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万年筆と宝石  作者: 安井優
九つ目の扉 最高裁判所

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122/139

9-2 国王

 国王自らが、裁判に出席するのは異例のこと。

 だが、それも久方ぶりの魔女裁判ともなれば当然というように、王はマークの正面、真ん中の椅子にどかりと腰かける。

 国王の付き人が裁判中であるにも関わらず、ティーカップを差し出す。マークはその緊張感のなさに、素直に驚いた。


「……して、被告は三人か」

 ざらりと体中を舌で舐めまわされたような不快感が、マーク達の背筋を駆け抜ける。

 決して若くはないとはいえ、そのしゃがれた声はテニスン以上だ。しかも、どこか鋭利でギザギザとした空気の振動を感じられるほどに。

「ふん、魔女裁判というから来てみたものの。実にくだらん」


 罪状を読み上げるまでもない、とマーク達を一瞥(いちべつ)して、国王はふんぞり返る。ティーカップを従者から受け取れば、何が気に入らなかったのか

「熱い」

 と一言告げて、カップの中身を従者にぶちまけた。


 バシャリ! と裁判所内とは思えない音が響き渡る。

「っ!」

 従者は声もあげずにそれを受け、耐え忍ぶ。数秒後には「申し訳ありません」といやに落ち着いた声が小さく聞こえ、なぜかマークの心がささくれ立った。


 嫌な国王を演出するには十分すぎるほどだ。もちろん、演出なんて生易しいものではなく、これが王にとっての日常であることは疑う余地もないが。

 エリックとトーマスも、マークと同じことを感じて眉間を寄せた。国王の行動は常軌を逸している。

 三人がそろって国王の横暴をねめつければ、さすがにその視線に気づいたのか、王はぎょろりと目玉だけを三人へと向けた。


 瞬間、再び胸を圧迫されたかのような空気が押し寄せる。思わず目を背けたくなるほどの威圧感は、一体どこから放たれているのだろう。

 魔女と一緒にするのも忍びないが、それこそ魔法のような人心掌握ぶりだ。

 グレーの瞳は、ロンドに立ち込める暗雲と同じく暗く濁っていて、どんよりと鬱屈な気分にさせる。


 床に染み付いた紅茶をふき取って、従者は王のそばを離れる。さすがに、熱湯をかぶったまま、その場にいるわけにはいかないのだろう。

 代わりの者が硬い表情で王のそばに仕えると、王はわざとらしく深いため息を吐いた。

「まったく、これでは何の退屈しのぎにもならん」


 人の命を――魔女裁判を、退屈しのぎだと。


 三人が声を上げようとしたその瞬間、バタン、と大きく裁判所の扉が開かれた。

「これで、少しは退屈もしのげるかしら」

 凛と澄み切った声が、裁判所に響き渡る。

 王が作った嫌な雰囲気を、全て浄化するような美しさが。


 突然のことにマークが声の方へ振り返れば、白金にまたたく魔女の姿がある。

 シルクの真っ白なドレスは、司法裁判官が(まと)う白い制服とは比べ物にならないほど、たおやかに輝きを放っていた。


「どうしてここに!」

 トーマスは、アリーの横に並ぶメイの姿に目を丸くする。こちらへきてはいけない、と必死に彼女を(とが)めるも、メイはまるで意に介さず、いたずらっぽい笑みを浮かべた。

「夢を見なくたって、私がトーマスを助ける未来は決まってることだもの」


「貴様らは……!」

 目を見開く王と、彼を守るように王の視線をさえぎる従者。ざわつく貴族と司法裁判官をよそに、ジェイムズだけが嬉しそうに口角を上げた。

「やはり、来ると思っていた」


 ジェイムズの視線は、まっすぐにジュリへと向かう。

 豊かな赤毛が、無機質な裁判所内を鮮やかに彩り、いつぞやのブッシュでの業火(ごうか)を思い出す。一度、命をやり取りした宿敵とも呼べる相手。


「ジェイムズ! これはどういうことだ!?」

 今回の裁判で、一般の傍聴(ぼうちょう)は許されていない。すなわち、裁判所の扉が外から開くなんてありえない。

 貴族の一人が、ジェイムズへ厳しい糾弾を浴びせれば、ジェイムズは、ふん、と鼻を鳴らした。


「どうもこうもありませんよ。皆さま、退屈なさっているというのでね。このようなショーをご用意した次第です」

 ジェイムズはうやうやしく片手を胸元へ、もう片手は大きく開いて頭を下げた。そんなショーマンの真似事は、貴族たちを小ばかにしているようにも見える。

「さぁ、皆さん! あちらにいらっしゃるのが、本物の魔女ですよ!」


 魔女、と聞いて裁判官たちは皆それぞれの表情を見せた。貴族の中には、本当に魔女が呪いのような存在だと思っているのか、「ひ」と小さく悲鳴を上げたものまでいる。

 上司であるジェイムズに崇拝ともとれる瞳を向けている司法裁判官もいれば、忌々(いまいま)しいものを見るかのように魔女を睨みつける者もいた。


「これじゃ、まるで見世物だわ」

 ジュリが不服そうに唇を尖らせ、アリーは

「織り込み済みだったんでしょう?」

 とそんなジュリに呆れたような視線を向ける。

 正面突破をしようと言い出したのはジュリで、こうなることまで予想していたはずなのだ。


 ポカンとあっけに取られていた貴族の一人が、ようやく我に返ったように

「魔女を捕まえろ!」

 と大声を上げる。


 その声に反応したのか、それともこの騒ぎに気付いたのか、どこからともなく裁判官がなだれ込むようにして裁判所内へと入るとアリー達の後ろに迫る――

「やめてください!」

「彼女たちに罪はない!」

 マーク達三人は必死に傍聴席(ぼうちょうせき)の方へと駆け寄る。


「ならん!」

 ビイィンと、裁判所内を満たす空気すべてを震わすかのようなすさまじい怒号に、その場にいた全員が思わず動きを止めた。

 司法裁判官たちでさえも息を飲み、すぐさま声のした方へと視線を投げかける。


 自らを守るために前へと出ていたはずの従者を押しのけ、王は、魔女たちの前に姿を現した。

 威厳ある、と言えばさもそれらしく聞こえるが、人を見下すような態度が往々にして(にじ)み出ているだけの傲慢(ごうまん)さだ。


 魔女の姿をその目に焼き付けるようにして、ニタリと嫌な笑みを浮かべる。

 それこそまさに、この国に悪魔が存在するのならば――魔女ではなく、この男のような風貌をしているだろう、と誰もが思ってしまうほど。


 国王はひとしきり魔女たちを眺めた後、その視線をジェイムズへと向けた。

「よくやった、ジェイムズ! これは楽しめそうだ!」

 ぐふぐふと耳障りな笑い声がこだまし、マーク達はそろって再び顔をしかめる。

 国王の命で、魔女たちを捕らえることもできずに立ち尽くす司法裁判官たちは、困惑を浮かべた。


 ジェイムズは国王に向かってひざを折り、頭を下げる。まるで、光栄だと言わんばかりの様子だ。

 これから、魔女裁判が始まるなんて、誰が思えるだろう。

 なんとも奇妙な光景が広がり、それを収拾づける人間もいない。


 真面目な顔をしているジェイムズは、すくりと立ち上がったかと思えば、

「国王様。それでは、改めて」

 とマーク達の方へ振り返り、手元の木槌(きづち)を二つダンダンと打ち付けた。

「魔女裁判を開廷させていただきたいと存じます」


「だからさせないって」

 言ってるでしょう、と声をあげようとしたジュリの口が後ろからふさがれ、そのまま魔女たちは取り押さえられる。

 アリーとメイ、そしてジュリは、司法裁判官に手を拘束され、傍聴席(ぼうちょうせき)へと放り投げられるようにして転がりこんだ。


「ちょっと!」

 これも想定内……とはいえ、もっと時間をたっぷりと使う予定だったのに、とアリー達は顔をゆがめた。

 そのまま流れるようにマーク達も司法裁判官たちによって押さえつけられ、頭に銃口を当てられる。ゴリ、と鈍く冷たい音が、頭蓋骨に直接響く。

 軍人上がりの使い捨ての駒を、ここでもジェイムズはうまく有効活用しているらしい。


(あわ)れな魔女よ、見ているがいい。自らの存在によって、尊い命が奪われる瞬間を」

 ジェイムズの言葉に、国王が再び凍り付くような笑みを浮かべる。


 ――やがて、静寂が支配する。


 国王は、自らの目の前に差し出された紙の束を仰々(ぎょうぎょう)しく持ち上げた。

「魔女への加担、および、言論統制への抵触。この国の安寧を(おびや)かし、度重なる混乱に陥れた者――以下、三名を国王の名において、死刑とする」

 高々と宣言されれば、裁判所の混乱は驚くほど急速に、まるで波が引いていくかのように、きれいに収まってしまった。


「トーマス・ベケット、エリック・ブラウン。そして、マーク・テイラー。魔女に魅入られた可哀そうな子羊らよ。その血肉をここに捧げよ。次は、良き魂として導かれんことを!」


 ダァンッ! と鋭く、重々しく響いた銃声に、魔女たちは思わず目を伏せる。

 真っ赤な血だまりが、一つ、二つ、三つと裁判所の床に広がった――

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― 新着の感想 ―
[良い点] 122/122 ・あ、あらぁぁぁ、だめだったぁ。そして王様悪魔だ [気になる点] あっさり取り押さえられるの、魔女たちの詰めの甘さというか、まあここまで読んできましたし、予想通りですね …
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