表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
万年筆と宝石  作者: 安井優
四つ目の扉 大聖堂
50/139

4-14 小さな仕返し

 アリーの作戦に、シエテとディーチェが顔をしかめた。

「司法裁判官をこちら側に引き入れるなんて、絶対に嫌よ!」

 耐えきれず声を荒げたのはディーチェで、それは子供らしい拒絶反応だった。


「一人でも引き入れることが出来れば、もっと動きやすくなる」

 アリーの言っていることが分からないわけではない。だが、司法裁判官は敵だ。味方にいれば強い、だなんて――敵にどうして思えよう。


 少なくとも、成功した時に得られる利益と、失敗した時に負うリスク。それにつり合いが取れているとは思えない。

 まだ政治家の方がマシじゃなかろうか。シエテでさえそんなことを思ってしまう。


 アリーは「でも」と付け加えた。

「危険が付きまとうのは確かよ。だから、司法裁判官を引き込むのは最終目標」

「最終?」

 シエテの反応に、アリーは小さくうなずいた。


「今回の目的は、マークさんのお話が完成するまでの時間稼ぎ。方法はいくらでもある。例えば、司法裁判官たちを、私たちの力で一時的に錯乱(さくらん)させる」

 ディーチェはますます顔をしかめた。

「ありえないわ。あの作家のために、アタシたち魔女が危険を(おか)すの!?」


 ディーチェの言葉に賛同したのはシエテだった。

「ディーチェの言う通りだ。危険すぎる」


 二人は、マークのことを認めていないわけではない。むしろ、マークが魔女のためにどれほどの危険を冒しているかも、口には出さないだけでわかっている。


 だが、それとこれとは話が別だ。

 特に、司法裁判官のところへ魔女を送り出すなどと、燃え盛る炎の中に飛び込んでいくようなもの。


 アリーはダイヤモンドの輝きを持つ瞳に、きわめて冷静な色を灯した。

「ディーチェもシエテも、マークさんのことは分かっているでしょう。それに、彼を救わない限り、ユノだって危険よ」

 チラリと投げかけられた視線と言葉に、ディーチェとシエテが口をつぐむ。


 今も、マークと共に新聞社で推敲(すいこう)の仕事を手伝っているユノは、普段の彼女からは考えられないほど、本を出すことに強くこだわっている。

 そんなユノを説得するのは骨が折れるだろう、というのは誰しもが勘づいていた。


 だが、ディーチェは苛立(いらだ)ちを隠すことなく、一回り以上も年の離れたアリーをにらみつける。

「ユノの名前を出すのはずるいわ!」

「でも、本当のことでしょう」

「だけど! だったら、ユノだけでも連れて帰ってこればいいじゃない!」


「マークさんが、私たち魔女を裏切らないという確証があるのかしら」


「……っ! それは……」

 あいつがそんなことをするはずがない。

 ディーチェは無意識にそんなことを考え、けれどそれは、彼を認めているということであり――口にすることは出来なかった。マークを認めているのなら、マークのために危険を(おか)すなんて、と言った自分自身の言葉を否定することになる。


「ユノだけが無事で、自分だけが司法裁判官へ連行されることになったら? マークさんが、魔女に裏切られた、と思っても不思議ではないでしょう」

「そうしたら、マークくんは、ワタシたち魔女のことを裏切るかもしれないわね」


 アリーとジュリに正論を突き付けられ、さすがのディーチェも言葉を飲み込む。

 はじめから答えなど決まっているのだ。


 アリーは常に正しく魔女を導く。テレパシーを使って心を読み、先回りする。

 ディーチェが考えていることも、全てお見通し。ディーチェがマークに対し、少しばかり認めてやってもいい、という気持ちでさえ利用しているのだろう。


 何より――

「司法裁判官を混乱させるだけ、というなら」

 シエテが苦渋の表情でそう告げたことが、決定打となった。


「シエテまで……」

 ディーチェも同じことを考えなかったわけではない。だが、シエテなら反対してくれると思っていただけに、自分が何のために去勢をはったのかもよく分からなくなった。

「なんで、みんな」


「なんでって、そんなのはディーチェちゃんも気づいてるんじゃないかしら?」

 ジュリの純真な赤い瞳に見つめられ、ディーチェはその赤がうつったとでも言うように、顔全体を真っ赤にした。


 まただ。また、自分だけが分かっていることを認められない。

 普段、素直じゃないと言われているシエテでさえ、何かが変わった。


 ディーチェは、大人になりきれない自分が悔しくて歯()みする。

「わかってるけど……」

 ぼそりと呟いたディーチェのブロンドの髪を、不器用に撫でるシエテの指先の感触が妙に心地よくて、居心地は悪かった。


 シエテの慣れない手つきが、ツインテールの毛先まで降りていく。

「大人になるな」

 耳元でささやかれた、女性にしては少しばかり低い声はまるで祈りのように。


「ディーチェが怒ってくれたから、冷静でいられた」

 シエテが珍しく、ふ、と口角を持ち上げる。ディーチェの瞳よりも深い青が、全てを包み込んでいくようにきらめいた。

「ありがとう」


 別に、シエテのためなんかじゃない。

 ディーチェが開こうとした口を、シエテの指が優しく(さえぎ)る。

「力を貸してくれ。それだけでいい」


 シエテはディーチェの唇からそっと人差し指を離して、ディーチェから視線を外す。切りそろえられた濃紺の髪が揺れ、少しだけ赤く染まった耳元が見えた。


「心は、自分のためにとっておけ」


 シエテの言葉がストンと胸に落ちて、ディーチェはスカイブルーの瞳を持ち上げる。

 途端、笑みを浮かべたたくさんの魔女たちの姿が目に入り、ディーチェは

「もう! 力を貸すだけなんだからね!」

 とひときわ大きな声で宣言せざるを得なくなったのだった。



・・・ - ・-・ ・- - ・ --・ -・--



「それで? 具体的には何をするの」

 頭を撫でまわすジュリの手から逃げたディーチェが尋ねる。アリーの頭の中にはすでに、いくつもの計画があるようで、彼女はためらいなくきっぱりと言い切った。

「まずはブッシュへ潜入する」


「ブッシュ?」

 ディーチェとメイは首を傾げ、シエテは舌打ちを一つ。

「司法裁判官の資料保管庫だ」

 シエテはやけに苦々しい顔で「想像以上に厄介だな」と呟く。


 メイは、アリーの言いたいことが分かったのか

「もしかして、軍が渡したグローリア号の資料を盗むつもり?」

 と眉をひそめた。


 アリーは「拝借すると言ってちょうだい」と笑う。

「グローリア号の資料をお借り出来れば最高。でも、無理にその資料じゃなくてもいいの。いくつかの資料がなくなっていれば、司法裁判官は、そのことを調べざるを得なくなるはずよ」


「それで、一時的に錯乱(さくらん)か」

 シエテの言葉にアリーはうなずき、話を続ける。

「もちろん、あまり長居は出来ない。司法裁判官との接触も避けたいわ。シエテのテレポートさえ使えるようになれば、問題ないの」


 シエテのテレポートは、魔力のあるものにしか働かない。

 つまり、

「ディーチェちゃんの魔法を、ブッシュの内部にかけたいってことね」

 ジュリの言葉に、ディーチェは息を飲んだ。


「大丈夫。そのためのワタシたちよ」

 ジュリがパチンとウィンクをすれば、メイも自らがすべきことを自ずと感じたのかうなずいた。夢見の力はこのためにある、と言わんばかりに。


「まずは、未来を調べる。次に、ジュリとディーチェは、司法裁判官に成りすましてブッシュへ潜入。私とシエテは、何かあった時のために近くで待機。その後は、状況に応じていくつか資料を拝借してもいいし、何日かかけてグローリア号の資料を探してもいいわ」


 アリーはスラスラと作戦を並べ立てる。

「簡単だ」

 シエテは、ディーチェを勇気づけるためか、あえてそう口にした。


「そうね、大したことじゃない。目的はあくまでも、本が完成するまでの時間稼ぎよ。なんだっていいの」


「建物を燃やしちゃっても?」

 冗談半分にジュリが言えば、

「人が死ななければ、ね」

 とアリーは冷ややかに笑みを浮かべた。


 ディーチェがこわばった体をほぐすように、深呼吸を繰り返す。

 これは、自分だけの闘いではない。司法裁判官には数えきれない借りもある。

 魔女を守るための、ほんの小さな仕返しだ。


「やるわ」


 短く決意を口にする。

 魔女たちはみな、ジュエルアイをきらめかせた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 50/50 ・やべーですね。本気になった。  ディーチェさんが動くのは熱い [気になる点] んで、捕まって拷問されてテロリストとして晒されて……イヤー! [一言] あー、あー、アップテン…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ