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僕は世界一正直者です  作者: ふれい
第二章 『業を背負って』
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17話 『死の狭間で』

「テメエ......ただのクソガキだとおもっていたが......割とデキるな」


「くっ......」


 ーー二人の魔法使いの攻防は、既に二十分を越えようとしていた。途中、吹き飛ばされた盾を扱う天使に魔法が浴びせられたが、あの一件で戦況は変わらなかった。

 新田は防戦一方。それも無理はない。風魔法では炎魔法に打ち勝つ術がほぼ存在しないからだ。


 しかし、悪い相性の中、防戦一方の状況を二十分も継続出来ていることは、炎魔法の天使ーーニルヴァに衝撃をもたらした。


 魔法の精度も、威力も、魔法陣の構築芸も、全てニルヴァが勝っている。にもかかわらず決定打が入らない理由。


「コイツ......エネルギーの総量が半端じゃねえ......」


 それはアストレアの子の特権だった。


 嘘を吐く際に消費するエネルギーは、魔法を使用する際のエネルギーと同じものである。それは魔法陣によって嘘が無効化されることからも明らかで、やはり三つの特性系統と嘘の能力は密接に関わっている。


 つまり、嘘の能力を特技とするアストレアの子には、それこそ甚大なエネルギーが備わっているわけである。新田の魔法自体の威力は大したことないが、手数で対応されている、そんなところだ。


 県全体を巻き込む放火によってエネルギーを消耗しているとはいえ、ニルヴァは八割のエネルギーを残して新田との戦闘に踏み切った。

 

 嘘の能力は魔法に比べてエネルギー消費量が遥かに多い。街の人々を救うために嘘を何度か利用した新田のエネルギー残量は、ニルヴァの見立てでは四割程度だった。

 にも関わらず、未だにニルヴァの猛攻を凌いでいる。ニルヴァのエネルギー残量は既に二割を切っていた。


「リスクはあるが......思いっきりでけえのぶっ放して終わりにした方が良さそうだな」


 ニルヴァは今まで小さな火炎玉を新田に浴びせ続けていた。風では対処出来ないほどの巨大な火炎玉を放たなかった理由は、それ自体を嘘で返されてしまう危険性があったからだ。


 魔法陣の上に立っている際は、嘘の能力を無効化される。それは、◾️◾️から教えて貰った情報だ。

 だが、それは術者にのみ適用される。放たれた魔法には、嘘は機能してしまうのだ。


 火炎玉が大きくなればなるほど弾速は遅くなる。故に、嘘をつく時間が生じるのである。

 新田の風魔法で攻撃されたところで致命傷にはならないが、全力の炎魔法は身を焼き尽くすほどのパワーを秘めている。

 

 だが、流石の新田も消耗が激しい。不意打ちの一発であれば反応が遅れ、嘘で対応出来ない可能性がある上、単純に嘘をつくエネルギーが残っていないがために防御が出来ないというのも考えられる。


「終焉の幕開け、ってトコか......」


 ニルヴァが決意に闘気を燃やしている一方、新田は絶望していた。

 有紗がこちらへ駆けつけるまで持ち堪えれば勝機はあると考えていたが、当の有紗が疲労からか倒れてしまったからだ。

 残された頼みの綱は、唯一瞬間移動が可能な気分屋くらいだが、飯田市の状況が分からない以上、それに期待するのも危険が伴う。従って、新田はこの状況を切り抜ける方法が見つからないのだ。


「有紗が言ってた例の光魔法の構築陣......ちゃんと勉強しとくべきだったかな」


 構築陣というのは魔法陣とは違い、特性ではない別属性の魔法を使用する際に必要なものだ。

 魔法系は武具系のように魔法自体に何か特殊能力が付与されているわけではなく、振り分けられた属性を『特性』と呼んでいる。

 新田は風。仁は光。この男は炎だ。

 

 そんな中、別属性の魔法を必要とした際には構築陣を利用することでその者の特性でなくても魔法を放つことが出来るのだ。勿論、構築陣によって放たれた魔法は言わば『紛い物』であるので、威力は特性の魔法より落ちる。


 だが、現状のように相性が悪い特性と相対した際は、構築陣が有効なケースがしばしばあるという。


「......?」


 構築陣の勉強不足を後悔していた新田であったが、その時、不意に相手の攻撃の手が少し緩やかになった気がした。


「......それはまずい」


 新田は気付いた。

 相手の集中力が切れたわけではない。

 寧ろ相手は集中している。

 一つの魔法に集中しているからこそ、連撃が途切れたのだ。


「どデカいのが来る。それは分かったけど......」


 ーーしかし、新田のエネルギーは人々の救出などでもう底をつき始めていた。敵の渾身の一撃を跳ね返せるほどのエネルギーは残っていない。


 どうすればいい。どうすれば、どうすれば。

 詰みの状況に新田の息は荒くなる。


 相手はかなりの実力者。

 左右に避けたところで、放たれた火炎玉は新田を正確に狙うだろう。


 風魔法では対処しようがない。もっとエネルギーがあれば方法はあったかもしれないが、ならばそもそも嘘を使う。


 ーー何も、ない。


 更なる絶望が新田の視界を暗くする中、その瞳は確かに捉えた。


 ーー天使の背後に突然現れた、縦幅四メートルほどの大きな口を。


「なん、だ......アレ......」


 それを形容するには、宙に浮かぶ口、としか言いようがない。顔から唇の部分だけを切り取った不気味な物体が、ふわふわと空中に浮かんでいた。

 唇の血色は良く、その口内には、人間と同じく歯や舌が存在している。


「......!?」


 否。同じではない。

 口内の奥底から、白く、細い腕が伸びてきたのだ。


 その人間サイズの手は、炎魔法の天使の羽を掴んだ。羽を摘まれた天使は何者かに向かって、唾を飛ばして抗議する。


「おいサリナ! 邪魔すんな! もうすぐこいつを仕留められそうなんだよ!」


「......ピーズが来る。分かるだろ」


「ーーーーは!?」


 動揺。目の前の強敵は、口の中から聞こえた中性的な声に初めて動揺を見せた。

 否。炎の天使が驚愕したのは声に対してではない。その声が伝えた内容だ。

 それは恐怖、驚愕、どちらも混ざった感情。

 少なくとも、天使は何者かの存在に怯えていた。


「おいサリナ。冗談はよせ。この程度の規模の騒ぎならヤツは目覚めないって話じゃなかったのか」


「......そのはずだ。恐らく何らか他の原因によるものだろう。とにかく、ピーズがこちらに向かっているのは確かだ」


「だからってお前、ここで退いたら全部が......」


「ーー何度も言わせるな。ピーズが来る。分かるだろ」


「............クソが」


 新田には彼らの会話の内容は理解できない。

 唯一分かることは、何か彼らにとって異常事態が起きているということだけだ。


 強者に怯える強者。

 一体、その何者かは、新田とはどれほどの力の差があるのだろうか。


「サリナ、それがお前の判断なんだな」


「......ああ。これが最善策だ」


「そうかよ。オイ、そこのガキ! 次はぜってえ殺す! なんとしても、絶対に!!」


 男は物騒な捨て台詞と共に口の中に飛び込みーーその後、口の周りの空間が一瞬にして歪み、彼らは口もろともその場から完全に姿をくらました。


 新田の思考は怒涛の展開に追いつけていないが、とりあえず助かったことを理解した新田は、へなへなとその場に座り込んだ。


「よかった......そうだ、有紗を助けなきゃ」


 地面に倒れ込む有紗を目にした新田は、彼女の元へと向かう。幸い外傷はない。

 しかし、極限の戦闘の直後だ。新田にはエネルギーは残っていない。彼女の疲労を治すことは難しそうだ。本部へ彼女の身柄を転移させることくらいなら可能だろうか。


「有紗は本部に......」


「なァなァ。そこのオマエ。今、どんな気持ちダ?」


 ーー背後からかけられた声に、全身が悪寒に包まれる。

 今まで抱いたことのない感情。

 これは、恐怖なのか。

 それとも、筆舌にし難い何かなのか。

 分からないが、一つだけ分かることがある。


 このまま何もしなければ、数秒後、新田の命はないということだ。

 それが分かるほど、背後に立つ何かは、異質な存在感を放っていた。


「返事くらいしてくれないカ? 久しぶりの外なのニ、萎えちまウ。オマエ、嘘つくの得意なんだロ? なァ?」


 甲高く、耳が受け入れるのを拒絶するかのようなハスキーボイス。語尾の音が少し上がるのは癖か何かだろうか。特徴的な話し方が、更に聞き手に不快感を与える。


「......つまんねえノ。アストレアの子が揃ったっていうから久しぶりに出てきてやったのニ」


 落胆を口にする何か。

 反応しないのではない。

 反応出来ないのだ。


 息も吸えていない。

 緊迫感から、息が詰まっているのもそうだが、息が吸えないのにはもう一つ理由があった。

 

 ーー自分が生き物だと判明してしまったら、もう命は無いような気がして。


 相手が話しかけている以上、その考えは支離滅裂だ。だが、そんな考えに至らないほどに新田は恐怖している。


 道に生えている雑草をわざわざ抜いたりしないだろう。新田は、自分は生き物ではないと証明することだけが、唯一生き残る道だと考えていた。


「まァいいカ。コイツ、死んでも生きてても変わらねェ」


 疲れと恐怖で汗が止まらない新田を見かねて、遂に何かは殺害を決意する。

 この生物は今、新田のことを虫と同等に見なしている。殺気などない。ただただ哀れみと無関心が入り混じったような感情を新田に向けているだけだ。


 先までの戦いで感じた絶望など可愛いものだった。相手の方が実力こそ上だったが、その力に圧倒されることなど一度もなかったのだから。


「死ネ」


 死が迫る。何を凶器としているのか、それすらも分からない。ーーその生物の顔を見ることすらおぞましかったのだ。

 抵抗するエネルギーも残されていない。

 目を瞑り、その時を待つことしか出来ない。


 全身が痺れる。

 恐怖に、死に。

 何もかもを恐れた結果、新田は謎の浮遊感を味わっていた。フワフワと、何も考えられなくなるような時間。死を目の前にして、新田は何も出来なくて。


「死んでも生きてても変わらない?」


 次に耳に届いたのは聞き馴染みのある渋い声だった。


「新田を見てそう思うんだったらよ。お前、相当センスねえよ」


 三日振りに見た兄の姿は、背丈以上に大きく感じられた。

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