8-2 怖いもの知らず
メイの話によれば、マーク達がロンドを去った後、人々は抗議デモを起こすという。
それを皮切りに、ロンドのあちらこちらで司法と国民、そして軍が衝突する事態となる。いわば、内乱状態だ。当然そうなれば、国民が真っ先に疲弊する。デモ隊は殺され、戦火は状況を悪化させ、最終的には軍と司法が真っ向から対立する構図が出来上がる。
メイは、その先で、最高裁判所を夢に見た。
だが、それ以上は……つまり、最高裁判所で何が起こるのかについては、メイも首を横に振っただけ。
その行動が何を意味するのか、ユノには分からなかった。だが、おそらく、と推測を口にする。
「メイさんが、夢を見なくても良くなる、ということだと思います。そこで決着がつき、魔女裁判や言論統制が撤廃されるのだと」
マークは、メイが夢の続きを教えない理由は別にある、と推測するも口を開くことはせず、ユノの話に耳を傾ける。
メイはその先を見ることが出来ないのではないか。そして、その先の未来がどうなるのかは――誰にも分からない。
つまり、全てはユノの希望に満ちた推測なのだ。
けれど、当然それを知らぬエリックは、幾分か落ち着きを取り戻した声色で尋ねた。
「それなら、良いのではないですか? なぜ、ユノさんたちがここに残らなければいけないんですか」
魔女裁判や言論統制が撤廃されるのならば、わざわざ危険を冒してまで、ユノたちがこの国に残る必要はない、と。
ユノは小さく首を横に振った。
「確かに、結果だけを見れば良いことなのかもしれません。ですが……このままでは、魔女裁判や言論統制が撤廃される前に、多くの人が死んでしまいます。それは、私たちの望むところではないんです」
それは、理想論だった。軍人として生きてきたエリックにとっては、戦いを知らぬ少女の甘い考えだと、はっきりわかる。
しかし、それを否定することが出来ないのは――そういう未来が訪れると、エリック自身も信じたいから。
「夢見の未来は、その夢の通りに行動するから起こされるもの。であれば……この通りに動かなければ、未来は変わります。あの島には、戻りません」
迷いを振り払うように、ユノははっきりと宣言し、エリックを見つめる。
火種を生んだ自分たちが、人々が死ぬことを知っていてなお、安全なところに隠れているなんてできない、と瞳が強く輝いている。
ユノたちの気持ちは痛いほど分かるものの、エリックとてそれをおいそれと容認は出来なかった。
「あまりにも危険すぎます。第一、ユノさん達がここに残ったことで、もっと悪い未来になるかもしれないのに……」
「未来って、そういうものじゃないでしょうか」
マークは、言葉を詰まらせたユノへ助け船を出した。
どうせ、最高裁判所での出来事の後は、どうなるのか分からないのだ。
ならば、せめて分かっている過程だけでも何とかしたい。出来る限り、人々を救いたい。
「未来が分からないから、僕らは一生懸命に考えて、努力するんです。希望を見出すことだってできる」
「それはそうですが……。でも、せっかく分かっている未来を……それも、良い結果となりそうな未来を捨ててまで、危険を冒すなんて」
「一人でも多くの人を救うことが出来るのなら、僕はその道を選びたいんです。魔女も、人も、手を取り合っていきていきたい。それが、僕の願いですから」
ユノも、ふわりと微笑んで
「魔女の願いでもあります。一人でも多くの人々を救い、これからを生きていく魔女たちも救う。互いに、手を取り合って」
エリックに頭を下げた。
「心配してくださっているのに、ごめんなさい」
「でも、もう僕らは決めました。だから、エリックさんも、お手伝いいただけませんか」
最高の未来を――おとぎ話のような、美しいハッピーエンドを手に入れるために。
マークも、深く頭を下げる。
自らのエゴで、エリックを巻き込んでしまうことも、エリックがそれを断らないと知っていて、こんな風に頼むのはずるいと知っていながら。
「俺が、断れないと知っていて、そういうことを頼むなんて」
案の定、エリックは悔しそうな笑みを見せる。ずるい、とは言わなかったが、代わりにマークとユノを「お二人は策士だ」と評価した。
「社長さんは、どうされるんです?」
最も複雑な感情を見せている社長にエリックが声をかける。社長は、隠す様子もなく盛大なため息を吐き
「怖いもの知らずは、若者の特権だな」
と、芝居がかった口調で答えた。
社長は、スーツの内ポケットからタバコを取り出す。机の上に置かれていたマッチ箱を擦って火をつければ、苦い現実の香りが立ち込めた。
「言って聞くなら、とっくに止めているさ。だが、二人は聞く気がない。言うだけ無駄ということだな」
諦めているというよりも、呆れているというのが正しいだろう。
社長がくゆらせた煙は、戦火を告げるのろしのように、ゆっくりと天へ向かって登る。
「それに、私もここに残るつもりだからね。二人を止めるにしたって、説得力がないんだ。君なら、なんとかしてくれるんじゃないかと思っていたが」
社長はチラリとエリックを見たが、エリックも肩をすくめるばかり。
「どうせ戦うんだ。なら、自分たちの意志で、未来を選び取った方がいい」
革命に犠牲はつきものだ。ブッシュの騒動の後、社長がマークとユノにかけた言葉。今までは、そうだと思ってきていた。
自らの祖母が魔女であり、魔女裁判のきっかけとなったことを聞けば、そう思わずにはいられなかった。もっとも、魔女裁判を革命と呼ぶのはいささか気分の良いものではないが。
ところが、メイからの夢を聞いてなお、この国に残って、人々を救う道を模索するマークとユノの姿勢に、犠牲を伴わないよう革命を起こす道だってあるのかもしれないと思う。
どれほど険しく、辛く、そして長い道のりだとしても……この二人なら、きっと誰もが想像していなかった道を切り開いてくれるような気がする。
「軍人さんのお手伝いをいただけるのなら、それこそ私としては願ったりかなったりだがね」
社長がフッとタバコの煙を吐き出して笑えば、エリックはますます悔しそうに、けれどどこか吹っ切れたように笑みを浮かべた。
まったく、揃いも揃ってこんなに頑固な人間が集まっているとは。
エリックは「分かりましたよ」と自らの敗北を認め、その代わりに、と人差し指を立てる。
「一つ条件をつけても?」
「条件?」
「新聞社の、皆様のお力もお借りしたいのです。軍からも情報を提供します。司法や、貴族たちの周りを探ってほしいのです。今のこの国がどれほど狂っているか……国民たちの声を、無視できないほどに大きなものにする必要があります」
エリックはきっぱりと言い切って、明るいブラウンの瞳をマーク達に向ける。
意志の強い、軍人らしいきりりとした表情が、二言はないと語っている。
社長も、エリックの条件を飲んだのか
「尽力しよう。その代わり、マークとユノさんを頼む」
と頭を下げた。
もちろん、マークとユノも社長以上に頭を下げる。
「僕たちも、出来ることはなんだってやります。一応、僕はこれでも新聞記者として働いてきましたから」
ユノもふんすと拳を握る。
「私も、魔女として出来ることがあるなら、なんだってやります!」
エリックは、ただでさえ命の危険が迫っているというのに、どこまでも自己犠牲をする二人に参った、と両手を顔の横へと持ち上げる。
「本当に、お二人にはかないませんね」
国民を守る軍人として見習いたいくらいだ、とエリックは改めて決意する。
出来る限り、被害を最小限にとどめた上で、魔女裁判も、言論統制も撤廃させる。
その舞台はもう、整っているのだ。
作家と、魔女がこの国を変えるための準備も――
「では、早速皆様には空軍基地に来ていただきます。もちろん、魔女協会の方々にも」
エリックがマーク達に向けた敬礼は、見ていて気持ちが良いほどに美しかった。




