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万年筆と宝石  作者: 安井優
三つ目の扉 新聞社
31/139

3-11 好きにしろ

 トーマスの話を簡単にまとめると、こうである。

 マークを疑ったシエテは、魔女集会が終わると同時にマークを追いかけた。そのことに気づいたジュリは、慌ててトーマスに声をかけ、自らの変化の魔法を駆使(くし)してシエテの後をさらにつけた。


 マークが新聞社を出ていき、自宅へと戻ったころ。シエテが新聞社へ単身で乗り込み、それを取り押さえるためにジュリとトーマスも新聞社へと駆け込んだらしい。

 だが、シエテはまったくもって納得する素振りを見せない。


「なら、こうしてはいかがだろう」

 そこで、社長がこう提案したのだ。

「司法裁判官のフリをして、マークがどのような対応をするか見ていくといい。彼は、必ず私を助けにやってくるはずだ」


 すべては社長のせいだったか、とマークは肩を落とした。安堵と怒りが混ざって、結果、困惑の表情を浮かべる。同僚たちも、社長にことの顛末(てんまつ)をすべて聞かされて、演技をしていたらしい。

 日頃から激務だというのに、こんなことで余計な労力をかけさせているとは。


「そういうわけでして……本当に申し訳ありません」

 トーマスは再度頭を下げ、マークは小さく首を振った。

「ひとまず、なんともなくて良かったです。もう二度とごめんですが」

「ごめんなさいね、マークくん。でも、これでシエテもきっとわかったはずよ」

 ジュリは苦笑しつつも、チラリと視線をシエテへと送った。


 当の本人であるシエテは相変わらず口を閉じてだんまりを決め込んでいる。トーマスが説明をしたから、自分から言うべきことなど何一つない、とでも言うようだ。いっそ清々(すがすが)しいほどの態度に、ジュリは肩をすくめた。


「それにしても、魔女の方が一人で外へ出るなんて、危険じゃないですか」

 よほどマークが信用ならなかったのだろうが、誰かに見つかっていればシエテが危険にさらされていたに違いない。

 マークが(とが)めるようにシエテへとその言葉を向けると、シエテは少しだけ驚いたような、バツの悪いような顔をした。


「なぜだ」

 小さく(つむ)がれた言葉の意味は、マークの言ったことに対する質問だろうか。それとも、何か他のことに対する疑問か。

 マークはそれとも、どちらもだろうか、と思考を巡らせ、まずは一つ目の疑問に答えることにした。


「魔女がロンドの街を歩いているなんて、誰かに見られて通報でもされたら、それこそシエテさんが捕まって処刑されていたかもしれません」

 シエテのブルーの瞳や濃紺の髪は、他の魔女に比べれば夜の闇に紛れるだろう。だが、それだって偶々(たまたま)見つからなかっただけのことである。


「なぜだ」

 シエテはもう一度同じ言葉を反復した。今度のなぜ、はおそらくマークにどうしてそんなことを言われる筋合いがあるのだ、という意味であろう。


「シエテさんは何も悪くないのに、僕のせいで捕まってしまうだなんて、そんなのはおかしいじゃないですか。それだけです」

 マークがきっぱりと言って、シエテの深く、冷たいブルーの瞳を見据える。

 マークは、魔女と手を取り合って生きていきたいのだ。たとえそれが、人間のことを嫌いな魔女だったとしても。


「魔女のことを、心配しているのか?」

「当たり前です。魔女だろうが、人だろうが、僕には関係ありません。できれば、もう誰も、失いたくはありません」


 自らの家族が魔女裁判へ連れ去られたあの日――

 マークはもう二度と、あんな思いをしたくなどなかった。


 マークの強い決意が宿ったフォレストグリーンの瞳を、シエテはゆっくりと見つめた。

 メイによく似た緑だが、メイの透き通っているのに深く濃厚なグリーンとは違い、柔らかな、どこか懐かしい色を浮かべている。


 シエテは、その感情を認めてしまうのが怖くて、フイと顔をそむけた。

 ――こいつなら。

 少しでもそう思ったことが、悔しくて、けれどなぜか嬉しかった。


「好きにしろ」

 シエテの言葉に、マークはもちろん、その場にいた全員が驚いたように目を見開く。人間嫌いのシエテが、まがいなりにもマークを認めたのである。

 特に付き合いの長いジュリは、シエテの心境の変化に瞳をキラリと輝かせた。


「シエテ!」

「うるさい。別に認めたわけじゃない。ただ、今日はもういい」

「あなたって本当に素直じゃないわ」

「うるさい! 帰る!」

「ちょっと! 帰るなら、魔法をかけましょ。さすがに朝は目立つもの」


 マークの横をズカズカと通り過ぎていくシエテを、ジュリが追いかける。魔法をかけたのか、マークが振り返るころには、二人は全く別人になっていた。

 もしかして、外のガソリン車も、魔法で見た目が変えられていたのかも、とマークはやや場違いなことを考える。


「マークくん」

 振り返るジュリが笑う。

「ありがとう。それから、これからもよろしくね」

 パチン、とウィンクを残して去っていくジュリは、どこか楽し気であった。


 取り残された人間三人。あっけに取られてポカンとその後ろ姿を見送って、それから盛大に息を吐いた。


「……本当に申し訳ありませんでした」

 真っ先に我に返ったのはトーマスである。魔女協会の魔女たちと共に生活しているからか、日ごろからこういうことはあるのかもしれない。


「いやいや、全ては私のせいだ。それにしても本当にすごいな。魔法を見るのは初めてだが……いや、マークが変わった理由が、よくわかった気がするよ」

 社長の言葉に、トーマスとマークはうなずいた。

 人どころか、世界をも変えてしまうだろう。魔法とは、そういう力なのである。


 やがてトーマスも、改めて謝罪に来ると言い残して、社長室を出ていった。謝罪も何も、トーマスは何一つ悪いことはなく、むしろ社長が迷惑をかけたのだ。そうマークは思っているのだが、トーマスはひかなかった。


 むしろ、反省の色が見えない社長に、マークは思わず冷たい視線を送る。

 結果的には、司法裁判官でもなかったし、シエテも納得してくれたようなので良いのだが、笑いごとでは済まされない。


「やっていいことと、悪いことがありますよ。社長」

「だから、本当に申し訳なかったと思っているさ。だが、あの魔女を納得させるには、これしか思い浮かばなくてな」

 社長はすまなかった、と再度頭を下げる。最終的には、社長に頭を下げさせる従業員というのもいかがなものか、とマークのなけなしの理性が働いた。


「もう、いいです。結果的にはなんとかなりましたし。でも、もう二度とこんなことはしないでください。心臓に悪いので」

「すまなかった」

 社長には今までも、そしてこれからも迷惑をかける。それを差し引けば、今回のことなど大したことではない。


「ここから先は、何があっても僕のせいです。今度は、僕が悪いと言って、必ず社長は逃げてくださいね」

「それはどうだろうな」

「等価交換ですよ」

「なんだそれは」

「魔女たちの法律、みたいなものです」


 マークはそれで手を打つことにした。だが、社長も納得がいかない様子で

「迷惑をかけた分、本物が来た時には、私が(たて)になるよ。それが等価交換というものだろう」

 と真剣な瞳をマークへ向ける。


 さすがは新聞社の社長として長い間やってきただけのことはある。

 言葉の応酬は、どうやら社長の方に()があるらしい。


 マークが返答に困ると、社長は笑みをかみ殺した。

「私も、覚悟は出来た。あんな素晴らしいものを目の前で見せられて、黙ってなどいられない。目の前で起きていることを記事にしたくなるのが、記者ってものさ」

 作家がそうであるように、記者にも記者としての誇りがある。


 マークを息子のように思っている、という社長の言葉はどうやら本当らしかった。

 早くに父親を亡くしてしまったマークも、父親がいたらこんな感じなのだろうか、と思わずにはいられない。


「さ、君は原稿を書くといい」

 社長はそういって、新しい原稿用紙の束をマークへと差し出す。

「私は、今から、事務所で君の原稿へ目を通させてもらうことにするよ」

 昨晩から寝ていないだろうに、メガネの奥のブルーは疲れを見せない。


 マークの肩をポンとたたく社長の手が優しく、あたたかで、マークは思わず頭を下げた。

 魔女と、そしてイングレスに住む人たちが、心から楽しんでくれる物語を書こう。

 マークは改めてそれを決心し、社長が部屋を出ていくまで、頭を下げ続けた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 31/32 ・なんでしょうねこれ。ドアが開いた気がします。  スリル、そして安息 [気になる点] 今回は平坦でおとなしい視点でした。 [一言] 社長さんすごい。大人だ
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