幕間 『愛情』
ーー何者かに、愛を囁かれているような気がした。
それが誰なのか、何と言っているのかは分からなかった。
愛されているな、という感慨だけがあった。
青く広がる背景に、淡く光る何かが周囲を舞い、その美しさを呆然と眺める。その行為に意味はないが、別に意味を求めているわけではない。
その美しさと愛情に全てを委ねて、ここから消えてしまいたいと、そう願った。
ふと、違和感に気が付いた。
先程から囁かれている愛の言葉。
それが、自分を貫通して、その奥にいる何者かに向かって発せられている言葉のような気がしたのだ。
嫌だと思った。
愛を囁く者が誰か分かっていないし、何故愛されているのかも分かってないけれど、嫌だと思った。
そして、本当に愛されている者に、心底嫉妬した。
でも、愛の対象者を直に目にするのは、とても怖かった。
自分より愛されている者を目の当たりにする恐怖に、どうしても耐えられるような気がしなかった。
何故、わざわざ自分という何かを通してしか、対象者に愛を伝えられないのだろう。
自分の存在意義とは、一体何なのだろう。
ーー少なくとも、必要とはされているのだろうか。
自分の存在なくして、愛を伝えられないのならば、それで良いのかもしれない。
求められている。それだけで、良いのだ。
不安と、嫌悪と、嫉妬と、安堵。
感情がコロコロと変わる中、最後に安堵が訪れたことが、自分により安心感をもたらす。
ーーそうだ。これが、最期の感情なんだ。
思考の最中、その事実だけがくっきりと脳裏に浮かんだ。
最期である理由は、思い出せない。
けれど、最期であることに間違いはない。
最期をすんなりと受け入れるほど、自分は生を軽んじていない。
生きれるものなら、もっと生きたい。
死なないで、皆と共に過ごしたい。
自分を、もっと皆に認めてもらいたい。
そう思って、依然として淡い輝きを発し続ける何かへと手を伸ばした。
ソレはふわふわと浮いて、なかなか捕まえることが出来なかった。
だんだんと、力が抜けていく感覚があった。
まさしく死の間近のような、現実と魂が乖離していく感覚だ。
でも、もうそれを怖がったりはしない。
絶対に、ソレを掴んで見せる。
『ーー愛しているわ、春』
最期に聞こえた声に、吐き気を催した。
その吐き気がトリガーとなったかのように、世界が暗転し、またしても意識は深い暗闇へーー。
ーー暗闇へ、落ちていった。