1話『嘘みたいな出来事』
嘘。
ーー嘘とは、事実ではないこと。
人間をだますために言う、事実とは異なる言葉。
しかし、嘘が嘘であると分からない限り、受け手にとってそれは『真実』である。
だから僕は嘘をつくことに抵抗はない。
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「ーーって感じ。なあ、どう思う?」
「嘘は嘘だろ。捻くれた考え出しとけば褒められるだろって魂胆が透け透け」
受け取った原稿用紙をヒラヒラと振りながら答える。直後、棘のある発言に若干の居心地の悪さを覚え、流し目で窓の外へと視線を落とした。
「ちぇっ。生徒会長様は人当たりが厳しすぎるわ」
先程までの飄々とした態度とは打って変わり、肩を落とした友人ーー星宮 楓は、背を向けて呟く。
「......今の俺の発言が嘘だったら?」
「だるいって」
咄嗟のフォローにも辛口で対応した楓は、さっと自分の座席に腰を下ろした。
そんな楓の様子を見た彼ーー橘 幸耀もまた、授業開始一分前を指す短針に目をやり、教科書を広げる。
彼らが在学している学校は、兵庫県の公立高校である。偏差値は五十五程度。特に優秀でもなく、無能でもない。中途半端の寄せ集めのような校舎で、彼らは既に二年もの月日を過ごしていた。
顎肘をついて時間が過ぎるのを適当に待っていると、ボロボロのドアを音を立てながら開けて教室に入る一人の老人が目に入る。これから始まる数学の授業の教師だ。
白い髭を長く伸ばした彼をぼんやりと眺めていた時、幸耀は一つ大事なことを思い出した。
「やっべ......」
机に掛かっているリュックを大胆に開け、手探りでプリントの感触を探す。不幸にも幸耀の読みは当たっており、探し求めた感触はない。
ーー課題を忘れたというその事実は口内の水分を一瞬にして吸い取った。
「やるしかねえ......」
舌で唇を濡らし、おもむろに席を立つ。そして教師の元へ向かい、心底申し訳なさそうな顔をしてこう言った。
「すみません。やってきたのですが、課題のプリントを家に置いてきてしまいました。明日提出します」
よくある言い分だ。家でやってきた、という一文を加えるだけで自分へのヘイトを逸らすことが出来る便利な言葉。無論、家で課題などやっていない。
そんな幸耀の思惑を理解した上か否かは判別が付かない。だが、この数学教師は穏やかな性格であったため。
「ならば仕方ない。会長としての仕事の疲れもあるのでしょう。明日必ず提出しなさい」
と、微笑混じりに幸耀に伝えた。
ーーその日、自宅に帰ると、勉強机の上には完璧に仕上がっている一枚のプリントが置いてあった。
仕上がった課題のプリントを家に置いてきた。
その偽りが、真実となって幸耀の前に顕現したのである。