タイミングの悪さヤバないっスか!?」


 その後、図書館に移動した二人。

 事務室にいた時から有紗が一言も発する様子が無かったので心配だったのだが、その憂いは当の有紗の大声により吹き飛んだ。


「どうしたの有紗......有紗だって友達増えていいじゃん」


「そりゃ良いっスケド! 昨日あんな事があったのにそこでもう一人増えたらなんか変なカンジしません? いや上手く言えないっスケド!」


「......まあ言わんとすることは分かるよ。でも、僕は嬉しいな。仁さんが僕のことをよく視てる事が分かったし」


 両手を使って騒ぎ立てる有紗。

 だが、有紗の主張は理解できる。


 昨夜の喧嘩は、二人が本心で語り合ったものだった。安い表現を使えば、二人の絆が深まった。そんな夜だった。


 そこに新たな専属護衛が入り込んだ時、新田と有紗、そしてついでにもう一人、といったような疎外感が生まれる可能性がある。それは、これから時を共に長く過ごす仲間としてはあってはならない事態だ。


 変なぎこちなさが生まれることを、有紗は恐れたのだろう。


 その憂いは間違っていない。

 間違ってはいないのだが。


「僕は何としても生きなきゃいけない。皆のため、なんてとても言えないけど、それは事実なんだ。だからさ、上手くやろう、有紗」


 自分は長生きしたい。

 死にたくない、という感情に嘘はつけない。

 それは人間として生きる以上正常な考え方であり、新田がアストレアの子であろうとなかろうと生を欲していただろう。


 ただ、そういった私欲を抜きにしても、新田は『生きなければならない』存在なのだ。

 たとえ他人の人生を自分に捧げさせようとも、それは絶対に。

 

 そのための手段は、選べない。

 人間関係が上手くいかないのを恐れるなら、そんな未来にならないよう努力すればいいだけだ。


「......いや、そうっスね。寝不足で頭回ってなかったっス、すみません。センパイの命が守りやすくなったことは喜ぶべきです」


 暫くの沈黙の後、短い前髪を弄りながら口を開いた有紗の声色は冷静だった。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 そして翌日午後四時。事務室にて。


「んーん。ということでね、新田くんの新たな専属護衛の、ジャスパーくんです」


「一応アメリカ人とのハーフだけどバリバリ日本に染まってる。アメリカのことほぼ知らない」


 ジャスパー、と紹介された男。

 彼の背丈は百八十センチメートルと、百六十センチの新田としては喉から手が出るほど欲しい高身長。

 髪型は淡い赤のツーブロック、双眸はアメリカの美しい海をそのまま目に嵌めたかのような鮮やかな水色。

 肌は白く、その整った美貌を更に際立たせる。

 日本語のイントネーションには特に違和感はないが、少々硬い口調なのは、彼の性格からくるものだろうか。


「まさかの超絶イケメン登場でビビってるっス」


「僕も」


 有紗の言う通り、彼を一言で表すならイケメンという言葉が一番手っ取り早い。

 現世ではモデルやアイドルとして食っていけるほどのルックスだろう。

 一応、この世界にもネット環境が整っている以上、彼の写真を撮ってネットにあげれば一定数の需要に答えることはありそうだが、メリットがあまりにも薄い。


「ええっと......おいくつで?」


「二十。でもタメ語でいい。あと最近やっと酒飲めるようになった。嬉しい」


「......酒、強い方っスか?」


「弱いけど好き」


 頭を抱える未成年二人。またしても、面倒なメンツが増えてしまった。

 脳裏に浮かぶ、酔い潰れた傘使いと気分屋。

 もう二度と宴会など開かないことにしよう。


「有紗って言ったっけ。タメ語でいいよ」


「あー......あたし、敬語クセになってんスよ。ラフには接するんで、このままの口調でいかせて貰うっス」


 人差し指でこめかみを掻きながらジャスパーの誘いをやんわりと断る有紗。


 そういえば、新田は有紗が誰かとタメ語で話しているところを見たことがない。

 単純にニュートラルビルに滞在する者としては最年少だからか、有紗の言う通り癖が抜けないからか、それともーー。


「......そう。よろしく。それで、キミが新田ね」


「そ、よろしくね」


「うん。絶対守る」


 ーー絶対守る。

 その言葉を受け取った時、新田に訪れたのは妙に懐かしい感覚だった。


 ーーそれは新田がニュートラルビル襲撃事件の間近、幸耀に伝えた言葉だった。

 新田は当時、その口約束を守れなかったことにより、自分を責めた。


 自分が世界一の嘘吐きだと、そう零した。


 あれは自分に対する免罪符ではあったのだが、後悔の念に駆られたのは事実だ。


 ーーあんな嘘、吐かなければ良かったと。


 だが、何故か心は痛まない。

 それどころか、何処か居心地の良さを感じる懐かしさが新田を包んだのだ。

 そもそも新田は言葉を発した側。言われることで懐かしさが訪れるというのは奇妙である。


 思い返せば、新田はこれまで、明確に『守る』という意志を伝えられたことはなかった。


 無論、有紗は新田のことを本気で守ろうと思っているはずだ。それは、これまでの有紗の態度から分かっている。だが、照れからか、それともそれは当然の行動だという考えからかは分からないが、言葉にされたことは一度も無かったのだ。


 妙な違和感はある。

 だが、目の前の青年は、嘘を吐いていない。

 本気で、新田を守ろうとしている。


 それは、嘘を吐き続けた新田だからこそ分かる感覚だ。


「......頼もしいね。頑張ろうね、ジャスパー」


 嬉しそうに先の有紗と同じような仕草でこめかみを掻く新田を見て、仁は穏やかに微笑んだ。


 ーーそんな中、赤髪の好青年が今にも泣き出しそうになっていることに気づいた者は誰一人としていなかった。

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