表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
万年筆と宝石  作者: 安井優
五つ目の扉 ブッシュ
60/139

5-5 不遇な運命

 シエテのテレポートにより、大聖堂へと戻ってきた四人はメイから熱い抱擁(ほうよう)を受けた。トーマスからも安心したような笑みをもらう。

 時間にしては一時間も経過していない。それでも、長い滞在時間だったように思えた。


「ディーチェちゃんが無事で本当に良かったわ」

 メイが優しくディーチェの頭をなでるも、ディーチェはどこか浮かない顔だった。安心というよりは、困惑の表情を浮かべている。


 メイの優しさを受け止めつつも、ディーチェの声はこぼれおちた。

「……メイは、どこまで知っていたの」

 幼い彼女の声に、礼拝堂がシンと静まり返る。


 トーマスとシエテは何のことだか分からず首を傾げ、ジュリは苦々しく唇をかみしめる。メイとアリーはただ(うつむ)いて、ディーチェの顔を見ようともしない。

 作戦は成功したというのに、まるで葬式のような雰囲気だ。


「見たのね」

 沈黙を破ったのはアリーの声で、ディーチェはメイへ向けていた瞳を、ゆっくりとアリーに向けた。

「あれは、どういうことなの」

 ディーチェの声色は端々にトゲがある。


「ブラックカースって、何?」

 ディーチェは、その名を口にすることさえ恐ろしい、と言わんばかりに唇を震わせた。

「あのページが開かれたのは……偶然なの?」


 今日は帰るべきだ、とアリーに進言した意味がなくなってしまった、とジュリは遠くを見つめる。

 ジュリは、これ以上他の魔女を――シエテまでこの『ブラックカース』とやらに巻き込みたくはなかったのだ。だが、ディーチェにそこまでの配慮を求めるのも酷な話。

 肝心のシエテは、難しい顔をしてディーチェをただ見つめている。


「話が見えない」

 やっぱりね、とジュリは小さくため息をついて、

「ワタシから話すわ」

 とメイやアリーを制した。


「まず、ディーチェちゃん。アリーも、メイも、生まれ持った力以外は使えないわ。それは知っているわよね?」

「わかってるわよ! でも……」

「よくできた偶然よ。未来を操ることが出来る魔女は、魔女協会にはいない。ましてや、魔女を傷つけたいと思う魔女なんて」


 ジュリがいつにもまして冷たい声色で言い切ったせいか、先ほどまでの興奮が冷めないのか、ディーチェは「でも!」と声を荒げる。

「あんなにたくさんのファイルから、魔女のことを悪く書いた記事を見つけるだなんて! よりにもよって、あんなところで!!」


「ディーチェ」

 シエテの低い声が、ディーチェの叫ぶような甲高い声を(とが)める。

「あ……」

 ごめんなさい、とディーチェは(うつむ)くと、服の(すそ)をぎゅっと握って黙り込んだ。


 シエテが、ジュリへと視線を向けて続きを(うなが)す。

「ディーチェちゃんが開いたファイルの、四月二日の新聞に書かれていたのよ。ブラックカースという病のことが」

「ブラックカース?」

 聞いたことがない、と首をかしげるシエテとは対照的に、トーマスはすべてを理解した、というように小さくうなずいた。


 ジュリはその先を言うべきか迷って目を伏せる。だが、シエテが許してはくれなかった。

「魔女に何の関係がある」

「その記事に、魔女の呪いだ、と書かれていたわ。多くの人々が亡くなった、と」

 ジュリが小さく呟くと、再び沈黙が流れた。


「……ごめんなさい」

 消え入るような声で謝罪の言葉を口にしたメイが、そっとディーチェを抱きしめた。

「気づくかもしれない、と思ったわ。でも、詳しいことまでは分からなかった。夢は、ぼんやりしていることも多くて……。だから、言わなかったの」


 ブラックカースのことを知っていながら、ディーチェにはあえて伝えなかった。ジュリにも、シエテにも。

 傷ついてほしくない、という自らのエゴで、むしろ彼女たちを傷つけてしまった、とメイは泣きそうな顔を見せた。


 そんなメイに、アリーがしっかりとした口調で告げる。

「いいえ、これは私のせいだわ。すべては、私の責任よ」

「知っていたのか?」

 シエテが驚いたように彼女を見つめれば、いつもの美しい、いくえにも輝くクリアの瞳が陰る。


「えぇ。魔女裁判のきっかけとなった流行り病のことだもの」

 凛とした、よく通る声が今は(うら)めしかった。

 シエテも、ジュリも魔女裁判という言葉にその表情を曇らせる。


「……やっぱり、人間なんて大嫌い!」

 ディーチェはそう言い放つと、メイの手を振りほどいて礼拝堂の外へと駆け出した。


 ディーチェには行く当てなどない。

 だが、今は、誰のことも信じられない。

 マークが書いた本のためなら、と少しでも手を貸した自分がバカバカしい。


 ディーチェはこぼれそうになる涙を必死にぬぐって、石膏(せっこう)の白に囲まれた廊下を走る。

 人間に傷つけられて泣くのは悔しかった。

 あんなに一方的に糾弾された歴史を知ってもなお、人間の肩を持ち、人間と手を取りたいと思っている魔女たちを、嫌いになれない自分にも腹が立った。


 あのファイルを手にしたことも、あのページを開いたことも、全て偶然だとわかっている。未来を操る魔女がいないことだって。

 けれど、納得は出来ず。この気持ちをどこにぶつければいいのかも分からない。偶然だなんて言葉で片付けられるほど、ディーチェはまだ大人ではなかった。


「なんなの! なんなのよ、もう!」


 感情を無理やりに吐露(とろ)して、ディーチェは勢いよく自らの部屋の扉を開く。

(こんな時にユノがいれば……)

 今日の出来事を夢だと思えるような、素晴らしいとびらを用意してもらえたはずだ。


 そこまで考えて、ディーチェは再び唇をかんだ。

 そのユノでさえ、今はマークと共に本を作っている最中であり――まさしく、人間と手を取り合っている最中なのだ。


「どうして、みんな……」

 人間の身勝手に振り回され、多くの魔女が命を落としたというのに。傷ついているというのに、人と手を取りたいだなんていうのだろう。

 ディーチェはぎゅっと(ひざ)を抱え込む。


「ばかじゃないの」


 自分が子供だから、理解できないのだろうか。シエテのように割り切ることが出来ないのだろうか。メイやジュリのように人を愛し、アリーのように未来を信じることが出来ないのだろうか。


 それでも一番情けないのは自分だ、と深く息を吐く。

 今日だって、守ってもらってばかりだった。うまくやれると自分を過信して、何度ジュリに迷惑をかけただろう。それだけじゃなく、アリーやメイたちを疑うようなことまで口にして。


 挙句の果てには、騒ぎ立て、シエテを困惑させて――逃げ出した。これではますます彼女たちを困らせるだけだろう、と知っているのに。

 人間のトーマスの前で、大嫌いだなんて、言ってはいけないとわかっているのに。


 いよいよディーチェは涙をこらえきれなくなる。

「どうして、アタシは、みんなみたいになれないのかしら」

 胸を張って、魔女として生きていきたいのに。

 最も魔女を卑下しているのは、いつだってディーチェ自身だった。



-- ・ ・- -・ ・-- ・・・・ ・・ ・-・・ ・



 走り去ったディーチェの背中を見つめ、アリーが珍しく弱音を吐く。

「ディーチェには、悪いことをしたわ。本当に、酷いことをしてしまった……」


 もとはと言えば、自分が言い出した作戦のせいでこうなっているのだ。無理もない。

 幸いにも周囲には今、アリーを昔からよく知る家族のような存在しかおらず、だからこそ、アリーもこうして本音をついこぼしてしまうのだが。


「アリーのせいじゃないわ。いいえ、これは誰のせいでもない。運命だったのよ」

 ジュリが力なく呟くと、メイは悲愴を浮かべた視線を礼拝堂の無機質な床へと落とした。


「運命、か」

 シエテは小さく呟く。

「魔女とは、どうもそういう運命にあるらしいな」


 そういう、という言葉が何を表しているのか、皆想像に容易い。魔女ではないトーマスでさえ、そう思わずにはいられない。

 イングレスに生まれた魔女には、不遇な運命が付きまとう、と。


 だが――


 シエテはすべてを包み込んでしまうような深い水底のような、果てしなく続く宇宙のような、美しいブルーの瞳に強い意志を宿した。


「その運命を変えるためにも、作戦を続行する」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 60/60 ・ほんっとディーチェさんいいキャラしてます [気になる点] Meanwhile どこで知ったし [一言] うーむ、強い。表現力がつよすぎる。むむむ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ