21話 『強者』
「はぁ......はぁ......」
「まァ......面白くはあったナ。ーー力の差は歴然だったガ」
肩で息をする彼方は、たった一人の標的相手に、自身の全てのエネルギーを使い尽くした。これもまた、彼方にとって初めての経験だった。
だがそれ以上に衝撃的な初めての経験。
彼方の全力の魔法攻撃が、敵にかすり傷も与えることが出来なかったのだ。
「お前は......何者なんだ......」
「......ピーズ。屠殺と快楽の神、なんて呼ぶ輩もいたナ」
「神......!? ヘルメスと関係を持っているのか?」
ライズワールドで生活する上で絶対に知っておかなければならない神は二名存在する。
正義の女神アストレアと、嘘の神ヘルメスだ。
この二名の神話は、ライズワールドにおける仁家の先祖が代々民衆に語り継いできた。アストレアの子が百年経っても現れないことから、彼方は神話の存在自体を疑っていたものだったが。
しかし、圧倒的な力を誇る化物の言葉には、彼が神であることを信じれるほどの説得力ーー凄みがあった。
「あァ、関係はなくはないナ。八百年くらい前だったかナ。ヘルメスとは戦争をしたこともあル。ボクの圧勝で終わったけド」
「......ヘルメスより強いって言うんだな?」
その問いにピーズが無言の姿勢をとったが、釣り上がった口角は、『当たり前だ』と言っているようだった。
「まァ、この世界で戦った場合はどうなるか分からないかもしれないナ。ライズワールドの戦闘体系ってのハ、ちょいと特別ダ」
「......だったら、ヘルメスを殺してくれ。そうすれば、我々、ライズワールドに閉じ込められた者たちは解放されるんだ」
仁家の悲願は、間違いなくライズワールドからの脱出。ヘルメスが直々に姿を現すことを祈って、百年間、三人のアストレアの子を待ち侘びているのだ。
ピーズと名乗った神は、ヘルメスに勝る力を秘めている。恐らく、ヘルメスに勝てるからこそ、このライズワールドにも侵入することが出来たのだろう。何の目的かは不明であるが。
心からの嘆願に、ピーズは訝しむように七つの視線を彼方に向ける。
「殺すわけないだロ。聞いていなかったのカ? ボクは屠殺と悦楽の神。ーー育ちの良い人間どもを、殺さずに捨てるわけなイ」
「......そうか」
彼方は敗者だ。敗者の願いを受け入れるほど、ピーズという神はお人好しではなかったようだ。
だがそれは百より承知だ。もとより期待などしていない。ピーズにとって、ヘルメスをわざわざ殺すことは何のメリットでもないだろうから。
「ーーだガ。今すぐオマエらをぶち殺した所で何もおもしろくなイ。せめてアストレアの子とやらがこの世界に揃うまでは、ボクも大人しくすル」
「......私も、見逃すのか?」
「あァ。今すぐ殺したラ仁家とやらは途絶えル。それはボクにとって不都合ダ。こんな上玉、生かして育てた方が楽しいに決まってル。子供でも産まれテ、気が向いたらまたここに来イ。相手してやル」
「......もう二度とごめんだよ」
彼方の嘆息する姿を視界に移しながら、ピーズは満足げに地の底へ沈んでいった。
ーー彼方はその神殿をピーズ神殿と名付けたが、それから二度と彼らはあい見えることが無かったという。
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「和解というか、今の話聞いた限り、たまたま見逃してくれたチャンスに乗じて逃げた感凄いんスけど......」
全てを語り終わった仁に対して、細めた視線をぶつけるのは有紗だ。
「別にピーズは彼方さんに対して殺意は無かったわけじゃないっスか。だったら、もっと仲良くすればピーズも大人しく帰ったりしたんじゃないスか?」
「それはないと思うねえ。ピーズの目的は、強敵との戦闘......いや、強敵の殺戮だ。いくらひいお爺さんと仲良くなったところで、その時がくればピーズは暴れ出す」
「その時......」
「んーん。......アストレアの子が揃った時、だね」
仁の発言に、場の空気がひりつく。
「......でも、そうなるとピーズの行動って少し腑に落ちない点がありますね。アストレアの子が三人揃ったのは二年前です。なのに何故、このタイミングで姿を現したのでしょうか」
今まで黙って話の流れを見守っていた芽衣が、顎に手を添えながら疑問を口にする。
「んーん。今回の一件、長野県一斉放火事件は、私が産まれてから最も規模が大きい騒ぎだった。勿論、騒ぎが大きければ大きいほど、エネルギーや闘気が辺りに満ちる。それを嗅ぎつけたピーズが獲物を見物するために姿を現した......そんなところじゃないかねえ」
「なるほど。合理性の取れる結論としては......それくらいしかなさそうですね」
納得したように相槌を打つ芽衣。
意見を交わし合う大人二人のやりとりを見て、有紗はついていけないとばかりに言葉を発する。
「合理性......とか難しいこと言われると頭パンクしそうになるんスけど、とにかくピーズってのが今後も出てくる可能性があるってことっスよね! 注意して頑張っていきましょ、センパイ!」
「ーーーー」
「......センパイ?」
「......ごめん、ちょっと、夜風に当たってくる」
「え、ちょ、センパイ!」
有紗の呼びかけに、暗い表情を浮かべた新田はさっとその場から立ち上がり、襖を開けて退出してしまった。その足取りは、引きずるような、重い足取りであった。
「......あたし、何かヘンなこと言ってたっスかね......」
「いや、そんなことはないと思うよ。......多分、新田さんには色々思うところあったんじゃないかな。今回の事件」
「........................」
もう既に野外の動物たちは鳴くことをやめており、気分屋と胡桃沢のいびきだけが、宴会場を静寂から遠ざけていた。




