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万年筆と宝石  作者: 安井優
二つ目の扉 とびら屋
16/139

2-11 親友同士の約束

 そっと外の様子をうかがうディーチェが

「……あ、あいつは」

 と今にも消えてしまいそうなほど小さな声でユノに尋ねた。ユノはあえて、いつも通りに振舞う。

「少し席を外すといって、外へ出ていったの」


 安堵したディーチェの美しいスカイブルーに、ようやく少しの輝きが戻る。

「そ、その……」

 だが、その瞳はウロウロとせわしない。指でくるくるとツインテールの先をもてあそぶ彼女は、年相応の姿をしている。


 ディーチェの年頃特有のプライドと、いまだに認められない価値観の違いと、けれど、親友と仲直りをしたいという思いの真ん中で、ディーチェは迷っているようだった。


「ごめんね、驚かせちゃって」

 ユノが先手を打てば、弾かれたようにスカイブルーの瞳がユノを見つめる。

「ディーチェちゃんが、人を嫌う気持ちは分かるの。だって、同じ魔女だもの」

「そ、そう……そうよね! あ、当たりまえじゃない!」

 ユノの言葉に、自信を取り戻したようにディーチェは気丈に振舞った。


「でも」


 ユノの夜空色の瞳が、チラチラと無数の色彩に輝く。

 ディーチェは今まで、数多くの美しい瞳を見てきたが、ユノの瞳ほど美しい瞳は見たことがない。


 だが、ユノの口から(つむ)がれた言葉は、ディーチェが期待していたようなものではなく。


「私は、マークさんと一緒に、ここで暮らしていきたい。人と一緒に生活がしたいの。昔の魔女と人が、そうやって生きていたように」


 ディーチェの気持ちは、再び熱を帯びて沸騰した。


「なっ……! なんで!? まだそんなことを言うの!? アタシたち魔女は、人に殺されてきたのよ!!」

(にく)むばかりじゃ、何も変わらな……」

「そんなのは!」


「そんなのはただの綺麗ごとよ!」


 ディーチェは、全身で声を荒げる。

 ユノの言っていることが正しいとわかってはいても、気持ちに折り合いをつけることは出来なかった。

 ――両親に殺されかけたディーチェには。


「魔女が何をしたっていうの!? 望んで手に入れた力じゃない! 望んで生まれてきたわけじゃない! それなのに、命を奪われて……迫害されて……」

「私たちは、お互いに知らないことだらけなの。だから、怖いんだよ。人は、魔法がどんなに素敵なものかを知らない。私たち魔女は、人がどれほど優しいかを知らない」

「だから何なの!? 分かり合うために手をとれって!?」

「そう。私とマークさんは、そうやって手を取った。お互いに、お互いのことを話して、理解した」


 ユノは、冷静にディーチェを見つめる。

「人を好きになれとは言わない。でも、マークさんのことを悪く言うのはやめて」

 ディーチェのスカイブルーはどんよりと(くも)って、大雨になりそうだ、とユノは思う。けれど、ディーチェはそれを必死に押しとどめた。


「ユノは……アタシより、あいつの方が大事だっていうの?」


 しぼりだした声は、ひどく孤独で、(みじ)めで――ディーチェは、押し殺せない寂しさが悔しかった。


「違うよ。私は、ディーチェちゃんのことを大切な親友だと思ってる。それに、一人にはしないわ。絶対に」

「だったら!」

「だけど、それと同じくらい、マークさんも大切なの。私の初めての、人間のお友達だもの」


 人と、魔女が手を取り合うなんて、そんなことは出来るわけがないと思っていた。

 ディーチェは魔女協会に保護されて生きてきた。そんな中で、大聖堂に勤める神父や、聖職者の人たちと接しても、それは薄っぺらい――虚構(きょこう)の……作り物の関係だと思っていた。


 金と命を引き換えに、魔法を。

 そんな、お互いにとって、都合の良い等価交換の相手だと。


 それが、目の前の親友はどうだろうか。

 利害関係ではなく、魔女と魔女が自然とそうなるように、人と『友達』だと言った。お互いに、(にく)むでも、傷つけあうわけでもなくて、助け合う存在なのだ、と。


「ユノは……どうして……」

「ね、ディーチェちゃん。少なくとも、マークさんは悪い人じゃないわ。ディーチェちゃんが思っているよりも、ずっとずっと優しくて、素敵な人よ」


 穏やかなユノの声が、ゆっくりと近づいて、やがてディーチェはあたたかなユノの体温に包まれた。

 ぎゅっとディーチェを抱きしめたユノの手は、今までと変わらず、柔らかで、優しかった。


「魔女は、人を幸せにできるのよ。人も、魔女を幸せにしてくれる」


 ユノは、さらさらとしたディーチェのブロンドの髪をなでた。

「魔女を守るための方法は、人と戦うことだけじゃない。人と協力することも、魔女を守るための方法の一つだよ」

 ディーチェには、まだそれを理解するのは難しかった。

 けれど――ユノが言っていることは正しい、とディーチェはいつだって思っている。


 ユノの体温がディーチェから離れ、ディーチェもまた、ユノの背中に回していた手をほどく。

「それに、ディーチェちゃんが一番よく知っているはず」

 ユノがディーチェをまっすぐに見つめる。


 ディーチェがユノの店に来て、頼む世界はいつだって、本に出てきたという人の世界のことだ。時計塔も、お城も、メリーゴーランドも……そして、お姫様の部屋も。

 どれも、人間が作り出したもの。ディーチェこそ、一番人間に憧れているのだ。


「で、でも……」

 ディーチェは視線をさまよわせた。彼女の心の内にある葛藤(かっとう)は、そう易々(やすやす)とは無くならないだろう、とユノは思う。魔女裁判という名の法律を作った人間を(うら)むのも、そのせいで両親に殺されかけ、人を信じられないのも、すべて当たり前のことなのだから。


「大丈夫よ。すぐに受け入れる必要はないわ。無理に、好きになる必要もない。けれど、忘れないで。魔女と人は、きっと、また手を取り合える」


 ディーチェちゃんも、本物のメリーゴーランドに乗れる日が来るかも、とユノが笑えば、ディーチェはふん、と美しいスカイブルーの瞳をユノから外した。

「魔女はみんなそればっかり!」

 別に、私は綺麗なものが好きなだけよ、とディーチェは悪態(あくたい)をついて、ユノの横を通り過ぎる。


 分かり合うには、まだまだ時間がかかる。

 人も、魔女も。


 ディーチェは、ツンと澄ました顔で椅子に座ると、

「でも……アタシにとっても……ユノは親友だから……」

 今回のことはごめんなさい、と紅茶に口をつけた。


 言い過ぎてしまってもう後には引けない、というときにでも、こうして素直に謝れるのは彼女の良さだ、とユノは思う。子供だからこそ、出来るのかもしれない。

 分かりにくいが、ディーチェが同じテーブルにつく、ということは仲直りを示しているのだ。


 すぐさまユノがディーチェの前に腰かければ、

「アタシに、直接害がないならもういいわ。人間のことでこんなに必死になるなんてバカみたいだもの」

 そうディーチェは強がった。ユノが笑みを浮かべればディーチェは眉を吊り上げる。

「べ、別に許したわけじゃないからね! 何かあったら、ただじゃおかないんだから!」

「わかったわ、約束する」


 ユノの差し出した小指に、ディーチェがそっと小指を絡めた。

「魔女同士の約束よ」

 これは、等価交換でも、契約でもない――。

「親友同士の約束、でしょう?」

 ユノがそっと小指を離せば、ディーチェはふん、と再び視線を外した。


 仲直りの証に、とユノが原稿用紙をディーチェの方へ差し出す。

「これは?」

「新しいお話だよ」

「本!?」

 ディーチェの瞳は輝いた。あっという間に、興味の対象が移るのも、子供ならではだろうか。


「読んでもいいかしら!」

 もちろん、とユノはその原稿用紙をディーチェへ渡す。まさかそれが、マークの書いたものだとは知らないディーチェはしばらく原稿用紙に書かれた文字を堪能した。


「……こんなに、素敵な物語があるなんて」

 うっとりとした声に、ユノは満面の笑みを浮かべる。

「しかも、魔女が主人公なのよ! 魔法だって出てくる!」

 こんなのどこで、とディーチェはキラキラとスカイブルーの瞳をユノへ投げかけた。


「お、怒らないで聞いてくれる……?」

 ユノがチラリとディーチェを見れば、ディーチェは一瞬にして表情を固める。

「まさか」


 ディーチェは言葉を切ると、何かに弾かれたように立ち上がる。

 原稿用紙をつかんだままとびら屋の玄関を開け放つと、彼女は外へと飛び出した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 16/16 ・葛藤からびょーんまでの流れが綺麗でした。  なるほど。このように描くのか。 [気になる点] もうカメラワークがえげつないのですわ。 [一言] 目がキラキラするのか。うむうむ…
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