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万年筆と宝石  作者: 安井優
九つ目の扉 最高裁判所

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124/139

9-4 オレンジ

 不思議と怖くはなかった。

 ユノに手を握られたまま、マークは裁判所の二階へと向かっていく。道中も、軍人と司法裁判官、群衆、聖職者、報道陣たちと、様々な人にぶつかったが、もはや床さえ見えぬ裁判所内でそんなことを気にする者はいなかった。


「どこにいくんですか!?」

 前をいくユノに必死でマークが尋ねれば、ユノは「内緒です!」となぜかこの期に及んで黙秘権を主張した。

 裁判所の二階は、資料室や裁判官たちの控室、それから傍聴席(ぼうちょうせき)しかない。


 急いではいても、人にもまれてそれほど早くは動けない。もみくちゃにされながらも、二人はなんとか人の壁を押しのけて進む。

 しっかりと繋がれた手。

 それだけが、未来へと向かう確かなものだ。

 ユノは、マークの手を離さないように、マークはユノの手を離さないように、互いに互いの手を、ぎゅっと握りしめた。



--- ・-・ ・- -・ --・ ・



 一方で、騒ぎが大きくなった裁判所内に、次なる動きを見せる者がいた。

 国民たちに紛れながらも、少しずつ少しずつ、人々を扇動して裁判所から逃がしていく集団。

 新聞社の社長をはじめ、軍のヤードが国民たちに被害を出さないように、と徐々にその勢力を拡大する。


 銃撃戦が始まったら、国民にも被害が及ぶ可能性がある。特にあのこざかしい司法や貴族の考えることだ。

 国民の一人や二人、人質にとってもおかしくない。

 一般市民が混乱の最中に命を落としてしまわないよう、彼らを裁判所の外へと誘導していく。


 もちろん、簡単ではない。マスコミのふりをして、インタビューを気取っても、せいぜい集められる人数は限られている。時には強硬手段として、数名をまとめて外へ押しやるように、自分たちが裁判所内を占拠しなければならない。

 ヤードは私服で(まぎ)れ、社長たちはいかにもマスコミ然とした風貌(ふうぼう)をあえて見せつけて、市民を外へ外へと誘導する。


 自ら銃撃戦から逃げてくれる人や、快く聞いてくれる人もいるものの、今まで押さえつけられていた分、反発は大きい。

 ここまで来たのだから、一発ぐらい国王を殴らなければ気が済まない、と暴れている者もいて、これではどちらが悪か分からない。


「ここは危険です! 早く外に! 救護が必要な人はこちらへ!」

 救護隊と共に声をあげるディーチェも、必死になって人々を呼ぶ。

 シエテはジュリ達と戦闘に移る。

(ここからは、アタシがやり遂げなきゃ……)

 懇願(こんがん)する少女の呼びかけに、人々も少しずつ裁判所の外へと逃げていく。


 人がいなくなった隙間は、ヤードの人間が埋める。さすがに普段、ロンドに駐在しているだけのことはあって、ロンドの人々の扱いにも慣れているようだ。

「ほら、さっさと外へ行くんだ!」

 ここは危ない、とことさらに強調する野太い声は、いつも新聞配達中の自転車に違反切符をきる男のものだった。社長やマーク達の同僚も負けじと声を張り上げる。


 その隙間を()って、魔女とジェイムズの銃撃戦も続く。軍人と司法、そして貴族たちも、銃を持ち出していて、裁判所内は、まさに危険と呼ぶにふさわしい状態になっている。

 特に、ジェイムズと魔女の戦いは一歩も引かぬ攻防戦。

 エリックとシエテ、ジュリがそこに参戦してはいるものの、ジェイムズのそばにも、軍人あがりの者や、王の従者が数名現れ、それぞれをジェイムズから引き離す。


 その中にいても目立つオレンジの髪。

 戦場には似つかわしくない、華々しい色合いが、ジェイムズの視界に入るたび、ギラギラと反射してうるさい。

「なぜ!」

 疑問と銃弾を同時に彼女へと放てば、彼女は黄金に輝く視線と銃弾をジェイムズに返す。


 彼女の操る風に乗り、軌道が変わる銃弾は、ジェイムズでさえ避けるのに精いっぱいだ。その間にも、ちょこまかとテレポートを繰り返しては視界を乱すシエテの存在や、精度はそこそこだが、しぶといジュリの……魔女の存在が余計に邪魔をする。


 ジェイムズの思考を読んだかのように、ジュリとシエテのもとには王の従者が、エリックには陸軍から引き抜いた男が真正面から対峙して、ジェイムズはそこでようやく長く息を吐き出した。

 さすがに、諜報部隊出身のエリートでも、四対一では分が悪い。


 もちろん、ジェイムズは裁判所内が一般市民ではなく、軍人やヤードによって占拠されつつある、とは知らず。

 すでにジェイムズ達には分が悪いと気付いているのは、ジェイムズの思考を読んだアリーと、それをテレパシーで聞き取った魔女たちだけだが。


「ようやく、これであの日の続きが出来ますね」

 穏やかな声が、無性にジェイムズの心をざわつかせる。何よりこの顔立ち――どこかで、とジェイムズがその違和感に一瞬の隙を生めば、ゴウッと風が(うな)りを上げる。

 自然と敵対したことなどない。チ、とジェイムズは舌打ちを盛大について、その身を後方に投げ出す。


 チラリと周囲を伺えば、王の従者はさすがと言うべきか、戦闘能力も優れているらしく、ジュリとシエテはあっという間に劣勢を()いられていた。

「ずいぶんと余裕がおありのようですね」

「っ! どんな時でも、冷静でいるように仕込まれているだけだ」

 銃口を銃口で弾いて、接近戦もできたのか、と目の前に迫る太陽の輝きへ視線を戻す。


 初めて会った時は、何も持たぬ弱々しい少女だったはずだ。

 もしも、彼女が一度死んだはずの人間と、同一人物だというのであれば、だが。

 それとも、そんな魔法が存在するのか――


 すさまじい風圧に目を伏せたくなるのを必死にこらえ、ジェイムズは素早く一撃を放つ。至近距離では彼女もさすがに避けられまい。そう思ったがやはり一筋縄ではいかず、彼女は魔法とも呼べる奇跡の力で弾道をいともたやすく変えてしまう。

 それでも美しい(ほお)に一筋の傷が出来れば、ジェイムズは思わず口角を上げた。


 ツ、と(ほお)を伝う血をぬぐった彼女は「なるほど」と独り言をこぼす。

「あなたの銃の腕も、なまっていないということですね」

 やはり、ジェイムズを知っている。それも、諜報部隊として暗躍していた時代の彼を。

「初めてお会いした時も、風を手繰(たぐ)ったというのに胸を(つらぬ)かれましたし」


 決定的な言葉が魔女から飛び出し、ジェイムズはいよいよその仏頂面をゆがめた。

 その間にも繰り出されるムチのようなしなる手刀やのびやかな蹴りを避けつつ、腰に隠し持っていた別の銃を取り出す。

 弾切れになる前に、次の手をうたねばならない。


「ずいぶんと、便利な魔法があったものだな」

 ダァン! と先ほどよりも派手な銃声が響き、魔女のオレンジの髪がハラリと舞う。マリーゴールドの花びらのようにも見えるそれが表すものは、ジェイムズの今の感情か。

「隣国へ亡命した魔女が助けてくださいまして」


 それに、と彼女は風を切り裂いてジェイムズの懐へと距離を縮める。

「王女様にも助けていただきました。枢密顧問官としてお役に立てること、大変光栄に思います」

 ジェイムズの喉元に突き付けられた銃口が、ヒヤリと全身に冷気を送り込む。


 枢密顧問官。

 ジェイムズでさえも、その存在は知らない。だが、それこそ、王が諜報部隊を飼いならしているのと同じだろう。

 王女様付の優秀な人間。一握りの選ばれし者。


 だが――

「それだけじゃないな……」

 ジェイムズがゴクリとのどを鳴らせば、彼女はまさに光栄と言わんばかりに美しく目を弧に細めた。

 美しい三日月が二つ、ジェイムズに夢を見せる。


「……作家の、妹か」

 その呟きに、オレンジの癖毛がふわりと豊かに踊った。

「シトリン・テイラーと申します。以後、お見知りおきを」


 以後、なんてものがあるのか――

 ジェイムズは死を覚悟した。

 だが、その銃が雄たけびを上げることはなく、代わりに一体どこから現れたのか、はかったようにジュリがジェイムズの無防備になった片手から銃を奪い、エリックが両手に手錠をかけた。


「愚弄めが!」

 ぞっとするような声に振り返れば、国王の後ろにテレポートしたシエテがその刃を王の首筋に突き付けていた。


 ――世界が、変わる。

 ジェイムズが顔を上げた先に飛び込んだ光。彼はその景色に、思わず唾を飲みこんだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] シトリン・テイラー……(衝撃に全てを持っていかれた顔)
[良い点] 124/124 ・んんんんん!!! 運命すぎますね [気になる点] そして収束。どうなる? [一言] 新聞社の方々、軍の方々、お疲れ様でした
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