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万年筆と宝石  作者: 安井優
二つ目の扉 とびら屋
17/139

2-12 嫌いなのに

「ディーチェちゃん!」

 砂浜を()り上げるディーチェの後ろ姿に、ユノは声を上げた。

 おそらくディーチェは、マークのところへ行こうとしているのだろう。そう感じとって。


「多分、マークさんなら、あっちだよ!」

 ディーチェの走り出した方向とは反対の方角を指さして、ユノは声を張り上げる。ディーチェは振り返ると、我に返った、とでも言うように目を丸くして

「べ、別に! ちょっと海がみたいなって思っただけよ!」

 とユノの方へ戻ってくる。


 それから、握っていたままの原稿用紙をユノのほうへと突き返した。

「ユノの大切なものだから、()れると大変でしょう」

 ディーチェは、ふん、と顔を背ける。なんとも可愛らしい照れ隠しだ。


「この先に、森へ続く道があるの。一本道をずっと登っていくとね、この辺りが一望できる丘のてっぺんにつくから……良かったら行ってみて」

 ユノは、ディーチェから戻ってきた原稿用紙をそっと抱え込み、ディーチェに提案する。そう、これは提案だ。別に、マークがそこにいるとは一言も言っていない。


「き、綺麗なところなんでしょうね?」

「もちろん! きっと、ディーチェちゃんも気に入ると思うよ!」

 ユノが、ディーチェの背を押せば、ディーチェは「わかったわよ!」と声を荒げ、森の方へと歩いて行った。


 人と魔女が手を取り合うチャンスを、どうかもう一度。

 ユノは、人のいなくなったとびら屋で、一人願うのだった。



・・・・ ・・ ・-・・ ・-・・ 



 ディーチェはむしゃくしゃとする気持ちを抑えつつ、森の小道を登っていく。普段、魔女協会のある大聖堂の中を少し歩き回るくらいのディーチェには、(ゆる)い上り坂でさえ、長く続けば険しい道だ。


「なんで……アタシが、人間のために」

 ハァ、と一つ息を吐き出して、休憩、と大きめの岩のあたりに腰を下ろした。


 ディーチェは、キョロキョロと周囲を見回した。ユノのもとを訪れる時は、とびら屋の中ばかりで、少し外へ出たとしても砂浜のあたりばかり。森へ入ったのは初めてのことで、とびら屋で一度だけ見せてもらった景色に、どこか似ている、と思った。


 海風に揺れる木々の音が、波の音色に混ざって心地がいい。緑の間から差し込む木漏れ日は柔らかで、大聖堂のステンドグラスに差し込む光を思い出した。鳥のさえずりや、どこかひやりとした新鮮な空気。土や岩の感触でさえ、ディーチェには初めてだ。


 ――そういえば、森の話もあったわね。

 ふとマークが書いた物語を思い出して、ディーチェはブンブンと頭を振る。

「あいつの書いたお話なんて……!」

 全然面白くない、と言いかけて口をつぐむ。


 魔法が出てくる物語はおろか、魔女が主人公の物語なんて、存在しないと思っていた。

「……あいつの書いた、お話なのに」


 それと同時に、ユノや、他の魔女のように、人間のことを素直に許せない自分にも腹が立つ。

 悪いのは人ではなく、罪であり、法律である、とディーチェは知っている。魔女協会に拾われて、最初に教えられたから。

 だが、それを受け入れられない自分は変だ、とどこかで思っていたのだ。


「魔女と、人が手を取り合う……」

 ユノの言葉を反芻(はんすう)して、そんなことが本当にできるのだろうか、とディーチェは思う。


 ディーチェはまだ子供で、政治のことや法律のこと、難しいことは何もわからない。大聖堂でディーチェと接する人たちは皆優しいが、それは、魔女協会が利用する価値のあるものだからだと思っていた。


 ディーチェが一人だったら? 彼らは同じように手をとってくれただろうか?

 ユノとマークが互いに認め合えたように、彼らと仲良くできるだろうか。

 ディーチェはそんなことを考えて、ゴシゴシと目をこすった。


 ディーチェの魔法は、少々特殊だった。

 魔女にとっては、それまでの世界を一変する素晴らしい魔法。だが、人間にとってはなんの意味もなさない魔法。

 ――魔法をかけられるようにするための、魔法だなんて。


 ディーチェは、自らの手のひらを木漏れ日にすかして呟く。

「変な力……」


 テレパシーや、テレポートという魔法は、従来、とても不便な魔法だった。

 魔法の力を持つ同士でなければ使うことも出来ず、いうなれば、魔女同士、一対一の小さなやり取りに限定されていた。


 だが、ディーチェの魔法によって、その常識が(くつがえ)る。

 ディーチェがガラスの板に魔法をかければ、そのガラスの板に、テレパシーの魔法を込めることが出来るようになったのだ。

 これにより、魔女たちは皆テレパシーやテレポートが自由に使えるようになった。


「あなたには、私たち魔女をつなぐ力があるわ」

 そう言われて、ディーチェは嬉しかった。

 自分にも、存在意義があったのだ。魔女たちを助けることが、自分の役目だ。


 だからこそ、魔女を排除しようとする人間に対しては誰よりも敏感だった。


「でも、もしも……アタシに人と、魔女をつなぐ力があれば……」

 ユノみたいな、力があれば。

 ないものねだりだとはわかっていても、ディーチェはそんな風に考えてしまう。

 もしも、そうであれば、自分も人間を素直に許せただろうか、と。


 ディーチェは、くだらない、と子供じみた自分の気持ちにフタをして立ち上がる。はぁ、と一つため息をつき、丘の頂上を見上げる。

「どうして、追いかけてきちゃったのかしら」

 ――人間なんて、嫌いなのに。


 それでも、ディーチェは、来た道を引き返すことは出来なかった。自分に負けたような気がして。

「……最悪ね」

 (ほお)を伝う汗をぬぐって、ディーチェは丘の頂上へと続く道を再び登った。


「これで、あいつがいなかったら……絶対に許さない」

 独り言を繰り返すディーチェの前に、やがて開けた高台が見えて、思わず駆け出した。

 ザァン、と波の音がクリアに聞こえ、おそらく頂上だ、と気持ちが(たかぶ)った。


 ディーチェの到着に、マークは振り返った。ユノが迎えに来たのだろうか、と思ったそこには、ブロンドの髪と美しいスカイブルーの瞳があって、反射的にマークは視線を外す。

 ディーチェには、どうも嫌われているらしい、という自覚があるだけに、自分から話すこともためらわれた。


「……どうして、いるのよ」

 マークがあたりをキョロキョロと見回せば、

「あんたに話しかけてるに決まってるでしょう!」

 ディーチェは声を荒げる。


 どうして、と言われましても、とマークは返事に困る。どちらかといえば、マークが聞きたいくらいなのだ。

「あんたが、こんなところにいなきゃ……」

 今までみたいに、人間なんて嫌いだ、と言っておしまいに出来たのに。

 ディーチェは言葉を飲み込んで、キッとマークをにらみつけた。


 マークは、返事をしなかったのがまずかった、と慌てて頭を下げる。

「す、すみません……。その、僕のせいで」

「別に、あんたのせいじゃないわよ」

 ディーチェは、ストン、とマークから数歩離れたところに腰かけた。


「だ、だけど……この島は、魔女の島で! そ、それに! ユノさんとのことも!」

「はぁ!? ユノとあんたに、何かあったの!?」

「な、何もないです!」

「ふじゅんいせーこーゆー!!」

「え?」

「ロリコン!!」

「ち、違います!!」


 ディーチェは顔を背けて、ぶふっと息を吹き出した。

「へ?」

「はぁ……馬鹿らしい。こんな人間に、魔女が振り回されるなんて」

 信じられない、とディーチェは海の方へ視線を投げる。


「どうして、ユノはこんなやつ」

 悪態(あくたい)をつくが、その声には今までのようなトゲトゲしさはなかった。

 海風がディーチェのブロンドの髪をさらい、キラキラと日の光にそれが反射する。髪の隙間から、ディーチェの横顔に笑みが浮かんでいるような気がした。


「……でも、あんたの話は面白かったわ」


「え?」

「なんでもない!!」

 ディーチェはプイ、と顔をそむけたかと思うと素早く立ち上がり、来た道を駆け下りていく。


「え!? え、ちょっと!?」

 残されたマークは、ディーチェの後を追うこともためらわれたまま、丘の頂上で一人、

「どういうことー!?」

 と叫び声をあげた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 白と黒で書かれている文章なのに、色鮮やかな世界が凄く伝わります。 難しい表現ではなく、分かりやすい言葉を多用し、小物、部屋、瞳の色、ああ…これってこういう輝きなのだなと、全てがスムーズにイ…
2021/04/16 18:19 数屋 友則
[良い点] 人間であるマークに対して少し歩み寄るディーチェちゃん良いですね!! 毒舌ですが、根はめちゃくちゃ良い子なんだろうなぁと読んでいて思いました。今はユノさんを描かせて頂いていますが、いずれディ…
[良い点] 17/17 ・荒れる荒れる視点が荒れる、荒れ狂う波浪が自らの腹を打ちつけるがごとく目がゆれ、そしてディーチェもゆれゆれの「べ、別にアンタに会いに来たわけじゃないんだからね」キャー✨✨✨ …
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