24話 『一方そのころ』
ニュートラルビルにて、打ち上げが行われる中。
その遥か上空の天界には、重々しい雰囲気が立ち込めていた。
「ピーズが現れた? 本気で言っているのか」
報告を持ち帰った二人の天使に、イースは訝しみ、眉を釣り上げる。
「......実物は見ていないが、明らかに異質なオーラが感知出来た。アレは人に出せる代物じゃない」
「そうは言うがよおサリナ。あのクソガキにトドメの一発くらい撃たせてくれても良かったんじゃねえか? アストレアの子、倒せるとこだったんだぜ?」
ヘルメスが所有する天界にて会話を交わしているのは三人。
氷の天使、イース。炎の天使、ニルヴァ。異空間の天使、サリナだ。
ライズワールドにおける天界というのは、現世における宇宙のようなもので、空を超えた先に広がる場所のことである。
といっても天界に立ち入ることが出来るのはヘルメス軍のみであり、他者がロケットなどを使って空を超えようとしても、見えないベールに行く手を阻まれてしまう仕組みになっている。
極力ヘルメスが現世、というより日本に寄せた世界を創造しようとした結果生まれたのがライズワールドだ。だから日本の領域外は虚空が広がっている。
空や星を嘘で再現することは出来たが、流石に宇宙自体を真似するのは無理があり、そもそも莫大なエネルギーを使ってまで宇宙を再現するメリットが無いため、空より上を天界と名付け、天使たちの居場所とした。
「......お前がトドメを刺さずともピーズがアストレアの子を処理すると思った。ならば、我々も安全策を取った方が賢明だろう。何か間違っているか」
冷酷な声色と表情でニルヴァに質疑を浴びせるのは異空間の天使、サリナ。
彼女は天使にしては珍しく黒髪である。
両翼や体格も他者に比べて小さく、一見、非戦闘員という印象を抱かせるが、これでも彼女は天使の中では最強クラスーーA級天使なのだ。
「実際ピースはトドメ刺さなかったじゃねえかよお! だったら俺がピーズに殺されてでもアストレアの子を持ってった方がヘルメス様の為になっただろうが!」
「ーー間違っているか、と聞いているんだ。その小さな脳ミソには私の言葉すらも入りきらないか」
ピキ、とニルヴァの眉間に深い皺が寄る。
その様子をまるで臭いものを見るかのような目で見下すサリナ。
「はあ。サリナとニルヴァを合わせるといつもこうだ。水と油。もう一緒に行動するの辞めたらどうだ」
ホットとクールの止まらない喧嘩を尻目に嘆息するイース。薄浅葱色の長い髪を揺らしながら魔法を詠唱し、氷で造った椅子にやれやれと腰掛ける。
「クソムカつくけどコイツの能力便利だから離れるわけにもいかねえんだよ。クソムカつくけど」
ニルヴァは元々置いてあったソファの上に腰掛けている。重い体重をずっしりと乗せ、腕を頭の後ろで組みながら会話に参加している状況だ。
天界では基本的に空を飛びながら生活をするのだが、空と天界の境目ーーベールの上には立つことが可能なので、椅子などの設置が出来る。
「......此方としてはお前に絡むメリットは少ないから今すぐにでも縁を切ってもいいんだぞ能無し。......いや、戦闘だけは出来るから脳ミソ無し」
「サリナだってニルヴァが強いことは認めてるんだろ。なら穏便に済ます方が賢い」
「......まあコイツに礼儀良くされても気色悪いしこれくらいの温度感がちょうど良いわ。本題入ろうぜ」
イースの発言もあり、そろそろ喧嘩も潮時だと判断したニルヴァは、重い腰を上げ、炎で空中に字を書き始めた。
書く、といっても、小さな火炎玉を並べて字のように見せているだけだ。
「とりま俺たちヘルメス軍が考えなければならないのは、ピーズの対策と......気分屋。もう一人のアストレアの子の処理方法だ。あの新田とかいうクソガキはすぐにでも始末出来るからな」
「気分屋......今回飯田市に派遣されたB級天使の混合天使を瞬殺したと聞く」
天使には戦闘力によってランク付けがされており、上からA、B、C、そして圏外の下っ端と位が分かれている。
ここにいるニルヴァとサリナは最上位のA級。
イースは、B級だ。
ーーイースは気分屋と一度対峙したことがある。
その際、奇襲を仕掛けたイースであったが、完膚なきまでに敗北。
だが、気分屋は「気分だ」という言葉と共に、イースを殺さずに放置してどこかへ去っていった。
ーーイースと同じ、B級を瞬殺したというニュース。それは、イースに恐怖をもたらすのに充分すぎるものであった。
「ああ。なんでも、気分屋の専属護衛が厄介らしいぜ。感知能力がズバ抜けていて、そいつに感知されたら気分屋がそこに向かってドカーンでおしまいさ」
「気分屋は道具系と聞いたが......何をドカーンするって言うんだ?」
「......気分屋が剣と光魔法を使用しているのを私が目撃した。ヤツはピーズと同じかもしれない」
「馬鹿な。二人目の武魔合成術者とでも言うのか?」
「......可能性の話、だがな。水晶玉がZを示したことから、気分屋はまず間違いなく道具系のはずだ。その道具の特性に秘密があると考えて良いだろう」
またもや衝撃がイースを震わせた。
ヘルメス軍がこれまで一斉にアストレアの子を襲わなかったのは、ピーズの存在があったからだ。
つまり、ヘルメス軍はピーズを恐れている。
そしてピーズに匹敵する者が標的ともなると、絶望を感じざるを得ない。
「そこはピーズと違って数の暴力でどうにかなんねえのかなって思うけどな。気分屋はエネルギー少ないんだろ? だったら抵抗出来なくなるまで攻撃浴びせまくれば勝ちだ」
「......やはりお前の脳ミソは醤油皿ほどの容量しかないみたいだな。だからこそ新田の存在が厄介なんだ」
「あ?」
「......新田のエネルギー量はライズワールドトップだ。それはニルヴァ。お前も身をもって体験しただろう」
「エネルギー量だけで言えばな?」
「......エネルギー量切れを狙った集中放火をしたところで、気分屋が嘘で新田を近くへ呼び寄せ、新田に全ての攻撃をガードさせられたら此方としてはなす術が無いだろう」
「じゃああのクソガキ先に殺せばいいじゃねえか」
「......それは逆も然り、だろ。新田は気分屋を呼ぶことが出来る。それに、専属護衛のヌンチャク使い、ヤツもなかなかの実力者だ。そう簡単に刃は届きそうにない」
「だったらやっぱりさっき殺せば全てが終わってただろうがよお!! マジでぶち殺すぞテメェ!!」
また始まった、と額に手を当てて青ざめるイース。サリナは至って冷静な表情を見せているが、その心の奥底にはぐつぐつと煮え渡る苛立ちが感じ取れた。
ニルヴァとサリナ。A級同士の内部分裂は避けた方が好ましい。
イースが二人の仲介に入ろうとした、その時。
「ーー喧嘩、やめませんか。私たちが殺意を向けるべき相手は、もう決まってるじゃないですか」
赤のベレー帽に赤のワンピース。右目が赤色、左目が黒色のオッドアイ。赤の気配を纏う幼女の声が背後から届く。
幼い容貌だが、彼女が現れた瞬間、辺りの雰囲気が一変する。寒気に包まれるような、静寂へ。
「......右眼さんか。どうも」
サリナは声色を変えず軽い挨拶をするが、イースは緊張からか背筋が伸びる。
「ニルヴァの主張も、サリナの考えも筋は通っています。ただしそれは結果論に過ぎません。ならば今後を見据えて思考を展開していった方が、有意義だと思いませんか。イース、どう思いますか?」
「仰る通りでございます」
深々と頭を下げながら受け答えをするイース。
「ちなみに新田の処理ですが......それは私が行いましょう。気分屋と違い、新田の厄介な点は嘘のみです。確実に刺せる、私が適任でしょう。専属護衛だけでも引き剥がすことが出来れば、いつでも処理は可能なはずです」
「確かにそうだな、違うそうですね」
未だに敬語もままならないニルヴァを睨みつけたサリナは、その後恭しく少女へ一礼をし、突如背後に現れた縦幅四メートルほどの口内に飛び込み、姿を消した。
「んだあいつ、やっぱいけすかねえ」
「ニルヴァ。やめなさいと言ったでしょう。次、私の目の前でサリナへ悪態を口にしたら、新田より先に貴方を殺しますよ」
微笑を浮かべながら隠し持ったナイフをニルヴァに向ける。
ニルヴァは両手を上げ、顔を引き攣らせつつも、
「アンタが一番喧嘩っ早いじゃねえか。......いえ、なんでも。承知しましたよ」
と、赤の少女に対しても悪態をつき、両翼を広げて更に上空へ飛び立った。
三人の中では赤の少女と最も関わりの深いイースだけが取り残される形となった。二人きりの静寂から来る気まずさに耐えきれず、イースから質問を振る。
「右眼様は......どうしていつも微笑みを浮かべてらっしゃるのですか?」
「......そうですね。私が嘘の神の一部であるから、でしょうか」
反応に困る返事を返されたイースは、遂に気まずさの頂点へと到達し、おもむろに羽を広げてその場から逃げようとする。
「あ、そうでした。イース。A級、B級天使に伝えておきなさい。ーー戦争の準備をしろ、と」
「......承知いたしました」
赤の少女に背を向けながら動きを停止し、返事を返せばまたもや飛行を再開した。
赤い瞳は、いつまでもイースを追いかけているように感じた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ピーズ様、いらっしゃるでございますか?」
「......いるけド、やっぱオマエはまず日本語頑張った方がいいと思ウ」
「酷いこと言うでありましょうねピーズ様」
「オマエの容貌はボクらの中では一番人間っぽいからナ。勿体ないって話ダ」
ピーズ神殿地下一階。
暗闇に包まれた小さな空間を、異形は自らの住まいとしていた。
人々から忌み恐れられている異形の存在。
そんな彼と、気楽な様子で会話を交わす何者か。
「ペディルは、ピーズ様のご姿も大好きでございましゅ」
「........................」
異形の存在、そして神であるピーズと主従関係にあるのは、背丈一メートルほどの小さな少女だ。
髪色は明るい橙色。その髪型はツインテールで、立ち振る舞いも相まって天真爛漫という言葉が似つかわしく感じる。頭に生えた二本の長いツノだけが、彼女が人間ではないことを示している。
「そういーば、この前ピーズ様はご外へお出掛けられたのでしゅか? とてもとても、めずらしゅーでしゅ」
ぴょんぴょんとその場で跳ねながら質疑を浴びせる少女。
「そうだナ。アストレアの子が揃ったって聞いたシ、長野にエネルギーが集まってるのが感知出来たかラ、様子見にいっタ。なんか二年前に三人揃ってたみたいだけド、ボク知らなかっタ。残念」
「つよそーなヤツ、いますた?」
「......あァ、いたナ。彼方以来......いヤ、彼方以上だったヨ、アレは」
「ペディルもソイツと戦いてーでしゅ!」
「殺さないならいいヨ。ペディルは加減出来ないから不安だけド。......もし殺しちゃったラ、ペディルも殺すからネ」
「怖いでしゅ。でも、それだけペディルがひょーか? されてるでしゅよね」
「勿論ダ。ペディルはA級天使には負けないだろうネ」
「わーい」
主人からの評価に素直に喜びを表現する目の前の少女を見て、ピーズは涎を垂らす。
ーーダメだ。もう少し、もう少し待とう。
自身に必死に言い聞かせて、ピーズは七つの目を一斉に閉じる。
「もう寝るですか? じゃあペディルどっか行くです」
「助かるヨ。それじゃあネ。戦争始まったらラ、よろしク」
軽快な足音を神殿内に響かせ、ペディルはどこかへ去っていった。
「危なイ、危なイ。ーー楽しみハ、戦争まで取っておかなきゃネ」
一つだけ目を見開き、ケラケラと笑うピーズの姿を見た者は、勿論誰一人としていなかった。
「新田 春。さっきは残念な感じだったガ......育てがいはありそうダ」
脳裏に浮かべた少年に、涎を垂らす姿も。




