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万年筆と宝石  作者: 安井優
七つ目の扉 教会

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7-7 枢密顧問官

 エリックの話が終わると、どことなく重い空気が教会を漂う。そんな空気を払拭するためか、

「よし、それでは私の話をしよう!」

 社長はやけに明るく振舞った。


「さっき、新聞社にマーク宛の電話があってな」

 近頃、本が好評なのか、はたまたこんな本を書いて何様のつもりだと叱咤(しった)するためか、マークへの電話はひっきりなしだ。それはすでに本人も知っている。

 それをわざわざこうしてマークに伝えに来るのだから、よほどのことだろう。


 社長は咳ばらいし、緊張に震える声で告げる。

「枢密顧問官からだ」

 枢密顧問官。その役職に、マークが目を見開く。もちろん、マーク以外のその場にいた全員も。


 イングレスの実情には(うと)いユノでさえ、聞いたことがある。エリックの話に登場した諜報部隊と同じくらい、噂には聞くが実在しているかどうかを確かめるすべのない役職。

 王族に(つか)える何でも屋――というのがもっぱらの噂だが、その真偽のほどは誰も知らない。

 王族の悪口を言っている人を捕まえて処刑するなんて話まであるくらいだ。


「なんだか、物語の中に迷い込んでしまったようですね」

 あのトーマスだって、いつもより早口になってしまうくらいには驚いている。

 それも無理はない。ユノも、ジュリも、エリックも……そして、当事者であるマークはもはや、あまりの驚きで声が出ないだけで、鼓動の音は速かった。


「しかも、王女様付の、枢密顧問官だ」

 社長は、この意味が分かるか、と視線でマークに問いかける。

「マークの本を読みたい、と」


 王女様と言えば、現在の国王の一人娘だが――国王とはうってかわって、それは大層正義感と道徳心にあふれ、慈悲深いお方だという。

 国王は一人娘が可愛くて仕方がないようだ。国政に関わることも、彼女のまともなアイデアを採用することが多く……だからこそ、イングレスはこんな状況でも他国の手に渡らずに済んでいると言えた。


 マークはそれらを全て理解して、へなへなと座り込む。床からひやりとした冷気が体に伝わっても、気にもならない。

(王女様が、僕の本を……?)

 理解はしたが、状況の整理は出来ておらず、マークは頭上でどこか得意げな表情を見せる社長の顔をぼんやりと眺めた。


 王女様が魔女に寛大だと決まったわけではない。だが、彼女は少なくとも今の王政に疑問を抱いている。

 マークよりも二つほど年下だったはずだが、その聡明さはちょっとしたやり取りにも現れているともっぱらの評判だ。


 エリックは、いまだ呆然としているマークを、トーマスとともに立ち上がらせながら、

「その、王女様付の枢密顧問官とやらは信用にたる人物なのでしょうか」

 と社長に問いかけた。

 諜報部隊ほど噂の立たぬ枢密顧問官。王族に(つか)える人を疑うなど不敬かもしれないが、軍人としては、そんな存在に疑わざるを得ない。


 社長も、それについては考えていたのか口元に手を当てて「正直なところは分からないんだ」と思案顔で呟く。

「だが、この状況下で本の存在に気づき、本の出所を突き止めているあたり……並大抵の組織ではないだろうな」

「枢密顧問官なら、ありえるということですか」

 トーマスはマークを支えながらも、なるほど、と興味深そうにうなずいた。


 少なくとも、司法裁判官がそのようなまどろっこしい嘘を吐く必要はない。無駄に時間がかかるだけで、本の出所を突き止めたのなら、直接新聞社に(おもむ)けばいいのだ。

 だからと言って、一般人が枢密顧問官を名乗るメリットはどこにもない。冷やかしならばともかく。

 ゆえに、真実であると考えた方がよほど良い。


 社長はそんな持論をひとしきり述べ

「まぁ、希望的観測だ。せっかくマークの本が発売されたんだ。都合の良い方に考えたくなるものさ」

 と肩をすくめた。

 もっとも、王女様が「本を読みたい」と言っていることが、このことを喜ばしいニュースと形容したくなる要因ではあるが。


「真実かどうかは、確かめてみればわかることさ。明日、新聞社に枢密顧問官が来ると言っている」

 社長の言葉に、マークは現実に引き戻された。

「明日!?」

 王族付きの、幻とも呼べる枢密顧問官が、明日、あの新聞社に。

 何度考えても想像することはおろか、それが本当だと信じることさえ難しかった。


「もしよければ、ユノさんも同席してほしい」

「私ですか?!」

 まさか、名前を呼ばれるとは思ってもみなかったユノが、今度はマークと同じくすっとんきょうな声を上げた。


 社長はメガネのフチをくいと押し上げて

「魔女であることを話す必要はない。マークだけでは緊張するだろうし……何より、君だってこの本を作った一人であることに違いはないだろう」

 冷静に言ってのける。さも当たり前、という風に。


 本を作った、と言っても、ユノは推敲を手伝い、表紙のアイデアを出しただけ。それを言うのならば、社長も、テニスンもそうである。何より、ここにいる人たちは皆、あの本の登場人物となっている。

「わ、私なんかでいいんですか?」

 ユノが不安げに尋ねると、社長は「君じゃなければ、他に誰がいるんだ」と笑った。


 普段は前向きなのに、自分のことになるとどうしてもユノは後ろ向きになってしまう。魔女という生まれがそうしているのか、孤島での暮らしがそうさせたのか。それは誰にも分からない。

「良いチャンスじゃない。王族との繋がりは大事よ。作りたくて作れるものじゃないもの」

 ジュリは、ユノの背中を軽くたたく。


 様々な人との交流を持つジュリでさえ、王族やそれに近い貴族との関係はない。軍人であるエリックも、聖職者であるトーマスもそれは同じだ。

「気構えなくていいのよ。お友達を作るような気持ちでいればいいの」

 ジュリはパチンとウィンクを見せて、ユノを励ました。


 責任重大と身構えるユノの緊張を解きほぐすように、トーマスも穏やかに微笑む。

「マークさんも、ユノさんも、お二人でなら心強いでしょう。社長さんもいてくださることですし、王女様のお付きの枢密顧問官の方でしたら、悪いようにはなさらないはずです」

 聖職者の言葉だからか、それとも、魔女を近くで見守ってきてくれたトーマスの言葉だからか、ユノの心はじわりとあたたかな気持ちに包まれる。


 エリックは、マークの肩を軽くたたいて

「マークさんも作者として、堂々と胸を張っていればいいんです。あなたの本は、多くの人を救っているはずです」

 と、彼に励ましの言葉を送る。マークも、ユノの存在や、エリック達の気遣いにいささか冷静さを取り戻す。


「それじゃ、明日はユノちゃんの代わりにワタシが頑張ろうかしら」

「そうですね。ユノさんが留守の間も、私たちで本を売りましょう。メイや、アリーにも声をかけて」

「あら、美女目当てでお客さんがたくさん来ちゃうわよ」

「ジュリさん! 俺がいない間に、悪い男には捕まらないでくださいよ!」


 ジュリやトーマス、エリックは、マークとユノの緊張を和らげようと他愛もないやり取りを交わす。エリックの言葉だけは、本気だったが。

 二人は、そんな優しさを受け止めて、自らに課せられた使命を()みしめる。


 王女様の枢密顧問官が物語を気に入り、魔女の味方についてくれれば、この国の状況を変えることが出来るかもしれない。

 言論統制や、魔女裁判を撤廃するための、大きな一歩になることは間違いなかった。

 だからこそ、枢密顧問官との会合は、なんとしてでも成功させなければ。

 マークとユノは互いに顔を見合わせて小さくうなずき、その決意を確かめ合う。


 社長も、

「帰ったらすぐにでも掃除をしなくてはな。こんなことなら、玄関扉くらいはなんとかしておくべきだった」

 と冗談交じりに告げた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 102/102 ・王女様!! まさかまさかの出世ですか? いいえトラップの可能性…… >>> 少なくとも、司法裁判官がそのようなまどろっこしい嘘を吐く必要はない。  安心感 [気になる…
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