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僕は世界一正直者です  作者: ふれい
第二章 『業を背負って』
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11話 『変化』 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「センパーイ! 緊急ニュースですよ! 光魔法の構築陣が設計されたって!」


 興奮した様子で図書館の扉を両手で思い切り押し開けたボーイッシュな少女に、丸いモノクルをクイと上げながら新田が応答する。


「本当? 見てみるね」


「相変わらずセンパイは反応薄いっスね。本当はめっちゃ興奮してるはずなのに」


「いや、これでも二年前に比べたら大分スラスラ喋るようになったし......感情も表に出すようになったでしょ、有紗」


「ーーま、そっスね! 最初の方は間が空きまくりで気まずさエグかったですし。あたしはこれから世田谷の援助に行きますけど......センパイは?」


「大した騒ぎでもないんだよね? ならまあ......その光魔法の構築陣について調べてみるとするよ」


「了解っス。あたしが帰ってきたときにゃ、とびっきりな光魔法期待してるっスよ。それでは」


 嵐のような少女が扉も閉めずに図書館から出ていくのを尻目に、新田はスマホで件のニュースを調べる。


 季節は春。春特有の生暖かい風が、クリーム色の艶めいた前髪をなびかせる。

 窓から流れる草木の匂いが、図書館の本の香りと混じり、その場に安らぎをもたらす。


 今現在、新田 春は十七歳である。


 ーー橘 幸耀が死去した、ニュートラルビル襲撃事件から、二年もの月日が経とうとしていた。


 件の事件は、ここ二年で起きた中ではかなり小規模な戦乱であった。それもそのはず、襲撃者はたったの二名。にも関わらず、民衆が守るべき三人の内の一人、橘 幸耀は命を落とした。


 悲劇を招いた原因は幸耀の驕りとは言い難い。幸耀は自身に嘘をつけるため、攻撃の回避や防御のスキルには長けていた。

 だからこそ、仁も幸耀に偵察を任せたし、実際に幸耀は一人の天使を戦闘不能にまで追い詰めるほどの実力者であった。


 では何故幸耀は敵に攻撃を許してしまったのか。嘘の不発ーー物理的な口封じによって自身の身を守ることが出来なかったのではないかと世間では囁かれていたが、新田はそうではないと自信を持って言える。


 何故なら、かの赤い少女には新田の嘘が通用しなかったからだ。これまで一度たりとも嘘が通用しなかったことはなかった。


 原理や理屈は不明だ。

 だが、そもそもの話、嘘の能力を付与したのは神だ。ならば、神の使いである天使が、嘘に対して抗体があっても何らおかしくはないはず。


 ちなみに、あれから何度か嘘の能力を日本人、天使問わず使用したが、問題なく機能した。

 赤の少女が、異質なのだ。

 

 恐らく幸耀は武具ではなく嘘で自身の身を守ろうとし、嘘の無効化により刺されたものと考えられる。ーーそういう意味では、幸耀が自分の能力を驕ったというのも間違いではないのかもしれない。


 あれから、ライズワールドの在り方も多少の変化を見せた。


 一つは、アストレアの子の待遇がより手厚くなったことだ。橘 幸耀が転移して僅か三日で死去したという事実は、アストレアの子の実力を政府が低く見積もるきっかけとなったのだ。


 アストレアの子の全滅は現世の崩壊を意味する。

 そして、現世が崩壊した時、ヘルメスはライズワールドをどうするつもりなのか。

 分からない。分からないが、ライズワールドに住む者たちにとっても、現世の崩壊が良い未来に繋がる想像はしにくい。

 

 アストレアの子。その三人の内一人が死去したことにより民衆にも緊張が走り、より厳重に保護体制を再建するべきだと意見がまとまった。


 新田が滞在するニュートラルビルの内装も随分変わり、新田の個人部屋や、魔導書の溢れる図書館まで用意してもらった。

 新田は就寝時のみ個人部屋を使用し、他はほとんど図書館で日々を過ごしている。


 それに加え、健康にも気を使うように良質な食事が運ばれてくるようになり、とっておきには新田と気分屋、それぞれ専属の護衛が付くようになった。


「ま、とかいってあの子世田谷行っちゃってるけど」


 件の専属護衛が全く護衛についていない現状に苦笑する。彼女は彼女で、現れた天使らを退治するために行動しているため問題はないのだが、それでも専属護衛という肩書きを背負っている以上、世間的には褒められた行為ではないだろう。


「僕としては、有紗には自由に動いてもらいたいんだけどね......」


 この専属護衛制度は、政府が勝手に考案したものなので、アストレアの子の意思に関係なく可決されたものだった。


 偶然神に選ばれただけの男に、一人の少女の人生を捧げさせるのは、あまりに酷な話だと新田は考えている。


「幸耀や僕らが弱いんじゃなくて......赤の少女が天敵ってだけなんだよね。まあ、その赤の少女と出くわした時に、一人じゃどうしようもないから護衛をつけるって判断なんだろうけど」


 仁は新田の嘘が通用しなかった現場を見ている。

 だからこそ、護衛をつけることを新田と気分屋に勧めたのだろう。考えは真っ当だ。


 だが、やはり新田は、護衛についた者の心情が気がかりであった。


 二年前との相違点。

 その二つ目は地方の情勢だ。幸耀がライズワールドに転移するまでは、アストレアの子二人のみを狙った襲撃ばかりだったので対応は楽だったのだが、あれから地方への襲撃が多くなった。

 気分屋は全国を飛び回っているのでまだしも、新田が東京にいることはヘルメス軍にも知られているはず。

 従って、初めはヘルメス軍の狙いが不明瞭だった。 

 しかし、仁はすぐさま地方の襲撃を鎮圧するよう民衆に促した。


 この世界は、東京を中心に人口が密集しており、福島以北、長野以西にはほぼ人が住んでいないと言っていいほどの過疎地域となっている。理由は明白。守るべきものが東京にいる上に、人が多ければ多いほど安全だからだ。


 しかし、そんな人口密度の変化が起きたのは、つい最近のことであった。


 地方への攻撃が行われる前までは、田舎に住んでいた方が安全だったのである。襲撃はアストレアの子を狙った東京でしか起きないからだ。

 

 地方への攻撃が盛んになった頃、都心に近い場所の方が安全だという風潮が流れ始め、ここ二年で一気に人口は都心部へ密集した。


 だが、未だに田舎に住む人は点在している。

 単に、引っ越しが面倒だとか、田舎が好きだとか、そういった理由である。


 仁はそのような人々を無理に都心部へ移動させることはしなかった。寧ろ、平穏な生活を送ってもらいたいという願いからか、支援物資を地方へ配達している。

 同じライズワールドに転移させられた者同士だ。

 不穏な空気が常に流れるライズワールドで、穏やかな暮らしを最優先させてあげたい。そういった気持ちは理解出来る。

 

「って思ったけど......よく考えたら仁さんは二百年前からの仁家からの生まれだから、生まれがライズワールドだったね」


 先祖からの教えなのか、仁自身の温情なのかは分からない。とにかく、都心から離れて暮らす人々もいるのだ。


 しかし、ヘルメス軍はある日を境に彼らに目をつけ始めた。軍勢が集まっていない田舎から徐々にライズワールドの戦力を削ろうと考えたのだろう。ついでに都心の戦力を分散させて、機会があればアストレアの子を不意打ちで殺す。そんな狙いがあるのだろう。


 そんなことをするならやはり人々に特性なんて与えなければ良かったのではないかと思うが、何かヘルメスなりの理由があるのだろう。ライズワールドの人々の結束力が高まりつつあり、内部分裂を狙った可能性が薄れ始めている今は、そういうことにしている。


 何はともあれ人々は皆、敵襲に備えて日々訓練と実戦に精を出すことが重要となった。いつ赤の少女やアレに匹敵するレベルの刺客が現れて人々が蹂躙されるかは分からない。


 だからこそ新田は嘘に頼らない実力を手にするため、今は魔法の研究に没頭しているのであった。


「やあ、来たんだね」


「......気分は乗らねえけど、来てやった。なんか随分と雰囲気変わったな。気分か?」


「気分......そうだね、もしかしたら気分なのかもしれない」


 ーー二年ぶりの兄弟との会話は、思った以上に潤滑に始まった。

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