○番外編1.ぎゅってして 、デザートより甘くして 3
「なにそれ、僕、薬かなにか?」
「………え、なっ、こっ、いっ!?」
耳元でクスッと笑い声が聞こえて、ばっと振り返る。すると、真横に大好きな人の顔があった。思わず言葉が上手く話せない。ちなみに今のは、「何故ここにいるの」である。
「せっかく会えたから、あんまり離れたくないなぁって……」
私が台についている手の上に自らの手を重ねて、さらに近づいてくるゆうくん。彼の腕と台に閉じ込められたようになり、動けない。その状態のまま耳元でそんなことを言うゆうくんの破壊力は凄まじい。
「なっ、そ、だ……」
「ダメなの?」
なんで通じているのだろう。ちなみにさっきのは「そんなのダメ!」である。私の言葉に、ゆうくんは捨てられた子犬みたいに眉を切なげに下げてこちらを見る。可愛いな、何この可愛い生き物。ダメって言えないじゃないか。じっとこちらを見られて、思わず視線を逸らす。
「ダメじゃない……けど、この状態は止めて。デザート、出すから……」
ここに来た理由を思い出し、それを理由ゆうくんから離れようとする。ゆうくんは、ちぇーっとちょっと不服そうに言ってから私から離れた。デザートは食べたいらしい。
ふてくされているゆうくんを横目に、冷蔵庫から昨日作ったばかりのカップケーキを取り出す。夕食の後になるからと、少し甘さ控えめに作っている。中に何かを入れたりトッピングをしたりしているわけではないから、素朴な味だ。
冷蔵庫から形のいいカップケーキが姿を表す。今回は大きな失敗もしなかったし、上手く焼けたような気がする。
「カップケーキだ!美味しそう」
「ありがと!今回上手く出来た気がするんだよね!」
「おー、それは楽しみ!!」
さっきまでのふてくされた顔はどこへやら、ぱぁっと笑顔を浮かべる彼に苦笑する。そんな子犬のような彼は、私がケーキを持ってキッチンから出ると、後ろをちょこちょこついてくる。可愛さとかっこよさの家加減がよくわからない人だな、ほんとに。
先程のリビングに戻り、ソファに座る。それから、子犬の待てよろしくキラキラした瞳で待っているゆうくんの前にカップケーキを置く。
「どうぞ。口に合うといいな」
「ありがとう!」
えへへと笑ったゆうくんはカップケーキと一緒に渡したフォークを取り、「いただきまーす!」と元気に言う。それから、フォークで一口分切り分け、口に入れる。もぐもぐと食べるゆうくん。どうだろう、美味しいだろうか。
「どうかな?」
そう聞くと、ゆうくんは何も言わずこちらに顔を近づた。光を反射しているのか、それとも彼元来のものなのか、キラキラと輝く琥珀の瞳が目の前で、すっと閉じられた。同時に唇に触れるのは温かい柔らかさ。視界の端で、髪の毛と同じミルクティーのような色の長いまつ毛がふるりと揺れていている。
「……んっ……ほら、ほんのり甘くて美味しいよ」
それも一瞬で。ゆうくんは瞬きもしないまま驚いている私にふわりと微笑んで言った。
「え、あ、なに……」
「ごちそうさま」
クスッと笑う彼に、唐突に思考回路が動き出す。そして、これはキスをされたのだと理解した。
「そ、そのキス!い、いりますか!?」
絶対、「美味しいよ」だけで良かったよね?絶対要らなかったと思うのだけど!?私の反応に、ゆうくんはむっと口をへの字に曲げた。それから、つんつんと指で私の頬を叩く。
「いるに決まってんじゃん!こうやって触れ合うの、何日ぶりかわかってるの」
「3週間?」
「そうだよ。僕だって君にもっと触れたい。寂しいのは僕もだよ。もう少し……んっ」
デザートなんかよりもこの人が甘いわ!と誰にでもなく突っ込んだ。